第56ラウンド 前年度優勝者・伊藤蓮花
インハイ編、一回戦突入。
翌日。
軽量も無事に一発パスで終え、一回戦に瑠希菜は臨むことになった。
しかし相手が前年度に優勝した奈良県代表の伊藤蓮花だった。
いきなり強敵と激突する事となり、普通なら萎縮してしまうものだが、瑠希菜は状態が良いのかいつも通りリラックスをして素軽く控え室でシャドーボクシングを繰り出していた。
「瑠希菜、状態は良さそうだな?」
黒川は決まりきっていたかのように状態の良し悪しを問う。
「これくらい問題ないですよ、スーパーフライ級の減量、今は楽ですもん。」
「………なら、大丈夫か。相手は強いからな、気ぃ引き締めとけよ?」
「分かってますよ、先生。『約束』がありますからね、こんな所で負けてられないですよ。」
「じゃあいいな、俺が過度に心配しなくってもよ? そんじゃ、行くぞ?」
瑠希菜は軽く頷き、一回戦のリングへと上がっていった。
サウスポーの瑠希菜と右オーソドックスの蓮花、体格自体は長身の瑠希菜の方が細く見えるし、162センチの蓮花は背周りがしっかりとした筋肉をしているのがユニフォーム越しに見えた。
第1ラウンドのゴングが鳴らされ、両者グローブタッチをしてステップを踏み始めた。
(しっかりガードを上げてるな………スタイルは堅実、まずは様子見、といった感じかな、これは………あっちが来ないなら、こっちから!)
瑠希菜は冷静に観察しながらも、前足と右腕を同時に前に出してノーモーションジャブを鋭く速くお見舞いさせた。
10オンスとは思えない程の衝撃音が会場に鳴り響き、客席からどよめきが走った。
しかし蓮花自身はしっかりガードを固めていたため、ダメージはなかった。
続け様に更に2発、ジャブを繰り出し左ストレート、返しの右フックを瑠希菜は放っていく。
だが蓮花はガードを固めつつフックをダッキングで躱し、打ち終わりに右オーバーハンドを放つが余裕を持って瑠希菜が右に首を傾けてスリップさせて難なく回避していく。
更に蓮花は小突くように下からの角度からジャブを放っていき、瑠希菜も右チェックフックで応戦した。
両者ヒットは浅い、しかし両者ハイレベルの攻防だった。
ここで一度、2人は距離を取り、リズムを取り直した。
押されている蓮花は、今度はこちらからと言わんばかりにジャブを2連発、仕掛けて行く。
瑠希菜は冷静にガードをガッチリと固めた。
蓮花は左ストレートを意識するかのような軽い仰け反らせをしながら一拍間を置いて左アッパーを放つ。
ガッチリ固めていたはずの瑠希菜のガードをすり抜けるように瑠希菜の顎先に掠るようにヒットした。
蓮花はすかさず右打ち下ろしを放つも瑠希菜は腰を屈めてこれを避け、追撃の左ボディフックをバックステップでヒラリと回避していった。
(なるほど、これが必勝パターン、か………厄介だね、私も使うけど縦にアッパーを捩じ込んでガードを開けさせて上下のコンビネーション………ビデオ観てなかったら初見で対応は絶対無理だったね………この人は強い、でも勝てない相手じゃない、それだけは分かったから………ここはじっくり見てカウンターを合わせるタイミングを掴む!!)
瑠希菜は1ラウンドを捨てることを決意し、再びドッシリ構える。
蓮花はそれを見て、同じコンビネーションを繰り出し、これが1ラウンド終了までに4度続く。
しかし瑠希菜はクリーンヒットだけはさせず、反撃も最小限で済ませて思考を読み取る隙だけは与えなかった。
第1ラウンドのゴングが鳴り、瑠希菜は青コーナーに戻った。
「行けそうか?」
黒川が水を飲ませながら瑠希菜に問う。
勝てるかどうか、を。
「まー………強いですけど、勝てない相手じゃないですよ。寧ろ次で倒せますね。」
瑠希菜は集中力を高め、そしてそれは自信に満ちたオーラだった。
「ならいい、プランは任せるからな、瑠希菜。倒しに行け。」
「りょーかい。」
阿吽の呼吸で2人は応対していき、瑠希菜はスクっと立ち上がって第2ラウンドを迎えたのであった。
始まってすぐ、瑠希菜と蓮花はまるで第1ラウンドのリプレイ映像を流しているかのような展開になった。
瑠希菜がガードを固め、蓮花が攻めて行く展開だ。
(何を考えてるかは分かんないけど………ボクシングは同じ攻撃は通用するまで繰り返すのが鉄板、ここでポイントを稼いでラストで仕留める!!)
最終ラウンドで仕留めると決意し、蓮花はジャブ、ジャブ、一拍置いて縦拳左アッパーを繰り出した。
しかし左アッパーを繰り出すフォームをした直後、瑠希菜はスウェーバックをした。
狙い通りのカウンターの準備が整った。
瑠希菜はスウェーと同時に右フックを左アッパーとねじれの位置になるように繰り出し、右フックのみがクリーンヒットした。
全く予期していなかった蓮花は効かされてバランスを崩した。
瑠希菜はこれを見逃すわけがなく、捩じ伏せるかのごとくパワーパンチを6発繰り出してダウンを奪った。
吹き飛ばされる形でダウンした蓮花は、5のカウントが鳴られたと同時にゆっくり立ち上がった。
(まさか………狙ってたの!? 私のアッパーを………!! あの子、パワーだけだと思ってたけど………なんて強かな子なの………!! でも負けるわけにはいかない!! 大学に行くために評価を落とすわけにいかないんだから!!)
ファイティングポーズを取り、試合が続行された。
再開と同時に瑠希菜は一気に詰め寄り、右左の高速連打を繰り出し、更に効かせていき、最後は左ボディーストレートを鳩尾にめり込むようにヒットさせ、蓮花を悶絶させて膝から崩れ落ちるように蓮花がダウンした。
レフェリーがすぐさま試合を止め、瑠希菜は側から見たら番狂せ、しかし知っている側からすれば前評判以上の完勝で瑠希菜は2回戦に駒を進めたのであった。
次回は瑠希菜にとって面倒くさい相手をぶつけようと思います。




