第31ラウンド 高校で、もう一度
この回は、夏帆が瑠希菜に想いを伝える回です。
月光がカーテンの隙間から差し込む病室。
そこに夏帆と瑠希菜が話し込んでいた。
今後の目標を見失いかけている瑠希菜に対し、夏帆の目は輝いて見えていた。
「私さー……県外の強豪校に行こうと思ってるんだ。」
「……なんで?」
「……簡単だよ。瑠希菜とさ……全国でもう一回、戦いたいから。」
「……いいの? 拳壊れてどうなるか分からないのに……」
「それでもいいし……瑠希菜が勝ち上がれないわけないしね。神奈川の高校で、って考えたら瑠希菜は頭ひとつ抜けてるな、って思うもん。」
「……信じてるんだね……私の可能性。」
「あったりまえじゃん!! だって私に2回も勝ってる子にさ? そんなんでボクシングを諦めて欲しくないもん!! それに……」
「……それに?」
言葉に詰まる夏帆に対し、瑠希菜は少なからず疑問に思っていた。
夏帆はこう答える。
「……スーパーフライでさ、高校はやろう、って決めてる。正直さ、3ラウンド目……汗が出なかったもん。ここが潮時かな、って思ってさ? フライは。」
「……階級を上げるなら私も同じだよ。筋肉も付いてさ、減量大変だし。代謝が良いからまあ……そこはギリギリ行けてるってレベルだけどね? 拳を怪我するのはまだ身体が出来きってないっていうしね。だからまあ……元々高校でスーパーフライにするのは決めてたことだしさ、正直耐久ある方がやり甲斐あるし、私も。」
「まー……瑠希菜、背高いもんね。そりゃあ苦労するよ。」
「そうだね……ああ、一個いいかな? 夏帆。ちょっと、頼みあるんだけど……」
「うん? 何?」
瑠希菜は少し気恥ずかしそうな顔で、夏帆に告げる。
「……最近おっぱいがEカップになっちゃってさ? スポブラ買いたいんだけど……付き合ってくれる?」
「へ!? 瑠希菜、そんなにあるの!? ……まー、そういうことなら幾らでも付き合うよ。」
「……ありがとう。」
「……瑠希菜、約束して。高校でもう一回やろう!! それも……全国の舞台で!!」
「……うん。」
夏帆はそう言って、病室を出て行った。
(高校で、かー……まずは拳、治すところからだな……あとは今回の県大会で課題は見えた……ちょっと左に頼りすぎていたからな、今回……右を徹底的に鍛えるか……それだけでも倒せるように……一から見直すか、棄権して時間ができたから……)
瑠希菜は右手を天に掲げ、グッと握りしめた。
全てを見つめ直し、高校で頂点に立つために、やるべきことをやることを心に誓ったのであった。
そして翌日。
待ち合わせ場所のショッピングモールに2人は足を運んでいた。
……前日の腫れがまだ引いていないので、お互いにサングラスを掛けていたのではあるのだが。
下着屋に到着した2人は、スポブラを物色する。
「……てゆーか、中学生でEってなかなかいないからな……難しいな、親戚もこんな大きい子居なかったし……」
「……中1の段階でCはあったからね……」
「だとしてもデカイわ!! 中1で今の私くらいって、どんだけ発育いいのさ!! ……まあいいや、やるんだったら軽いヤツがいいよね……あと、汗を吸うヤツで……」
と、言いながら、夏帆はスポブラを何種類も物色し、瑠希菜に良さそうなものを探していく。
瑠希菜も負けじと探していくが、ペースが遅い。
なにしろ慣れていないのがあり、瑠希菜はそもそもの話、去年まで引きこもっていたので、こういう機会は殆どないのが現実としてあった。
「……あまり来ないの? こういうとこさ?」
「……来ない……」
「ええ……意外すぎて逆に引くわ……瑠希菜、可愛いのに……てっきりオシャレもしてんのかなー、って……」
「……全くないねー……そういうの、する余裕なかったし、色んな意味で……」
瑠希菜は案外真面目………?? と、夏帆は困惑気味に疑念を抱いたのであった。
そんなこんなで2人は瑠希菜のスポブラを何点か購入し、フードコートで食事を摂ることにしたのであった。
2人はうどんを注文して、食べながら近況を話すことになった。
まあ減量後なので、胃腸を戻すというのが一番の目的なのではあるが。
「瑠希菜ってさー……なんでボクシング始めたの?? 父さんが世界チャンピオンなのは流石に知ってるけどさ?? 私も父さんがボクサーだったし、ジムも父さんが経営してるしさ?」
「……私さ、去年まで引きこもってたんだ。一年くらい、さ?」
「え!? ちょちょちょ、ちょっと待って!? 唐突すぎるって!! え、引きこもってたの!? なんで!?」
「……イジメられてたんだ、バレー部だった時にさ? 先輩に……ね。」
「うー……わ……マジか、世界チャンピオンの娘が元いじめられっ子って………」
「今は湘南に移ってさ、普通に通えてるし……いい仲間に出会えたな、って思うよ。……まあ、良くも悪くもバカなのが多いけどさ?」
瑠希菜は水を飲みながら苦笑いを浮かべた。
夏帆も同様だった。
「……まあ、ボクシングを始めたのもさ……父さんに誘われた、ってのはあった。父さんも私のことで色々気にしてたみたいだしね? ……でも強制じゃないよ? 最終的には自分の意思。自分を変えたかったのと……あと、サンドバッグを打った時さ、父さんも、会長さんも褒めてくれて……それが嬉しかった。今は自信をもってやれてるのはさ、なんて言うんだろ……褒められる感覚が久しぶりでさ、もっと褒められたい、認められたいっていうのはそうなんだけど、それ以上に勝って嬉しい、っていう方が強いかな……」
「そっかー……私も甘いな……凄い才能の子がいるな、って思ってたけどさ、最初は……でも今の聞いたらさ、瑠希菜は誰よりもハングリー精神を抱えてたんだな、って。私は少なくともそう思った。そりゃあ……負けるよ。覚悟が違いすぎる。」
「アハハ……そりゃどうも……でもだからって私は負けるつもり、ないよ。世界チャンピオンになる、って決めてるしね。高校くらいで負けてられない。今はその気持ちが強い……まずは左拳、治すところからだからね。」
「……望むところだよ。私も瑠希菜以外には負けないし……もう瑠希菜に負けるつもりなんてない。私も世界チャンピオンになるのが夢だから。……お互い、同じだね、考えてるところ。」
瑠希菜はそうだね、と言いながら、うどんを啜っていくのであった。
瑠希菜は夏帆と別れ、実家に戻って行った。
そして久しぶりの母や下のきょうだい達と、近況を報告し、月曜日にまた湘南へと戻って行ったのであった。
次回は青竜中との抗争開始。




