5月20日(月)② 約束を結ぶ
<TMO-1125>
紬希、天登の二人がヒーロー談義に花を咲かせている間、僕は階段を降りてリビングへ行き、天登の母親である由菜子さんと会った。彼女はいつも僕と顔を合わせる度に、頭を下げて感謝の言葉を伝えてくれる。
「今日も蒼太の相手をしてくださって、本当にありがとうございます。でも大変でしょう、毎日学校帰りにここへ立ち寄るのは」
「いえ、そんなことありません。……それに、お礼なら紬希に言ってやってください。僕はただ彼女に付き添ってるだけですから。――それで、天登君はあれから部屋を出るようになったんですか?」
そう尋ねてみると、彼女は力無く首を横に振った。
「それが……以前あなた方に顔を見られてしまったから、一度も下に降りて来なくなってしまって……食事を上に持って行っても、扉を開けてくれずに、廊下に置いておけって言われて。……だからあの日以来、一度も蒼太の顔を見ていないんです。でも、あなた方に責任はありませんわ。現に今もこうして、あの子を元気付けようと頑張ってくれているんですもの」
どうやら、僕らと初めて接触したあの日以来、一週間以上ずっと部屋に閉じこもったままで居るらしい。由菜子さんは僕らのことを思ってそう言ってくれているけれど、それでも僕は責任を感じずには居られなかった。
正直言って、僕が初めて天登と出会った時、彼を更正させることなんてできないだろうと決め付けてしまっていた。紬希が彼を引きこもりから救おうと一生懸命だったものだから仕方無く付いて行ったけれど、それでも心の奥では面倒に感じていた。考えれてみれば、普通一人の人間を更正させるには、何年もの月日を要するものだし、それ相応の努力と苦労が必要になる。とても一週間やそこらで成し遂げられるような簡単な事ではないはずだ。
でも、前回の製薬施設での事件を経て、僕は亡き息子のために自らの命をも投げ出そうとする母親の姿を見た。家族との幸せを奪おうとする理不尽な運命に逆らい、命尽きるまで抗おうとした千柳。愛する息子のためなら、どんなことでもする。そんな揺るぎない想いと決意は、きっと由菜子さんだって同じはずだ。そんな彼女の気持ちに、答えないわけにはいかないだろう。
千柳の時と同じように、この家庭でもまた、母と息子を結んでいた糸が解れようとしている。だから、その糸を繋ぎ直すべく奮闘する紬希と協力して、再び天登が笑顔で母親に面と向かえるよう、彼の抱えた過去のトラウマを払拭させなければならない。そんな強い使命感が、気付けば僕の中に芽生えてしまっていた。
「……天登君は、僕らが更生させます。正直言って、初めはそんな事できるなんて思ってもみなかったけれど、彼女なら……紬希ならできるような気がするんです。だから僕もあいつと一緒に、やれるだけのことはやるつもりです。だから、自分を責めないでください」
何だか、妙に格好付けた言葉になってしまったけれど、それでもこれは僕の本心だった。母親が息子を想う気持ちなんて、これまで考えたことはなかったし、考えたところでその全てを理解できるわけじゃない。それでも僕は、母と子の繋がりが絶たれるところを、もう二度と見たくはなかった。
「なんて心強いお言葉を…… 分かりました。どうか私の息子を、よろしくお願いしますね」
由菜子さんはそう言って深々とお辞儀をし、ようやく、それまでずっと暗いままだった表情を綻ばせ、僕に向かって優しく微笑んでくれた。
――一人でも多くの困った人を助け、役に立ってみたい。そんな紬希の強い思いによって設立された美斗世秘密連合団。そのしがない一員にされてしまった僕も、いつしか、これまで鬱陶しいとしか思えなかった紬希の意思に同調するようになってしまっていた。毎日毎日紬希に振り回され、時には命の危機に瀕しながらも、媚びることなくまだ彼女の傍に居座ろうとする僕は、多分救いようのない馬鹿なのだと思う。
それでも、あの子の行いが正しいと思う間は、せいぜい監視役として危なっかしい真似ばかりしでかすあの子の傍に居てやろう。そう強く思った。




