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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
おまけ2
108/190

IF STORY 5月18日(土)⑮ 千柳さんからの贈り物 ※ミロガンシアANOTHER ENDルート

挿絵(By みてみん)

<TMO-1107>







「――そういえば、千柳さんは?」


 そう尋ねる僕に、紬希は静かに首を横に振った。


「あの子の居る場所へ帰るって言うから……だから私、あの人を連れて帰ることができなかった。……ごめんなさい」


 悔しみの感情を押し殺すように両手に拳を握り、頭を垂れる紬希。きっと、あの瓦礫の向こう側で紬希が千柳と最後の会話を交わしていたのだろうと思うと、胸が締め付けられる。


 困っている人を絶対に見逃さないあの紬希でさえ、救うことができなかったのだ。千柳を救うべきか否か、彼女の中で壮絶な葛藤があったのだろうと思う。


「……私、あんなに自分の死を心から望んでいる人を見るのは初めてだった。どうか放っておいてって、そんな気持ちがあの人の目から伝わってきて、どうすればいいか分からなかった。……何が正しい行いなのか、分からなくなってしまったの」


 僕はそんな彼女を見て気がつく。それまで、何処までも真っすぐで折れることのなかった紬希の強い意志、それが今、揺らいでしまっている。ずっと正しいと思っていた自分の行いに、自信を持てなくなっているのだ。


 このまま紬希の意志が折れてしまえば、彼女は人助けなどという行為に精を出すことはなくなり、これまで通りの平穏な日常に戻れるのかもしれない。僕にとっては、むしろそっちの方が好都合だったのかもしれない。これ以上彼女の我がままに付き合っていては、いつか本当に自分の身を滅ぼすかもしれない。本気でそう思った。


 ――でも、それでも僕は、彼女がその場で崩れて泣いてしまう瞬間なんて見たくなかった。あんなにも純粋で曇りのない瞳を前に向け、決して過去を振り返らず、自分の考えるまま、赴くまま自由奔放に駆け回る彼女を、僕は美しいと思った。


 だから、そんな何処までも真っすぐな彼女を、守ってやりたい――


「……誰だって、分からなくなると思うよ」


 僕は項垂れる彼女に向かってそう声をかける。


「何が正しいかなんて、きっと誰にも分かることじゃないんだ。それに、答えすら無いのかもしれない。……でも、そんな時でも自分の意志を信じて、千柳さんを助けない選択をした紬希を、僕は責めたりなんかしないよ」


 紬希は透き通った青い目で僕を見た。その吸い込まれそうな瞳の奥に、彼女の内に宿る強い意志が光っている。


「……だから、これからも自分が正しいと思うことを一生懸命に突き詰める、そんないつもの紬希で居てほしいんだ」


 紬希の目から曇りが消えた。薄く開いていた唇がきゅっと引き締められ、いつもの紬希の表情がその顔に戻ってくる。


「――うん、分かった」


 そう口にした時、紬希の頭の上で白髪がもぞもぞと動いた。髪をかき分けて、紬希の頭から突き出すように伸びてきたそれは、大きく膨らんで、真っ赤な花弁を四方に開いてゆく。


「紬希、それって……」


 それはまるで、紬希の頭を美しく彩る髪飾りのように、鮮やかな赤を放つミロガンシアの花が頭の片隅に咲いていたのだ。その花に触れた紬希は、思い出したように言う。


「あの時、凪咲君をかばって身に受けたミロガンシアの種が、まだ一つ頭の中に残っていたみたい」


 そんな紬希の姿に、僕は思わず見入ってしまう。白く流れる髪、そのこめかみより少し上に咲く一輪の赤い花が、紬希の可愛らしさをより一層引き立てていたのだ。


「……いいじゃん、似合ってる」


「うん。これのおかげで、みんな千柳さんのことを忘れずに覚えていてくれるはず。……凪咲君、どうしてそんなに顔を赤くしてるの?」


 そう言われて僕は、彼女に見入っている間、気付けば火照ってしまった顔を慌てて背けた。



 ――こうして、千柳の体からしか生えないという世界でも希少なミロガンシアの花は、施設の地下で乱れ咲いた後、最後の一輪を紬希の頭に残し、完全に焼失した。


 千柳の作り上げた地下庭園は、焼け落ちた工場の下敷きとなり、燃えてしまった彼女の灰は、立ち上る黒煙と共に風に運ばれ、夕日の空へと散っていったのだった。

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