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第3ラウンド 減量とマススパー

減量のリアル事情。

ちなみに戦う階級はフライ級。

 「ハア……ハア……ハア………」


あれから4ヶ月が経ち、もうそろそろで市内の大会が控えている頃だ。


瑠希菜は新15歳の部で出場する。


練習もより一層、ハードになってくる上に、減量ももうじきで入ってくる。


毎日毎日、腐ることなく走り、だいぶついていけるようにはなってきたものの、それでも疲労は尋常では無い。


中学生の段階だと瑠希菜の適正体重では出場者が1人とかそのレベルなので、フライ級、つまり5()0()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


現在56キロ。


ここから6キロ減量は体重を増やすよりも難しい上に当日軽量なので、スタミナが持つかどうかも懸念材料が多い。


つまりもう、減量の段階に来ている。



 この日は同じジムの女子プロの選手とマススパーを終えた後だった。


最初の頃と比べれば当たるようにはなってきたが、やはりプロと始めて数ヶ月の中学生では技術の差は歴然、成長はしているし、左も時々当たるがクリーンヒットには至っていない、それが現実だった。


女子は男子とは違い、2分3ラウンドというルール。


原因はというと、やはり足の使い方。


後半にベタ足になる瑠希菜に対して、プロの方はこれよりも多くのラウンドを経験している分3ラウンド目になっても足が動くのが現時点の差。


これさえ埋めれればというところだったがその段階までは遠い。


肩で息をする瑠希菜ではあるが、まだ手応えを掴みきれていないようで顔を顰めている。


と、ここで諒太が声を掛けた。


「お前は()()()()()()()()()だ。何回も言ってんだろ。ボクシングはバレーと違う。ペース配分を考えろって。」


「……どういうこと? 父さん……」


「3ラウンド目で足が止まってんのがその証拠だ。お前は強いのを打とうとしすぎ。8割軽くで強いやつを打つ時だけ思いっきり踏みこみゃいいのによ……それをお前はジャブもストレートも……他のパンチもそうだけど、全弾倒そうとしてるんだ。……そんなんだったらバレバレで避けられるし、お前自身の体力も消耗する。アマだったらポイント負けすんぞ、逃げられて。倒そうとするのは悪いことじゃない、けど最後まで継続的に戦うには力だけは抜いておけ。そうすりゃ後半でも足は動く。」


「……たしかに一理あるかも……やってみる。」


瑠希菜はそういって、リングへと戻っていった。


そしてスパーリングが始まる。


 瑠希菜のサウスポーに対し、プロの方はオーソドックス。


前足が交錯する格好になる。


(抜くこと……抜くこと……)


そう考えながら軽くジャブを放つ。


ヘッドギア越しな上、14オンスと厚いグローブなため、ダメージはない。


プロの方も負けじとジャブを出す。


これをスウェーバックで躱していく。


プロの方は軸足を瑠希菜の軸足の外側に行くように意識して立ち回るのに対し、瑠希菜は右利き相手の基本である、時計回りのサークリングをしていっている。


と、ここで右ストレートが、プロが踏み込んで飛んできた。


瑠希菜はこの時思っていたのは。


(確か……サウスポーは右利きに対して()()()()()()()()()()()()()って言ってたっけ……とりあえず打ってみるか。)


瑠希菜は右腕でストレートをブロックしてその後隙に左ストレートを軽く放った。


これがクロスカウンターのような形となり、クリーンヒットした。


(あ、なるほど。()()()()()。)


そう思ったのと同時にプロがガクガクと後退りした。


どうやら効いているようだ。


ジリジリと詰め寄り、ラッシュを仕掛ける瑠希菜。


コーナーに磔になったプロはなす術なくリングに落ちた。


ニュートラルコーナーで一休みする瑠希菜。


プロは立ち上がる。


そして再開と同時にタイマーが鳴り、ラウンドが終了した。


「……こんな感じ? 父さん。」


「そうだな。力を抜けばどんな奴にも当たる。あとは距離感だな。お前はここさえ掴めば相手を倒せる。」


「ん……わかった。もっかいやってみる。」


その後も継続して行われるスパーリングを瑠希菜は感覚を掴んだのか、難なくこなしていくようになったのだった。




 それから試合一週間前になった。


減量も過渡期に入り、瑠希菜は水も飲めない状態になった。


なにしろ1ヶ月で6キロも落とすのだ、大会日程が1日だけとはいえ、かなりハードな作業になってくる。


無論、思春期及び反抗期真っ只中の瑠希菜の苛立ちは尋常ではなく、下手に刺激すれば殴られそうな勢いだった。


勿論動きの切れ味も落ちてくる。


更なる苛立ちは募る上、瑠希菜にとっては初めての減量とはいえ、諒太のその姿も見てきた瑠希菜が弱音を吐くわけにはいかないし、実際吐かなかった。


肌も心なしか乾燥している。


少しでも汗を出す為に厚着を何枚も着重ねして走っても()()()()()()()()()()()()()()


これが減量の怖さなのだ。



 午後7時、練習を終え、自宅まで帰る為にジムからランニングをしていた時のことだった。


瑠希菜は元バレー部のチームメイトが談笑しながら帰宅しているのを目撃した。


街灯が街を照らす中、瑠希菜は咄嗟にフードを目深に被り直し、何事も無かったかのように通りすぎようとした。


が、彼女らは顔見知りのため、そう簡単には問屋は下ろしたりはしなかった。


「あれ!? 瑠希菜!? 瑠希菜だよね!?」


ふと立ち止まった少女が瑠希菜に声を掛ける。


瑠希菜はつい、足を止めてしまった。


口が渇きすぎて声を出す気力もない。


無視して立ち去ろうとしたが、声の主、「石井摩耶(いしいまや)」がジャンパーの袖を引く。


「アンタ学校にも来ないで何してんの!? こんなところで!! みんな心配してたんだよ!?」


心配も何も、イジメの主犯格でもあるバレー部に対しては何も思い入れはもうない瑠希菜だった。


そんなものはもう、建前だと分かりきっている。


口を利く気はないが足は止める。


「ねえ、なんで無視するわけ!? そんなにウチらが嫌だった!?」


この言葉に苛立ちが極限まできたのか、瑠希菜は殺意の昂った目を摩耶の方へ向けた。


正直言って殴りたい気持ちはあった。


左拳をグッと、握りしめる。


我慢しろ、我慢しろ、と自分に言い聞かせながら。


摩耶は続ける。


「アンタが辞めてから……チームが勝てなくなってきて……練習もキツくなって……だからアンタに戻ってきてほしい、ってみんな思ってるんだよ……! みんな待ってるのに……!!」


胸元を掴んで訴える摩耶だが、もうそんなことは瑠希菜にとってはどうでもよかった。


もうバレーボールに未練はない、あるのはボクシングだけなのだから。


今は試合に集中したい、その想いでいっぱいだった。


瑠希菜は摩耶の腕を振り解き、「どうでもいい。」と呟いて走り去った。


その姿に摩耶たちは呆気に取られていたのだった。




 帰宅後、暖房をガンガンに焚き、その中で布団を被って集中力を高める瑠希菜と、それに付き合う諒太。


沈黙の時間が流れていると、瑠希菜が口を開いた。


「………父さん……」


掠れた声で諒太に話しかけた瑠希菜。


諒太も反応する。


「おう……なんだ、瑠希菜。」


「……さっきさ……バレー部に会った……」


「そっか……」


「……振り解いてきたけど……アレで良かったの……かな……?」


「……それでいい……今は試合に向かって集中しろ。余計な雑念を入れられても困る。」


「……わかった……」


今は父という心の支えがあるので、集中して減量に取り組めた瑠希菜なのであった。



 そして3月6日。


 大会当日だ。


ギリギリ50キロのリミットで通過した瑠希菜は試合に備えてバンテージを巻いていた。


水分をしっかり摂ったので、状態は万全なのだが、緊張からか()()()()()()()


「瑠希菜……怖いか?」


諒太がその様子を見て声を掛けた。


やはり人の親、心配にもなる。


「……正直怖い……負けるかも、って考えたら……」


瑠希菜は正直に吐露した。


それもそうだ、瑠希菜にとっては初めての試合。


自信を掴めていない様子だった。


「……瑠希菜……俺も初めての試合の時は怖かったぞ。負けるかもしれない、死ぬかもしれない……って恐怖が。()()()()()()()だ、気にすんな。いつも通りやればできるから。な?」


「……いつも通り……やってみる……」


そう呟いたが、心なしか表情は硬い。



 心配が付き纏う中、瑠希菜は試合のリングに上がっていったのだった。


さて、次回は試合です。

デビュー戦、どうなるかはお楽しみに。

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