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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
●第2部 パラレル・ストレイキャッツ● 第1章 踏み出せ弱虫
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5月21日(火)① 紬希の企み

5月21日(火) 天気…晴れ



 今日から中間試験期間が始まった。初日は「国語総合」と「数学I」。国語の方は漢字や文法である程度稼ぐことはできたと思うけれど、数学は駆け出しの因数分解からつまづいてしまったから、かなりヤバいかもしれない。放課後の補修に連行されないためにも、最後の追い込みをしなければ――


 ……と、内心焦りつつも、僕は放課後にクラスメイト皆が居残りして勉強に励んでいるにもかかわらず、無理やり紬希に連れられて学校を抜け出し、天登の邸宅に向かっていたのだった。


「……ねぇ紬希、僕帰っていいかな? 流石に高校生になって初っ端の中間テスト全教科で補修食らうのは嫌だよ」


「――居残りも、二人で残れば、怖くない」


「いや、怖いよ。ってか、なに綺麗に五七五でまとめてるんだよ。一緒にしないでくれよ」


 そうツッコミを入れても、紬希は歩みを止めてくれない。


「天登君を部屋から出してあげることの方が、今は大事。……それに、私に一つ考えがあるの」


「考え? 考えって、どんな?」


「行けば分かる」


 気になるような言い方をされてしまい、「ああもう」と僕は苛立ちを口走って、先を行く彼女の後を追いかけた。



「第一三三巻は読み終わった?」


「ええ、読み終わった」


 結局、そのまま天登の家に上がり込んでしまった僕たち。紬希がさっき口にしていた「考え」とは一体何なのか? 何かまたとんでもないことを企んでいそうな気がして、心の中がざわついて止まない。


「ど、どうだった?」


 感想を求める天登の問いかけに対して、紬希はすぐには答えず、すぅと息を吸い込んで一呼吸置く。


 そして、意を決したように目を開くと、これまでと違い、周りにも聞こえるくらいの大きな声で感想を語り始めた。


「まず、今回のヒロイン役、スライムマンの友人である女の子が、敵に捕まって拷問を受ける場面が素晴らしかった。枷をはめられ、身ぐるみ全て剥がされた彼女は、狭い牢獄の中で散々な目に遭うの。とても屈辱的なはずかしめをね。ここの描写が細かくて、戦闘シーンよりもよく目立っていたわ」


「ちょちょ、待って! そこの場面はあまり大きな声で言うなって! ママにバレちゃうよっ!」


 いきなりそんなことを言い出した紬希を前に、扉の向こうで聞いていた天登は慌てふためき、必死に声を抑えるよう言い聞かせる。彼の慌てぶりからして、さっき紬希が解説した部分は、きっと親には見せられないような()()()()()なのだろう。確か以前にもこんなことがあって、天登に止められた覚えがある。


 けれども紬希は、そんな天登の必死な訴えを無視するかのように、更に声を上げて批評を続ける。


「プライドの強い彼女は、涙目になりながらもその屈辱に耐え続けていた。そして、いつまでも終わらない拷問に耐えかねて、快楽に堕ちてしまいそうになった時――颯爽と登場したスライムマンが、敵を一掃して捕まっていた彼女をアジトから救い出すの。これまで彼と仲(むつ)まじい関係だった女の子は、友達ではなく恋人としてスライムマンに心を許し、ドロドロねっとりとした彼の中にその魅惑的な体を預けていくの。そうして二人はとうとう一つになって――」


「うわぁ~~~っ‼ それ以上は言うなってばぁ~~~っ!」


 とうとう天登はヒステリーを再発させて声を上げ、部屋の中を転げ回っているのか、物凄い物音が扉の向こうから響いてくる。


「――おい紬希、これ以上彼を刺激させちゃマズいって!」


 流石にやり過ぎだと思った僕が間に割って入ろうとすると、紬希が今度は僕の方に向かって言葉を投げてくる。


「この場面はこれまで見てきた作品の中でも群を抜いて面白くて、引き込まれる内容だったって――凪咲君もそう言ってた。ね? そうでしょ、凪咲君?」


「えっ、何で僕が⁉」


 いきなりこちらに問いを投げられて、僕は困惑してしまう。


「なっ! き、きき君も読んだのっ⁉ ああ、あの場面を読んだのぉっ⁉」


 物凄い剣幕で扉の向こうから尋ねられ、読んでないと答えようとすると、紬希が物言いたげな目でこちらを見ながら首を横に振ってくる。どうやら僕も読んだという設定にしたいらしい。


「えっと、まぁ、その……うん、少しだけ……」


「うわぁあああっ! 何で他の奴にあの場面を読ませたんだよバカぁっ! 他の人には絶対見せるなってあれほど言ったのに~~~っ!」


 マズい、このままでは収集付かなくなりそうな気がする。――そう思っていると、階段の下から由菜子さんの声が聞こえてくる。


「蒼太、どうしたの? 何かあったの?」


 ひっ、と天登の悲鳴が扉の奥から聞こえた。


「あ、ちょうどいいから、お母さんにも読んでもらって感想を聞いてみましょう」


 そう言って、下の階に居た由菜子さんを二階に呼んでしまう紬希。


「だっ、ダメダメダメだよっ! 何で呼んでくるんだよバカぁ~~~っ‼ あんな場面描いてるなんて知られたら――」


 二階に上がってきた由菜子さんに、紬希は親に見せてはいけない場面の描かれた漫画のページを平然と開き、彼女の前に広げてしまう。


「あの、天登君の描いた漫画のこの部分なんですけど――」


「やっ、やめろぉ~~~~~~っ‼」


 バタァン‼


 その時、それまで閉ざされていた部屋の扉が勢い良く開かれ、中から弾丸のような速さで天登が飛び出してきたのである。

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