第29ラウンド 殺し合いのようなリングの打ち合い
長ったらしいかもしれないタイトルではありますが、これもボクシングの醍醐味。
第2ラウンドのゴングが鳴った。
2人は鳴ったと同時にリングの中央に寄った。
一瞬の刹那、瑠希菜は左のストレートを、夏帆は右のストレートをダイレクトに放った。
お互いの拳が顔面を捉える。
更に前の手のフックを両者が狙い撃つ。
これもヒット。
両者の顎が横に揺れる。
尚も2人はストレートからのフックの返しのパターンを何度も何度も繰り返した。
(正直前はパワーにビビってたフシはあった……だから男子の二階級上の高校生ともスパーを繰り返してきて……対策はしてきた!! だから瑠希菜のパワーも今なら怖くない……それに……もう負けないって決めたんだ、打ち合いで負けるもんか!!)
夏帆の拳の一個一個に気迫が乗り移っているかのように、振るっていく。
もう負けたくないという一心で。
一方の瑠希菜もこういう風に考えていた。
(前回は確かに私が勝った……だけどそれはまだ情報が浅かったから勝てたようなもの……今回は違う、夏帆は私の全部を研究した上で対策してる……あのクロスで分かった、そのためだって!! だからこれも私に勝つためなのも分かる……上等、パワーなら私の方が上だ!!)
瑠希菜も負けられない理由があった。
前回はビギナーズラックで勝てたようなものだった、というのが瑠希菜の考えていたことで、実力は夏帆の方が上だということも瑠希菜は承知していた。
だからこそ自分の見つけた武器で負けるわけにはいかなかった。
この打ち合いがそこに現れていた。
リングで見ていた紀利華と氷織が顔を見合わせる。
「まさか打ち合いになるなんてね……あんな綺麗なカウンターを取ってて、しかも瑠希菜相手で打ち合いに転じるなんて……」
紀利華は自分では絶対に無理だろう、といった具合でそう言った。
「無謀ですよ……パワーなら瑠希菜さんは負けないのに……」
氷織も張り詰めた顔で見ていた。
が、ここで灼が口を開く。
「……お前らの目は節穴か?」
「は? 何よ、灼……」
「よく見てみろ。」
灼がリングを指差すと、両者顎を引いて倒れないように対策を講じているのが分かる。
「2人ともパンチを見ている……?」
「そうだ。空手でもそうだが……一番効く技は何か、と聞かれたら俺はこう答えるな。『見えないところから飛んできた攻撃だ』……ってな。つまりパンチを見切ることで倒れないようにしてる。最初のラウンドで瑠希菜がダウンを取られたのも、アイツが三ツ矢のパンチが見えていなかったからだ。それが今じゃどうだ? 根比べのようにしか俺は見えねえ……何が言いてえのかというと……『意地の張り合い』、今の2人は殺し合いに近い。」
「こ、殺し合いって……!! 喧嘩じゃないんだからさ、そんなこと……」
「あるのさ、実際。案外女同士の戦いってのは……プライドが先行しちまうものなのさ。三ツ矢は打ち合いでも分があるという風に見せたい、対して瑠希菜はその三ツ矢の選択にハードパンチャーのプライドが許さない、って感じだ。本人たちがそう思ってなくても……ボクシングってのは一つの拳が命を絶つこともある。格闘技の原点だ。」
(とはいえ……このままじゃジリ貧だぞ……? 瑠希菜、どうする気だ……?)
3人は会場の熱気に駆られずに冷静に試合を観戦していたのである。
さて、リングでは。
残り30秒の段階まで来ていた。
両者肩で息をするようになり、顔も目の周囲が腫れぼったくなっていた。
(強い……やっぱり今まで戦ってきたどんな相手よりもずっと強い……!! でも負けるもんか!! 勝つんだ!! 絶対に!!)
瑠希菜は拳をグッと握りしめて、獣のような目で睨みつけた。
一方の夏帆も意地を張るようにガードを挙げた。
(奮い立て……奮い立て!! 何のために今日まで練習してきたと思ってるんだ……!! 瑠希菜を倒すためでしょ!? そんなので息切れするな……!! まだ出し切れてないじゃない!!)
両者変わらず顔面を殴り合っていく。
そして次の瞬間、2人は目線を下げた。
ボディーを狙う格好だった。
瑠希菜と夏帆は同時にガードを下げた。
夏帆も瑠希菜も、左のレバーブローを狙う気だった。
無論夏帆の方が近いので、夏帆が先に先着する。
が、ディレイド気味に瑠希菜も左レバーブローを放った。
夏帆のはガードに当たったのだが、瑠希菜は最も効くパンチを放った。
肋骨の下部分を殴るアッパーカットを。
ゴスッ……!! という音がリング内に響いた。
ガードを張ったところではないところにモロに貰った夏帆は、一瞬で呼吸を止められ、顔を歪めた。
そのままゆっくりと、夏帆は膝から崩れ落ちた。
夏帆は起死回生のダウンを喫してしまったのである。
(ハァ……ハァ……!! 痛いどころの話じゃない……!! 息が……!!)
必死に酸素を取り込もうと試みるが、無情にもカウントが聞こえる。
夏帆は腕をゆっくりと踏ん張り、立ち上がった。
顔を歪めたままではあるが、ファイテングポーズを取った。
しかし目は死んでいない。
レフェリーがそれを見て、試合を再開させた。
一方の瑠希菜もパンチを打ちすぎて、スタミナ切れ寸前まで来ていた。
足が思うように動かず、仕留めきれないまま第2ラウンド終了のゴングが鳴った。
肩で息をしながらコーナーに戻ってきた瑠希菜、諒太が真っ先に椅子に座らせた。
「まったく、無茶しやがって……アイツが意地張ってくれたお陰だぞ? 普通ならカウンターを打たれて終わってた。それは分かってるか?」
「……うん……」
(しかしこりゃ計算外だったな……瑠希菜で打ち合いに分が悪いとは思わなかった……それにここまで顔面を腫らされるのも初めてだしな……こうなりゃあとは気持ちの問題……瑠希菜の精神力に賭けるしかねえか……喧嘩でそういうのは培ってきてる筈だしな……)
「父……さん………」
諒太が汗を拭いていると、瑠希菜が力のない声で諒太に声をかける。
「……バカヤロウ、下手に喋るな……」
「負けたく……ない……夏帆に……だけは……絶対……!」
「……それでいい。おそらくアイツは打ち合いは迂闊にはしない筈だ。だが判定なんざ考えるな。倒すか倒されるか……お前らの領域はそこまで来ちまってる。だったらやることは一つ、分かってんだろ?」
瑠希菜は頷く。
諒太は瑠希菜に一つ水を飲ませた。
瑠希菜は濯いで口の中の血を水ごと吐き出した。
諒太は瑠希菜の顔にワセリンを塗り、背中を押す。
「……行ってこい。」
マウスピースを咥えさせながら、諒太は瑠希菜にそれだけを告げた。
「……行ってくる。」
瑠希菜も阿吽の呼吸で屈伸運動を始め、最終ラウンドのゴングが鳴るのを待った。
最終ラウンドのゴングが鳴り、互いにこう思いながらコーナーを2人は離れていった。
「絶対に倒す」、ただそれだけを想って。
次回は決着です。
プロ編とかになったら世界戦とかはこうやって濃密に書こうと思っておりますww




