5月19日(日)③ 「連合団(ユナイターズ)・カフェ」開店!
<TMO-1122>
たくさんの買い物袋を両手に抱えて、僕らは秘密基地へと続く学校の裏山を登った。空越少年が買った分の袋まで抱えていた僕は、山の急斜面を登るのに一苦労で、足腰は痛み、額には玉の汗が滲んでいた。
そうして息を切らしながら歩んでゆく僕の横を、何も持たない空越少年が軽々とした足取りで追い抜いてゆく。更には、僕と同じくらいの荷物を抱えた紬希まで、易々と僕を追い抜いていった。
――最初、古井戸の中に入ると言われた時、少年は酷く驚いていた。驚くのも当然だ。水を汲む為に掘られた穴、それももう何十年も使われないまま林の中にぽつりと残された井戸の底に、まさか秘密基地へ通じる扉があるなんて、普通誰も考えない。
底まで降りると、頑丈な鉄製の扉が降りて来た者を出迎える。扉の上には小さな照明が付いており、扉正面に掛けられた木製の看板にスポットが当たっていた。
「……ゆ、ユナイターズ・カフェ?」
空越はたどたどしい口調で、看板に書かれている名前を口にする。
「そう。ここが、私たち放課後秘密連合団の新しい秘密基地、『連合団カフェ』」
こんな小洒落た看板まで作ってくれるなんて、月歩さんも芸の細かい人だと僕は思った。
重厚な扉を開くと、内側に付いたドアベルの音が部屋の中に鳴り響く。すると真っ先にその音を聞きつけて、僕らの前に慌ててやって来た者がいた。
「あっ、あのっ! ……よ、ようこそ『連合団カフェ』へ!」
そう言って僕らの前でペコリとお辞儀したのは、ひらひらの白いエプロンが際立つ黒いメイド服を身に付けた氷室だった。床に付きそうなくらい長いスカートの裾からは白いタイツと黒のパンプスが覗き、長い黒髪にはフリル付きのカチューシャがアクセントとなって、彼女の華麗さを最大限に引き出してくれている。
「あ、あの……器吹さんがこの衣装を渡してくれて……今、試着したばかりなんですけど、その……に、似合ってますか?」
「……う、うん。よく似合ってると思う」
いきなりメイド服姿の氷室に感想を聞かれ、返事に困ってしまった僕は、とりあえず無難な答えを返しておくことしかできなかった。
普段は地味であまり目立たない彼女が、その場で一番目立つ格好をしているのも少し滑稽に思えたけれど、何故かカフェの雰囲気を醸している基地の内装とも相まって、派手なメイド衣装もこの空間では自然と馴染んでいるように見えてしまう。
「素敵、私もいつか着てみたい」
僕の隣に居た紬希がそう言って、ぐっと親指を立てて氷室の前に突き出して見せた。
その一方、氷室にメイド衣装を渡した犯人である器吹も、奥の部屋の扉から顔を覗かせ、氷室にいやらしい視線を向けながら紬希と同じく親指を突き立てていたのだが、僕は黙って無視することにした。
――改めて基地の中を見回してみると、内装はもうほとんど完成しており、完全にカフェの様相を呈していた。レンガ造りの壁はあくまで四方に積み上げたのみで、天井は相変わらず岩が剥き出したままだったけれど、それがかえって不思議な空間を作り上げていて、見ているだけで楽しくなる。一昨日まで部屋の隅に積み上げられていた骨董品の丸テーブルや椅子も綺麗に並べられ、そのテーブル一つ一つを真上から照らすように、黒いシェードの付けられた照明が吊り下がっている。キッチン前には長いL字型のテーブルまで設置され、全部で六つのカウンターチェアが一列に並べられていた。
少し前までは、じめじめとした薄暗い洞窟であったのに、僅か一ヶ月足らずの短期間でここまでのビフォーアフターを遂げてしまったのは、やはり小兎姫さんによる功績が大きかったと言えるだろう。自分のカフェを開きたいという一途な想いがあってこそ、成せた業なのかもしれない。
「二人ともいらっしゃい。……あら、その子は新しいお客さんかしら?」
キッチンの方からエプロン姿でやって来た小兎姫さんが、僕の手に引かれた少年を見て尋ねる。突然目の前に仮面を付けた女性が現れて驚いた空越少年は、怖がって僕の背後に隠れた。
「あの……彼は空越鋼太郎君といいます。この子、人並外れた天才的頭脳を持っている、能力者なんです。同じ能力者だから、ここに連れて来ても問題無いと思ったのですが……」
僕は小兎姫さんの前で、包み隠すこと無く事実を打ち明けた。同じ能力者であり、相談に乗ってくれたり基地を作ってくれたりと、僕らに惜しみなく協力してくれる彼女には、この少年も能力者であることを正直に伝えておくべきだと思ったからだ。
――しかし、少年の名前を伝えた途端、そんな小兎姫さんの様子が、一変していた。
「空越って……まさか、あの……」
小兎姫さんは目を見開いたまま、その場で硬直していた。まるで、今まで忘れていた何か重要なことをを思い出した時のように呆然としていて、仮面の奥から漏れた微かな声は、気のせいか震えているように聞こえた。
「……も、もしかして、ご存知なんですか?」
まさかと思い、硬直している小兎姫さんに向かって恐々とそう尋ねるが、彼女はふと我に帰ったように僕の方を見て、それから首を横に振った。
「――いいえ、何でもないわ」
そして彼女は、空越と目線を合わせるようにその場にしゃがみ込み、少年に向かい優しくこう言った。
「こんにちは、空越君。私の名前は小兎姫月歩っていうの。よろしくね」
「あ、うん、よろしく。……あの、どうして顔にお面なんか付けてるの?」
そう空越から問われて、小兎姫さんは少しばかり考える時間を置き、それからこう答えた。
「――いずれ、あなたにも分かる時が来るわ。……ここまで来る間に喉が渇いたでしょ? オレンジジュースあるけど、飲みたい?」
「うん、飲みたい!」
空越少年は最初、仮面を付けた女性を前にして恐れを抱いたのか、繋いだ僕の手を固く握り締めていた。けれど、小兎姫さんと二言三言会話を重ねてゆくうちに、強ばっていた手はすぐに緩んだ。仮面の女性が実は優しい人なのだと分かって、安心したのだろう。
空越少年が警戒を解いてくれたのは良かったけれど、彼のことを紹介した時に一瞬見せた月歩さんのあの反応は、一体何だったのだろう?
「今お湯を沸かしてるから、じきにみんなの分のお茶も出来上がるわ。それまで、どうぞゆっくりしていって。まだ改装したばっかりで落ち着かないと思うけど、折角みんなも揃ったことだし、ここで『ユナイターズ・カフェ』の開店祝いをやりましょう」
「賛成。何か私に手伝えることはない?」
側にあった丸テーブルに鞄を置き、やる気満々で小兎姫さんを手伝おうとする紬希。しかし――
「あ、あの、大丈夫です! 全て私がやりますから! だからお席に座っていてくださいっ!」
メイド衣装に着替えた氷室も負けてはいない。
「うへへへ、眼福眼福……これは早く紬希ちゃんの分の衣装も揃えてあげないといけないねぇ」
奥の部屋の扉前に隠れながら、口元を弛ませた器吹が下品な笑みを浮かべながらそうつぶやく。
「おい、お前も大概にしておけ」
すると、奥の部屋から出てきた長雨が、自分の幼馴染にメイド衣装を与えた恨み辛みを晴らすように、器吹の頭に怒りの拳骨を喰らわせたのだった。




