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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第2章 燃えよドラゴンガール!
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5月25日(土)② あんさん、料理されるのは好きか?

 それから暫くの間、僕は泣きじゃくる天登をなだめるのに手一杯だった。時折公園を通り過ぎる人が、怪訝そうな目でこちらを見てくる。今の様子を側から見れば、まるで僕らが彼を泣かせたみたいな絵面になってしまっている。僕は細かく震える天登の背中をさすりながら、大きく溜め息をついた。


「本当に虎舞の奴、一体どうしたんだろう? 何が原因であんな不機嫌になったんだ?」


 声に出してそう疑問を呟いてはみるけれど、僕が考えたところで虎舞の抱えている悩みなんか分かるはずもなかった。


「彼女、きっと何か問題を抱えてる。……解決してあげなきゃ」


 僕らの周りを歩き回る猫の一匹を抱え上げ、膝の上に乗せて優しく背中を撫でながらそう呟く紬希。彼女が不意に決心するようにそう言うものだから、僕は「勘弁してくれよ。今でさえ大変な仕事を抱えてるってのに」と言い返したい気持ちを慌てて飲み込んだ。天登の前でそんな心無い言葉を口走れば、余計に彼を傷付けてしまうだろうと思ったからだ。


 それから、ようやく泣き止んで心を落ち着けた天登をベンチに座らせて慰めてやると、彼は今にも消え入りそうな声で呟いた。


「……やっぱり、学校行くなんて無理だよ……みんな僕の格好を見て馬鹿にしてくるに決まってるんだ……あんな意地悪な奴が大勢居る中で生活するなんて、僕には絶対無理だよ……」


 虎舞の言葉に打ちひしがれてしまった彼は、引きこもりだった時よりも更に自分への自信を失い、完全に意気消沈してしまっていた。この様子だと、また当分の間は引きこもりに戻ってしまうかもしれない。僕らが立案した天登の学校復帰作戦は、三日坊主どころか、たった二日で失敗に終わってしまったようだった。


「取りあえず、今日はもう帰ろうか――」


 そう言って立ち上がりきびすを返し、僕はふとその足を止めた。




 ――公園の入口前に、一人の女の子が立っていた。


 僕らと同じ高校生くらいの年齢だと思うが、この公園は小さな子どもだけでなく、普通に高校生もよく立ち寄っていく場所であるから、彼女が公園へやって来たこと自体は、別に何の不自然もなかった。


 ただ、僕が違和感を感じたのは、彼女の身にまとうその衣服だ。少女の胸元から腰までをタイトに包み込んだ鮮やかな赤のワンピース。その下半身、腰から足下にかけて垂れるスカートには左右から切り込みが入り、そこからすらりと覗く生脚が、彼女をより魅惑的に見せている。そしてスカートには、金糸で紡がれた昇竜しょうりゅうが真紅の天を舞い踊っていた。


 その豪奢な装飾から見て、彼女の身に付けているのは、所謂いわゆるチャイナドレスと呼ばれる衣装だった。


 しかしドレスと言われる通り、何かしらの社交の場でそれを着てくるなら分からないこともない。だが、ましてやここはダンス会場でも宴会場でもない、ただの近所の公園だ。日常感溢れる光景の中に、非日常行事のためだけに着る衣装を見にまとって立っている彼女の姿は、明らかに場違いとしか言いようがない。他にも、長い黒髪を頭の上で二つのお団子にまとめていたり、首元に淡い光を放つダークグリーンの大きな石をぶら下げたチョーカーを付けていたりと、衣装から髪型、アクセサリーに至るまで、とにかく妙ちきりんな格好が目立つ少女だった。


「……あ、あの子、誰?」


 天登が僕の背中に隠れながら怪訝そうに尋ねるが、僕は答えられない。


 ニコニコとした笑みを満面に貼り付けたその子は、僕らの方をじっと見据えたまま、ゆらりゆらりと近づいてくる。それまで公園の中を彷徨いていた猫が、歩み寄る彼女に対し、怖気付いたように頭を垂れてその場から逃げ出してゆく。


「……ちょ、何でみんなウチを避けるん? ウチやて猫モフモフしたいのにぃ……もう、みんないけずやなぁ」


 自分の前から逃げていく猫を見て不満を口にする少女。その衣装からして、もしかすると中国人かもしれないと予想したのだが、彼女の口から滑り出てきたのはきちんとした日本語で、しかもこてこての関西弁だった。


「はぁ〜……まぁ怖がっても仕方あらへんか……何せ、ウチやて『バケモン』の一人なんやからなぁ」


 その言葉を聞いた途端、僕の背筋に寒気が走った。彼女の発する異様なオーラに、思わず眉をひそめる。


 ――しかし、僕が警戒するよりも先に、紬希が僕らをかばうようにして前に立ち塞がっていた。


「……あなた、何者?」


 紬希の真っ直ぐな目を見たチャイナドレスの少女は「うえ、なんや、めっちゃ睨んでくるやんこの子、怖いわぁ」と嫌がってはいるが、その顔には依然としてにこやかな笑みを貼り付けたままだ。


「もぅしゃあないな、なら自己紹介や。――ウチの名前は灯々島(ひびしま)芳火ほうかまたの名を『ホイコーロウ』や! よろしゅう頼むで〜」


 そう言って、彼女は僕らを誘惑するようにチャイナドレスのスカートを摘み、大げさに生脚を晒しながら挨拶してくる。その様子を背後で見ていた天登が、助けを求めるように僕の着ている衣服を強く掴んできた。


 マスクとサングラスを付けているから分からないけれど、きっと天登は今、顔一面真っ赤に上気させているに違いない。当然だ、あんなの見せられたら僕だって赤面してしまう。


 そんな大胆な少女――灯々島芳火を前に、紬希も警戒しつつ自分の名前を明かす。


「……私の名前は紬希恋白。……よろしく」


「えぇ〜なんや、そんだけなん? つまらんなぁ…… まぁええわ。紬希恋白ちゃん、ね。めっちゃ可愛い名前やんか! ウチにもそんな名前つけて欲しかったわ〜。羨ましいわ、顔も名前相応に可愛いし、白い髪はサラサラやし、それに―――ちょ、嘘やろ……一体何食うてたらそんな胸デカくなるんや……」


 灯々島は目を丸くして紬希の胸元をまじまじと見つめ、それから自分の乏しい胸とを見比べて「……あかんわ。なんかむなしゅうなってきた」と、溜め息をついた。


 しかし次の瞬間、彼女からついさっきまでの馴れ馴れしい態度が消え去り、長いまつ毛の隙間から黄土色に輝く瞳を覗かせて、狂気と殺気に満ちた眼光を紬希に向けていた。


「……と、まぁ簡単なお世辞もここまでや。言い忘れてたけど、ウチ、料理すんのが得意やねん。『ホイコーロウ』って名前もその理由から付けたんや。そやからさぁ、今から始める前に一応聞いておくんやけど――」


 少しの間が空き、終始にこやかな彼女の口元から、一つの簡潔な質問が滑り出た。


「……あんさんたち、()()()()()のは好きか? もし好きっちゅうなら、ウチがとことんまで美味しく()()()やるから、覚悟しいや」

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