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第36ラウンド 『グレイシー・クルーズ』

今回はプロで戦うことになる選手を出します。

 瑠希菜達は翌日、アメリカジムの大手である、「グレートホライズンジム」へと足を運んでいた。


諒太の知り合いがいる、ということで、アメリカ滞在中にはここで練習することになるのである。


「すっげー……これが本場のジム……」


山本が圧倒されるのも無理はなく、広い施設に沢山のリング、無数のサンドバッグやパンチングボールが所狭しと置かれており、世界王者クラスの選手が続々と練習している。


「ここは世界でも有数の施設だ。俺の知り合いのトレーナーが経営している。今日は好きに使っていいってことだからよ、迷惑をかけるなんざ、絶対するんじゃねえぞ? 遊びで来てるわけじゃねえんだからな?」


諒太の掛け声で、全員が練習をスタートしていく。


しかし、異様な空気に全員が例外なく圧倒されていくのであった。




 その頃、諒太は、というと。


「久しぶりだな、M()r().()()()()()。」


「オー、リョータ!! 君の引退試合の時以来か? あの時は随分と選手が世話になったな。」


白髪の初老の男の名は、「アンドレイド・クルーズ」。


世界でも名伯楽と名高いトレーナーで、これまででも世界王者を12人も輩出した男である。


諒太も現役最終戦となった、スーパーウェルター級の7度目の防衛線の対戦相手のトレーナーを務めたのがこのクルーズという男である。


「まあな。あの時42のおっさんで、それでも受けてくれたアンタには感謝しかねえよ。お陰で悔いなく引退できた。」


「それは何よりだ。それで? 何故急にウチを使わせてくれと頼んだ? 君も今はジムを持っているじゃないか。」


「……そりゃあ……まあ、ウチの教え子らを世界戦を観させに連れてきたんだよ。んで、鈍ったらアレだろうから練習させてくれ、って頼んだわけだ。正直()()()()()()()()ってのもあったしな。」


「君も色々大変なんだな。無論、ウチもそれなりに、だがな。マッチメイクをするにしても、アウェイにも行かなくちゃいけないからね。」


「俺もだ。娘を教えるにしてもな、パワーがありすぎて相手がそんなにいねえんだ。高校でもボクシングをやる、っていうくらいだ。何か経験を積ませてやりたくってな。拳をやっちまってるが……」


「……それなら俺の娘とマススパーをやるか? ちょうど、今空いているしな。」


「ああ……そういやあ、オリンピック後にプロに転向した、とかって言ってたよな、アンタの娘。」


「そうだ。もう少しで世界戦、というところまで来ているんだが……君の娘はまだ15だろう?」


「そうだな。」


「なら丁度いいじゃないか。オリンピック2連覇の技術を盗み取ってもらえればいい。」


「助かるぜ。」


と、クルーズは娘の名を呼んだ。


そこにスリムで背が高く、ブロンドの髪が他靡く美女が。


彼女がリオデジャネイロ五輪、東京五輪バンタム級2連覇のボクサーである「グレイシー・クルーズ」だ。


「なによ、パパ。もう試合も近いのに私をわざわざ呼ぶってどういう了見よ?」


「まあ、グレース、そう言うな。せっかくリョータ・ホリオカが来たというのになぁ?」


「え……?? って、ええええええ!? なんで!? なんで!?!? なんでリョータがここに!?」


諒太を見てはしゃぐグレース。


どうやら熱心なファンなのだろうが、それなりの理由があるようで。


「なんでと言われてもな……ラスベガスで試合を観に行ったついでだよ。俺の教え子と共にな?」


「大歓迎よ、リョータ!! お礼を言いたいの、私!!」


「れ、礼……?? 俺がグレースに何かしたか??」


「したもなにも、貴方の試合を日本で観て、感動したのよ!! 貴方の試合を間近で観ていなかったら東京で金メダルなんて取れなかったわ!! それくらいの激闘で、貴方が諦めない姿を見せたから今の私があるの!!」


「そ、そうか……そいつは、何よりだな……」


諒太は調子が狂いながらも、グレースには歓迎されているようで、満更ではなさそうだった。


「ともかくだ、ウチの娘とマススパーしてくれねえか? 日本じゃなかなか相手がいないもんでな。」


「勿論よ!! 貴方の娘とあらば楽しみよ!!」


「……まあ、左拳をやっちまってるからな、軽めで頼むぜ。」


というわけで、瑠希菜VSグレースの特別スパーが開始されるのであった。




 リングに上がる2人。


左拳を治療中で万全とは程遠い瑠希菜に対し、心身共に充実しているグレースとでは天と地の差がある。


加えてグレースには実績がある。


県大会で優勝した経験しかない瑠希菜にとっては初めてと言ってもいい程の格上の選手だ。


「瑠希菜、右しか使えねえのは俺も分かった上でこれを組んでる。だがとにかく学べるところは学べ。オリンピック2連覇だぞ? これ以上強い相手がいるもんかよ。」


「……ん。わかった。」


タイマーが鳴り、リング中央に寄せる。


お互いサウスポー、しかしグレースの方が背が高い分、踏み込むしかない。


(……構えだけで分かる……!! 彼女は恐ろしく強い……!! でも胸を借りてやるしかないんだ!!)


瑠希菜は大きく踏み込んでリードジャブを放った。


グレースもノーモーションでジャブを放ち、両者の拳は相打ちになった。


(!! 流石だ……!! 私のジャブにカウンタージャブ……!! オリンピック2連覇は伊達じゃないな……!!)


(このジャブの打ち方……!! やっぱりリョータの子だ!! 打ち方もフォームも何もかもそっくり……これは間違いない、世界の脅威になる……!!)


強い_____そう2人は感じ取っていた。


そして後に、この2人がプロの舞台で拳を合わせることになるなど、この時はまだ誰も知る由もない。

次回は本格的マススパー。

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