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パッチング・レコーズ  作者: トモクマ
第8章 誰がために花は咲く
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5月18日(土)⑮ 影より覗く第三の目(裏)

「……ありゃ? えらいこっちゃ! 繭の中から出て来よったあの子、火傷一つしとらんやないの!」


 炎上するクリプト製薬の工場施設から少し離れた雑木林。その木陰に身を潜める、一人の影があった。


 その人物は、手に持っていた双眼鏡を覗き、丸い二つのレンズに、生還した紬希との再会を果たす凪咲たちの姿を映していた。彼らの様子を側から覗いていたその人物は、関西訛りの言葉で驚愕を露わにする。


「へぇ、あれだけの火の海をかいくぐって生還しよるなんて、あいつ相当な強者みたいやなぁ……ふふっ、オモロいやないの! なぁ主人はん、ウチあの子と戦ってみたいわぁ。どうせ今日の任務も終わったんやし、少しくらい良いやろ? な? な?」


 その人物は、魅惑的なねっとりとした声で無邪気な子どものように駄々をこね、「主人はん」と呼ばれる人物に許可を求める。


『今は駄目だ。君はもう十分に任務を果たしてくれた。速やかに帰還したまえ』


 すると、耳に取り付けられていたインカムから男の声が返ってくる。そのキザで何処か芝居を演じているような口調は、紛れもなくあの銀の目の男、真玖目銀磁ことMr.マグネルックの声だった。


「ちぇ~っ……主人はんは相変わらずいけずやなぁ。何で駄目なん?」


『今はまだその時ではないだけだ。いずれお前とも一戦交える日が来るだろうがね。だが今は、あの子の内に眠る真の力を解放させることができた。――それだけでも十分な働きだったよ』


 マスターからめられ、影の人物は「にへへへ……」と照れ笑いして双眼鏡をしまい、崩れ落ちてゆく研究所を眺める。


「でも主人はん、こんなことして本当に良かったんか? クリプト製薬にはぎょうさんお金(みつ)いで、あの研究施設やて、主人はんが増設するようにお願いしたんやろ? せっかく大金はたいて造らせたいうのに、何で全部灰にせなあかんのや?」


 影の人物がそう言うと、耳に付けられたインカムの奥から含み笑いが聞こえてくる。


『なぁに、このくらいの損失など取るに足らない。あの新薬のおかげで、こちらもそれなりに貯蓄を増やすことはできた。少しは役に立ったさ。……だが、薬で高められた偽りの力などに、私は欠片の興味もない。私が求めているのは、選ばれし者の内側に秘められている真なる力なのだよ。わたしは、その選ばれた人物の本来持つべき力を解放させてあげたいのだ。そうすれば、皆が本当の自由に目覚めることの素晴らしさを知ることになる。私や、君のようにね』


 その言葉を聞いた影の人物は、「まぁ、そりゃあ確かにそうやな」と膝を打って立ち上がり、両手を腰に当て、小さな胸を張る。


「ふふ……早くあの子と戦ってみたいわぁ。待ち遠しくて脚がウズウズしてたまらんわ。……あの子は一体どんな風に燃えてくれるんやろうか? 近いうちにまた会えるとええなぁ」


 ボッ――と、影の人物の口元から小さな炎が噴き出し、不敵な笑みを浮かべた女性の顔が照らし出される。十六、七程に見えるその少女は、長い黒髪を頭の上で二つのお団子にまとめ、扇情的な長い黒まつ毛の隙間から黄土色の瞳をうっすらと覗かせていた。まだ子どもでありながら、その魅惑溢れる微笑には何処か妙な威圧感があり、なおかつ挑戦的で、闘争に飢えている獣のようにぎらぎらと輝いていた。


 ――しかし、口元の炎が消えると、その表情は瞬く間に闇に飲まれて消えてしまった。

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