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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
おまけ2
106/190

IF STORY 5月18日(土)⑬ 全てを消し去って(裏) ※ミロガンシアANOTHER ENDルート

※作者注


 この「おまけ2」に掲載した三話はif作品となっております。これも「おまけ1」と同様、制作した当初はこちらを採用するつもりだったのですが、あまりに内容が重くなってしまうのもどうかと……

 どうやら自分は話を書いていると内容をシリアスに向けたがる癖があるようで、後々修正するのが大変でした。

 今回もまた、重い話が苦手な方は読み飛ばしてもらって構いません。もしもこうなっていたら……と想像を膨らませて楽しんで頂ければ幸いです。


クマネコ


※話の内容は「5月18日(土)⑫ 庭園からの脱出」から繋がっております。

挿絵(By みてみん)

<TMO-1105 CP>







 炎が施設の床を覆っていたミロガンシアのツタに燃え移ると、更に勢いを増して山火事の如く広がり、華麗に咲いていた赤い花も火の玉となって燃え落ちてゆく。


 千柳によって召使いにされたツタまみれの哀れな怪物たちも火達磨になってのたうち回り、シューッ! と空気の抜けるような雄叫びを上げる。やがてひとりきり死のダンスを踊り終えた彼らはその場に倒れて動かなくなり、盛る炎に飲まれていった。


 しかし、周囲を炎に巻かれた絶体絶命な状況下であるにもかかわらず、千柳はその場を一歩たりとも動こうとしなかった。


「千柳さん。早くここから出ましょう」


 紬希がそう言って手を伸ばすが、彼女は首を横に振る。


「……いいえ、私よりも、どうかこの子をよろしくお願いします。仲良くしてあげてくださいね」


 千柳はそう言って、伸ばしてくる紬希の手に、怯えている空越少年を託した。


「駄目。あなたも一緒に来て。誰一人として置いていけない」


 紬希はきつい口調で千柳に詰め寄る。これまで、彼女は誰かの力になりたいと、困っている人を見つける度に立ち止まっては手を差し伸べてきた。目の前で助けを必要としているはずの相手を見捨てるなんてことは、彼女の揺るぎない正義感が絶対に許さなかった。


 ――けれども、今回だけは違った。紬希が手を差し伸べた相手は、彼女の助けを頑なに拒んでいた。


「私はもとからここで枯れることを覚悟していました。どのみち、これだけの『アティラヴァG』を摂取してしまえば、やがて自身の毒に犯されて死ぬ運命は避けられません。偶然ではありましたが、花の散る時期が少し早く訪れただけで、私には何の支障もありません。……これで良いのです」


 千柳はそう言って満足げに微笑み、静かにその目を閉じてゆく。


「――良い訳なんかない」


 しかし、紬希は諦めなかった。千柳の腕を両手でぎゅっと掴み、自分の方へ引き寄せようとする。……が、千柳の体から伸びたツタが地面に張り付いてしまっているせいで、その場から一歩たりとも動かすことができなかった。


「あなたが死んで悲しむ人なら、今目の前にいる。私、千柳さんが居なくなるととても悲しい。……だから、連れて行く。絶対に!」


 微動だにしない自分の体を必死になって引っ張る紬希の姿を見て、千柳はくすっと笑みを漏らした。


「……あなた、優しいのね。相手が赤の他人であっても、まるで仲間のように気遣い、見境なく助けようとする。あなたの心の内にある強い衝動が、そうさせている。……それはきっと、あなたが何か大切な人を失った時の痛みをよく理解しているからこそ、できることなのでしょうね」


 そう言って彼女は、紬希の顔に刻まれた無数の傷跡を、緑色の指でそっとなぞった。何気ないその言葉に紬希はぴくっと反応し、驚いたように目を見開いて、千柳を見上げる。


「――あら、図星だったかしら? 嫌な記憶を思い出させてしまったのなら謝ります。……あなた、私によく似ているわ」


 そう言われて、紬希は抵抗するように大きく首を横に降り、スカートのポケットに手を入れると、あのボロボロな縫いぐるみ、クマッパチを取り出して千柳に見せた。


「私は失ってなんかない。ちゃんと、ここにいる」


 いきなり突き出されたその縫いぐるみを見て千柳は目を丸くしていた。が、やがてその目を細めて、彼女は柔かに笑う。


「ふふっ……そう、あなたにはその子が付いてるのね。それがあなたにとっての大事なものであるというのなら、絶対に離さないで」


 紬希は強く頷いて、クマッパチを再びポケットにしまった。燃え盛る炎の中、あちこちで機械が倒れ、天井が崩壊し、所狭しと並んでいたハイテク装置は、瞬く間に瓦礫の中に埋もれてゆく。


「さぁ、行ってください。私も、早くあの子のところに行ってやらねばなりません。ずっと一人にさせてしまって、寂しがってる筈ですから」


 紬希はもどかしげに唇を噛んでいだが、とうとう千柳の一徹した思いに折れてしまったのか、悔しさを押し殺すように拳を握ってうつむき、こくりと頷いた。


「あなたの強い意志に沿えず、本当にごめんなさい。でも、こんな私でも認めてくれる人がいると知って、とても嬉しかった。……後はどうか、よろしくお願いします」


 千柳は紬希に向かって深くお辞儀をする。飛び散った火の粉が千柳の緑色の肌にかかり、魅惑的な彼女の体はたちまち炎に包まれた。紬希はわだかまる気持ちを断ち切って振り返り、駆け出す。紬希に手を引かれた空越少年が、涙目になりながら、地獄の業火に身を焦がしてゆく千柳に向かって、最後の言葉を投げた。


「さよなら――ママ!」


 かつて、自身の運命が狂ってしまったあの日、寝室で息子が告げるはずだった旅立ちの言葉を、千柳は今、薄れゆく視界の中ではっきりと聞いた気がした。


「――いってらっしゃい……」


 息子の影を見送る心優しき母親は涙を流し、崩れ落ちる瓦礫と共に埋もれて見えなくなった。

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