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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第3章 ゴーストカプセル
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5月26日(日)① 事件は再び井戸の底から

挿絵(By みてみん)

<TMO-1139>







5月26日(日) 天気…晴れ



 この日、僕と紬希は天登を引き連れて、秘密基地のある学校の裏山へ足を運んだ。天登の豪邸から学校の裏山までは少し距離があったけれど、慣れない外の世界に戸惑いながらも、天登は僕らの後にくっつくようにして付いて来てくれていた。


 そうして、美斗世第一高校の奥にある裏山の奥へと続く細道の入口までやって来ると、僕らより先に裏山に入ろうとしている二人の人物を見つける。一人は女性で、もう一人は男の子。男の子の方が、背後からやって来る僕らに気付き、振り向いて「あっ!」と声を上げる。


「凪咲お兄ちゃんに紬希お姉ちゃんだ!」


 裏山に登ろうとしていたのは、いつもは基地に居るはずの空越少年と小兎姫さんだった。片方の手に買い物袋を下げ、もう片方の手で空越君と手を繋いでいた小兎姫さんは、トレードマークのバニーガール衣装ではなく、普通の地味な私服を身に付けていたから、何処からどう見ても買い物帰りの主婦にしか見えない。でも、顔にだけはやはり、あの傷付きウサギの仮面が付けられていた。


「あら、お二人ともこんにちは。カフェに寄るために来てくれたの? 生憎、器吹さんもお仕事で出かけちゃってるから、カフェには今誰も居ないの。でも、ちょうど私たちも基地へ帰るところだったから、会えて良かったわ。……あら、その子、新しいお友達?」


 小兎姫さんが僕の背後に隠れているフードを被った天登に目を向けると、彼はびくっとして僕の背中にしがみつくようにして縮こまってしまう。


「怖がらなくて平気だよ。仮面を付けた彼女は小兎姫ことひめ月歩つきほさん。そして、彼は空越そらこえ鋼太郎こうたろう君。二人とも、君と同じく特別な力を持っているんだ」


「……と、特別な力?」


 天登は僕の背中越しに、恐る恐る二人に目を向ける。小兎姫さんは僕らの交わす会話を聞いて、このフードで顔を隠す青年も自分たちと同じ能力者であることを見抜き、人前に出るのを恥じらっている天登に向かって優しく声をかけた。


「初めまして。あなたのお名前を聞かせてもらっても良いかしら?」


「あ、あの、あの……あ、天登あまと蒼太そうた……です」


 天登はウサギの仮面を被った小兎姫さんを前にして、おどおどしながらも自分の名前を明かし、小さく会釈する。


「ふふ、素敵な名前ね、よろしく。……どうやらあなたも、他人に口外できないような何かしらの秘密を抱えているみたいね。……でも怖がらなくて大丈夫。私たちの前でそんなことを気にする必要はないわ。みんな誰もが、何かしらの秘密を一つや二つ隠しているものなの。かく言う私だって、まだ誰にも教えたことのない秘密を、この仮面の裏に一杯抱えているのよ」


 そう言って小兎姫さんはくすくすと笑い、自分の顔に付けている傷付きウサギの仮面を指でトントンと叩いた。


 これまで何かしら事件がある度に、紬希率いる放課後秘密連合団シークレット・ユナイターズの活動を全面的に支援してくれた彼女。今では良きチームの一員として認められているけれど、その仮面の裏側に隠された小兎姫さんの素顔を、僕も紬希も未だに知らない。


「よろしく、天登お兄ちゃん」


 空越少年もにこりと笑って、律儀に天登に向かって手を伸ばしてくる。天登は尻込みして僕の背中に隠れてしまうけれど、目の前の少年が純粋な気持ちで自分と接してくれようとしていることに気が付いたのか、彼は恐る恐る手を伸ばして、少年の手をそっと握ってあげた。


「……よ、よろしく」


 互いの紹介も終わったところで、小兎姫さんがふと思いついたように手を叩く。


「そうだ! あなた達も基地に行くというのなら、帰ってみんなでお茶しましょうか」


「それ賛成! 凄く美味しそうなお菓子も買ったんだよ」


 空越少年の言葉に、甘いもの好きな紬希がすぐさま反応する。


「それは是非食べてみたいわ。急ぎましょ」


 午後の暖かな木漏れ日に染まる山道の中、脚を早めて先を急ぐ紬希と空越少年。その少し後ろを、僕と天登、そして小兎姫さんが続いてゆく。


「二人は、買い物の帰りですか?」


 僕は、小兎姫さんが手に下げている買い物袋を見て、そう尋ねる。


「ええそう。カフェに足りないものをいくつか買い足しにね。流石にこの仮面のまま人目に付く場所に出ることはできないから、空越君にお使いを頼んでいたのだけれど、さすがにあの子一人でこの山道を登らせるのは危ないと思って。それで迎えに来てあげていたの。そこでタイミング良くあなた達とも合流できたから良かったわ。それに、新しいお友達まで連れて来てくれて、またカフェが賑やかになりそうね」


 皆と一緒にお茶をするのが楽しみなのか、小兎姫さんの声は弾んでいた。自分のカフェを経営してみたい夢を抱く彼女にとって、こうしてたくさんの人が集って賑やかに過ごすの時間は、本当に至福なのだろう。最初は少し心配していたけれど、天登を基地に連れて来て正解だったと僕は思った。


 一方で、そんな小兎姫さんとは真逆に、人と接することを極端に嫌う天登は、相変わらず僕の背中にべったり引っ付いたままで、無言のまま歩き続けている。


「……どう? 小兎姫さんも空越君もみんな優しいから、天登君もきっと馴染めると思うよ」


 僕はそう天登に声をかけてみた。すると彼は、恥ずかしがってフードを深く被り直しながらも、ボソボソと答えた。


「ま、まぁ、悪い人たちじゃないとは……思うよ」


 どうやら彼も、初めて会った二人に対して受けた印象は悪くなかったようで、僕は内心ホッとする。これでまた一歩前進。天登が学校に行けるようになるまでの道のりはまだまだ長いけれど、少しずつでも前へ進んでいれば、いつかは行けるようになるはずだ。



 ――けれども、山道を登ること十分。森の奥にある神社に到着して、神社の裏にひっそりと佇む古井戸の前までやって来ると、天登は顔を真っ青して尋ねた。


「……え? こ、この中に入るの?」


「そう。大丈夫、ちゃんと梯子も付いてるし、底には水も溜まってないし、下まで行けば基地の入口が――」


「ぼ、僕……やっぱり帰るっ!」


 くるっと回れ右して逃げ出そうとする天登を、僕は慌てて引き止めた。


「待って! 話を最後まで聞いてくれよ! 中はちゃんとした部屋に通じているんだってば」


「嘘付けっ! あんな暗くて狭い井戸の中に降りてくなんて絶対イヤだよっ!」


 そうして二人で揉み合いになっている中、小兎姫さんが唐突に声を上げた。


「みんな静かに!」


 僕らは声を潜めて、何かあったのかと小兎姫さんの方を見やる。いつの間にか頭からウサギの耳をひょこりと覗かせた彼女は、辺りから発せられる小さな音を拾うように、その大きな耳をぴくぴくと動かしていた。


「……ど、どうかしたんですか?」


 僕がそう尋ねると、小兎姫さんは暫く周囲の音にしばらく聞き耳を立ててから、やがて確信したように頷き、こう答えた。


「――井戸の下から、誰かの声が聞こえてくるわ」

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