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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第2章 燃えよドラゴンガール!
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5月25日(土)⑦ 渦に呑まれて

 突如として光る渦が出現し、その渦に取り巻かれて、飲み込まれるように跡形も無く姿を消してしまった灯々島。突如として起きた説明のつかない不思議な現象。そして、消えてしまった灯々島の行方――


 色々と考察すべきことは山積みだったのだが、その前に、僕にはやるべきことがあった。


「紬希っ!」


 僕は土管に背を持たれたままぐったりとしている紬希に駆け寄り、全身の怪我の程度を見た。両膝に受けた傷はもう糸を通されて塞がっており、全身に負った火傷も、既に一部が新しい肌にげ替わり始めている。


「……大丈夫、私は平気。心配しないで」


「……うん、紬希ならきっとそう言うだろうと思ったけど、半分焼け爛れた顔を向けられて言われても、説得力全然無いから」


 僕は大火傷を負ったあられもない紬希の顔から目を逸らし、彼女の肩を持って、ゆっくりと立ち上がらせる。そして前を見ると、両脚をガクガクと震わせた天登が、涙目で僕らを見つめていた。ついさっきまで巨大なハンマーに変形していた腕は、いつの間にか元の色白な腕へと戻ってしまっている。


「……あ、ああ、あの、そそ、その怪我っ……」


 彼は全身火傷を負った紬希の姿を見て、酷く怯えてしまっていた。僕は彼女に再生能力があることを知っているから、例え彼女が酷い怪我を負っていたとしてもある程度は冷静で居られるのだが、何も知らない人が見れば、怖がってしまって当然だ。並の人間なら、これだけの火傷を負ってしまえば間違いなく死んでいたはずだ。


「あ、えっと……あの、取り敢えず落ち着いて。彼女なら大丈夫だから」


 僕はそう言って怯えている天登に近寄る。彼は全身汗まみれで、顔は真っ赤に上気し、まるで放心したようにぼーっとしてしまっていた。僕はまさかと思い、彼の額に手を当ててみる。


 ――酷い熱があった。まだ慣れていない外の世界で、偶然出会った虎舞に酷いことを言われ、さらに思わぬ刺客とも遭遇してしまい、命に関わるほどの危険な目に遭わせてしまった。おそらく、今回襲ってきた彼女――灯々島芳火も、かつて僕らが遭遇した亀蛇透哉や千柳さんと同じく、あの男――真玖目銀磁の差し金なのだろう。きっと僕らを狙って接近してきたのだろうけれど、運悪くその場に居合わせてしまった天登まで巻き込んでしまったことは、本当に申し訳がなかった。


(……それにしても、灯々島に追い詰められてしまった時、天登が見せたあの力は一体、何だったのだろう?)


 あの時、土管の穴から見えた天登の後ろ姿。そして、鋭い剣からハンマーへと、瞬く間に姿形を変えていった彼の腕――その場面が未だに脳裏に焼き付いて離れない。


(まさか天登も、紬希と同じ能力者なのか――)


 そこまで考えた時、遠くから響いてくるパトカーのサイレン音が耳に入り、僕はハッと我に返る。


「……取り敢えず、今はここを離れよう」


 僕は負傷した紬希を担ぎ、今にも泣き出しそうな天登の手を引いて公園から離れた。これだけの騒ぎを起こしてしまえば、周辺に居た誰かが通報をしないわけがない。警察が来れば真っ先に僕らが怪しまれてしまう。そう思った僕は、ひとまず自分の家へ避難することにした。



 幸い、今僕の両親は買い物に出かけているおかげで、家には誰も居なかった。自分の家に連れて行くまでの間、紬希は僕の背中の上で、自身の体に糸を巻き付け、白いまゆを作って身を隠していた。繭となった紬希を運んでいる間、中では火傷した肌の修復が着々と進められ、僕の家に着く頃には、ほぼ全ての火傷が完治してしまっていた。


 しかし、傷は治っても、まだ問題は残っていた。先の灯々島との戦いで、彼女の着ていた制服は全て消し炭にされてしまっていた。そのおかげで、まゆを解いた途端に全裸姿の紬希が登場してしまい、その姿を間近で直視してしまった天登が鼻血を噴いて卒倒してしまった。せめて胸と股間だけは隠すようにと僕が必死に懇願すると、紬希は言われた通りにその部分だけ糸を巻いて隠した状態で、部屋の座卓前に黙座した。取り敢えず僕の着ていた上着も肩に羽織らせてはいるが、それでも白い肌が所々丸見えなその格好は、天登にとっても、そして僕にとっても十分過ぎる目の毒になった。



 ――さて、どうにか無事にここへ戻って来れたのは良かったものの、公園に居た僅か数時間の間に、予想外の出来事が積み重なり過ぎて、半ば夢から覚めたような感覚だった。


 そこで、これまでに僕らの周りで起きたことを、もう一度整理して考え直してみる。


 まず考察すべきは、灯々島を取り込んでしまったあのエメラルドグリーンの光の渦である。渦の消えた後、彼女の姿は何処にも見当たらなかった。あの光の渦を前にして僕らが怯んでいる隙に、姿を眩ませたのだろうか? それとも、以前戦った亀蛇透哉ドラレオンの時のように、僕らの目に映らなくなる何らかの力を発動させたとか?


 いずれにしても、あの光の渦は紬希の持つ不死身の力と同じ種類の、何らかの能力であることは間違いない。


 ――そしてもう一つ、気付いたことがある。


「……灯々島が紬希と戦う際に使っていた、口からの火炎放射と優れた体術。あれは多分、彼女が本来持っている力なんだと思う。……でも、最後に見たあの光の渦は、きっと彼女の力で生み出されたものじゃない」


「どうしてそう分かるの?」


 床に体育座りをしていた紬希が、首を傾げて僕にそう問い掛ける。


「紬希も、灯々島が首元に付けていたチョーカーにダークグリーンの石がぶら下がっていたの見ただろう? その石を彼女が握った途端、石が光を放って、あの渦を発生させたんだ。――だから、ここから先は僕の憶測ではあるけれど、灯々島はあの石の力を利用して、公園ではない何処か別の場所へと瞬時に移動した可能性があると思うんだ」


「瞬時に移動って……それはテレポートみたいなもの?」


「そう。そんな力でも無ければ、あの場所から気配もろとも一瞬のうちに消え去るなんてことはできないと思うんだ」


「……でも、テレポートできる石なんて、聞いたことない」


「そりゃ僕だって初耳だよ。映画とかゲームの中では有り得そうな話だけどさ」


 いずれにせよ、灯々島が去る前に残した言葉から考えても、また近いうちに彼女は僕らの前に姿を現すかもしれない。ダークグリーンの石から生み出された光の渦がテレポート紛いの力であるとすれば、あの石が灯々島の手元にある限り、もはや彼女は神出鬼没であると言っても過言ではない。それはつまり、僕らが何処に隠れていようとも遭遇する危険性があるということだ。


 ――そう考えると、かつて透明人間である亀蛇透哉に狙われていた時と同様の不安と緊張感が全身を走り、とても落ち着いてなど居られなかった。

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