番外編1-1 「玩具の墓場」の噂
<TMO-1113 CP>
<TMO-1113>
○
「――ねぇねぇ、知ってる? 最近巷で流行ってる、あの噂」
「あっ、知ってる知ってる! あれでしょ? 『玩具の墓場の噂』!」
「そうそう! この近くを通ってる国道の高架橋の下にある公園の砂場。あそこの砂を掘り返してみるとね――」
「持ち主たちに見捨てられた可哀そうな玩具たちが、それはもう次から次へと出てくるんだって!」
「怖いよね~。……だから、あの公園には捨てられた玩具たちの霊がたくさん彷徨っていて、公園にやって来た人は、持ち主と間違えた霊たちに呪いをかけられて口の利けない人形に変えられてしまうんだって!」
「そうなの! まさに、『玩具の墓場』だよね」
「だから、あの公園には絶対に近寄っちゃ駄目だよ。軽はずみな気持ちで足を踏み入れでもしたら、埋められた玩具の幽霊から恨みを買うことになっちゃうから――」
「嘘か本当なのかは、行ってみなきゃ分からない。でも、玩具の幽霊から呪いにかけられちゃっても、知らないからね……」
〇
やっと帰りの会が終わった。チャイムが鳴って、起立、気をつけ、先生さようなら。
僕はランドセルを背負い、手に体操着入れを持って一目散に教室から飛び出す。他のみんなは友達と仲良くお喋りしながら帰ろうとしていたり、集まって何処かに遊びに行く予定を立てたりしていた。僕にはそんな仲の良い友達なんていないから、いつも一人で学校を出て、一人で遊んで、一人で家に帰る。
でも、僕は寂しくなんかないし、逆に一人の方がいい。もし僕に友達がいたら、遊ぶ時にはその友達のこともいちいち考えてあげなきゃいけなくなるから。
例えば、僕が絵本を読みたいと言っても、あっちは折り紙がしたいと言い出すかもしれない。そうなると、僕は絵本が読みたいのに、わざわざ折り紙にも時間を使ってあげないといけない。こんなことじゃ、自由に遊べやしない。僕は自分のやりたいことを思う存分にやりたいんだ。友達のやりたいことまで構ってなんかいられない。
僕は学校の玄関を出て、運動場を駆け抜ける。でも、門前の歩行者信号が赤になったから、横断歩道の手前で一旦停止。待っている間も脚がうずうずして落ち着かない。
……今日は、何があそこに埋まっているのだろう?
信号が青になり、僕は駆け足で横断歩道を渡る。
向かう先は決まっている。――そう、あの公園だ。
その公園は、真上に大きな道路が通っていて、車が休みなく通っているから、下まで音が響いて少しうるさいけれど、夏はいつも日陰になってくれるから、ひんやりしていて気持ちがいい。
――そして何より、その公園の良いところは、他の子どもが誰も遊びに来ないことだ。
だから、僕が公園に行けば、広い空地も、置かれた鉄棒も滑り台も、そして大きな砂場も、そこにあるもの全部が僕のものになる。
今日も、その公園には誰も人が来ていなかった。僕は誰も居ないことを確かめてから、真っ先に砂場へと向かう。砂場横のベンチの上にランドセルと体操着入れを下ろして、体操着入れの中からビニール袋に包まれたスコップを取り出す。
今日は、一体ここに何が埋まっているのだろう?
僕は砂場の方を見る。そこには、至る所に掘り返して、また埋め直した跡がくっきりと残っていた。僕は興奮に胸を高鳴らせながらスコップをぎゅっと強く握りしめ、砂場にスコップを突き立てた。
こうして、この公園の天下を取った僕は、ここにある遊具で遊んだり、家から持ってきたラジコンの車を空地の上で転がして遊んだりするのだけれど、僕が一番楽しみにしていたのは、この砂場でやる遊び。砂の中に埋められた玩具を探して掘り出し、自分のものにする……
――そう、それは僕だけが知っている、秘密の「宝探し」だった。
〇
僕が『玩具の墓場の噂』を聞いたのは、一週間くらい前のこと。教室でクラスメイトたちがひそひそ話をしているところを、隣で盗み聞きして知った。国道下にある小さな公園の砂場に、人知れずたくさんの玩具が埋められていて、公園に入って来る人を片っ端から呪っては、口もきけず動けもしない人形に変えてしまうらしい。
みんなその話を聞いて怖がっていたけれど、僕はそうじゃなかった。むしろ、その公園に埋まっている玩具のことが気になって仕方がなかった。
(一体どんな玩具が埋まっているんだろう?)
あの公園は一日中橋の下の影にすっぽりはまっていて、何処となく不気味な雰囲気があったから、元から子どもたちには人気のない公園だった。おまけにそんな怖い噂まで広がってしまうのだから、公園に来る子なんて誰も居なくなってしまうに違いない。
……でも、それは僕にとって好都合だった。
僕はその日、早速噂になっていた日陰の下にある公園に行ってみた。最初はたかが噂だから嘘であっても仕方がないと割り切って、面白半分で、落ちていた木の棒を使って砂をほじくり返してみた。
するとどうだろう! 砂の中から次から次へと色々なものが出てくる出てくる。その量の多さに驚いた。
花柄の付いた小さな手鏡、まだ書ける三色のボールペン、お化粧をするコンタクト、女の人がお化粧する時に使うコンタクトケース、ゲーム機の取り外しができるコントローラー(青い方だけだった)、特大サイズのビー玉、シンプルな銀の指輪、黄色いゴムボール、近くにある神社の名前が入ったお守り、高そうな万年筆、竜が象られたジッポーライター、服を着たリナちゃん人形等々……
良く見れば玩具じゃないガラクタまでたくさん埋まっていて、新しいものが出てくる度に、僕は目を輝かせていた。まるで、自分が恐竜の化石を発掘している考古学者の博士のように思えてきて楽しくなる。
そして、何故か不思議なことに、一日経ってからまた砂場に行ってみると、更に別のガラクタが幾つか追加で埋められているのを見つけた。
だから僕は、学校が終わってから帰り道を外れて、遠回りしてまであの公園に立ち寄って砂場を掘り返し、新しいお宝を探した。
そうして、気付けば僕はあの公園に毎日通い詰めてしまっていた。一体誰が何処からこんなものを拾ってきて、どうしてこの砂場に埋めているのかは分からない。
だけど、これまでに幾つもの玩具やガラクタを掘り起こしては持ち帰り、おかげで僕の宝物コレクションもかなりの量になった。どうせ持ち主に捨てられたものだから、拾ったくらいでバチが当たるはずもない。「玩具の墓場の噂」のこともあったけれど、もうかれこれ一週間宝探しを続けて、玩具の霊に遭ってしまったことは一度もない。だから、きっとあの噂はただの迷信なのだろう。
――でも、僕はあの噂が嘘だったことをクラスメイトのみんなに教えるつもりなんてない。他の子たちには、あの噂をずっと信じていてほしかった。みんなが噂を信じて、怖がってこの公園に近付かない限り、僕は毎日この秘密の宝探しを続けることができるのだから。
「玩具の墓場の噂」が巷で流行っているおかげで、今の僕はこうして一人だけの宝探しを楽しんでいられる。
――この遊びは、誰にも渡すもんか。
そんなことを思いながら、今日もひたすらに砂を掘り返していると、突き刺したスコップから何か妙な感触が伝わった。
「ここだ!」
僕はスコップを深く刺して、砂の中から手のひらサイズの砂の塊を掘り出した。これまでに掘り出したものから比べると、少しサイズが大きい。それにこの手触りは……
掘り出した塊に付いた砂を手で払い落し、もう一度よく眺めてみる。今日僕が見つけたもの、それは――




