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第21ラウンド 稀代のKOクイーン

今回は市内大会編です。

 瑠希菜の初戦が始まった。


ゴングが鳴ったと同時に瑠希菜は相手に襲いかかる。


練習してきた右のトリプルを正確に当て、相手を面食らわせた。


そこからはもう、一瞬だった。


右ストレートを出してきたところに右アッパーを合わせ、トドメと言わんばかりに左ボディーストレートを放ち、悶絶させてマットに沈めた。


その時間、わずか30秒。


会場からは響めきが起こると同時に拍手も沸き起こっていたのだった。





 控室で休憩する瑠希菜を、山本達は激励に来た。


「お疲れ。すげーな、相変わらず。」


「そりゃどうも。減量もいい感じで上手くいったし、体調自体もいいからこのまま行くよ。」


「おうよ!! 全力で応援してやっから!!」


「……そういえば紀利華は? 来てないけど。」


「あー、紀利華か? アイツ今日予定あるって言って来れねえって言ってたけど……」


「そっか……まあいいや、次も頑張るだけだよ。」


瑠希菜はそう言って、シャドーボクシングを始めたのだった。




 続く二回戦も、瑠希菜は難なく快勝、1ラウンド1分5秒、左ストレート一発で失神KO勝利。


カウント不要の完璧な勝利だった。


だが次の試合、前回市内大会優勝の強敵、「酒井眞子(さかいまこ)」が次戦の相手だった。


それに向け、瑠希菜は諒太と控室でミットを打って調整していた。


「次が山場になるだろうけどよ、気持ち的にはどうだ?」


「強いって言っても……夏帆ほどじゃないでしょ? ……だったらもうちょっと余裕持っていくよ。」


「瑠希菜……ボクシングに絶対はねえよ。だから絶対に油断すんな。過信が負けに繋がるからな?」


「分かってるよ。そう期待するのは周り、だもんね。父さんの時がそうだったように。」


「……よく覚えてんな、お前。まだクソガキだった頃だろ。」


「ウェルターの頃からの試合は全部覚えてる。だって今の父さんは……あの頃の父さんのまんまだしね。」


瑠希菜はそう言って、笑顔を少し綻ばせた。


これには諒太も苦笑いになる。


父娘のほっこりした時間と空間が流れる。


「確かに大きくは変わっちゃあ、いないな。指導者になっても。お前が引きこもりだした時も……俺が引退した後だしな。だからお前にさ、背中を見せてやりたかったんだと思うよ、あの頃の、お前が憧れてた、親父の背中を。」


諒太の言葉から、父としての不器用ながらの愛情が伝わってきた。


「人柄としての父さんは超えられないよ、私には。でも……『ボクサー』としては絶対越えたいと思う。それが今の私の目標。……4団体統一、それが……究極の、父さんが成し遂げられなかった目標。だからこんなところで負けてらんない。」


瑠希菜の目は燃えている。


真っ直ぐ、前を見つめている。


「わかってるよ。お前を勝たせるのが俺の仕事だ。……ホントにいい娘を持ったな、俺は。」


「私もだよ。私の父さんが……父さんでよかった、って……心の底で思うよ。」


2人は準決勝の試合へと向かっていくのだった。





 相手の眞子は、デトロイトスタイルのボクサーで、サウスポーという非常にやりにくい相手だった。


そこからのジャブは軌道が読みにくく、防ぎにくい。


流石の瑠希菜も迂闊には近づけなかった。


なんとかガードをしながら徐々にプレスをかけていく瑠希菜。


フリッカー系には、カウンターを合わせるのはかなり難しい。


だがそれでも前進していく。


眞子は瑠希菜の強打を警戒して近づくなと言わんばかりに必死にジャブで止めようとするが、強者の威圧感、強打者の威圧感が凄まじく映った。


瑠希菜はフェイント以外、何も出していない。


出していないにも関わらず、眞子の顔には冷や汗が滴っていた。


(なに、この子……前の試合も見てて強打者(ハードパンチャー)とは思ってたけど……こんなグイグイプレッシャーかけてきて……それで下がらせる気……!? しかも……一発もパンチを出さないってどういうつもりなの……!?)


眞子が接近戦はやりにくいということをやっていく中で理解していた。


(1ラウンドはポイントを捨てても様子見しといて……そこから仕留める感じだからね……でも()()()()()()……)


と、ここで眞子がコーナーに身体をぶつけた。


(しまった……!! これが狙い!? ヤバイ、早く脱出しないと……!!)


眞子は焦ったのか、この試合で初めて左ストレートを繰り出した。


だが瑠希菜はいとも簡単に右手でパーリングし、そこから鋭く重いワンツーを繰り出した。


腰の入った、強烈な拳が眞子の顔面にめり込み、衝撃が脳髄を貫いた。


あまりの衝撃と威力に、眞子はひとたまりもなくマットに崩れ落ちた。


レフェリーがすぐさまダウンを宣告し、瑠希菜は悠々とニュートラルコーナーへと向かっていった。


立ち上がろうとしたが、足が効いていなかった。


ガクガクと、膝が笑う。


たった二発、されど二発。


ダメージが深刻だった。


足を踏ん張って立ち上がった眞子、レフェリーが試合を再開させるが、こうなればもう瑠希菜の独壇場だ。


右、左のフックを立て続けに浴びせ、約3秒後、レフェリーが割って入り、手を振ってRSCを宣告した。


これで通算7戦7勝7RSC勝ち。


この時、観ていた観客は思ったことだろう。


「稀代のKOクイーン」が、この湘南に現れた、と。





 瑠希菜は決勝のリングに上がる。


その相手は、というと。


なんと()()()だった。


(な……なんで紀利華がここに……!?)


瑠希菜が驚くのも無理はなかった。


何せ誰からも紀利華が参加していたことを聞かされなかったし、瑠希菜はトーナメント表は見ない派だ。


実は1ヶ月前のことだった。


紀利華は諒太に直訴していた。


《会長……!! 試合、やらせてください!!》


《オイオイ……いいのか? そんな甘いもんじゃねえんだぞ、ボクシングってのは。》


《だって……瑠希菜に負けたくないんですもん!! だから市内大会に参加させてください!!》


紀利華の目は真剣そのものだった。


やっとできた目標、女子プロになるという目標が。


諒太は悩んだが、自分の教え子の願いを叶えないわけにはいかなかった。


《……はー……分かった。そこまで言うならエントリーさせてやる。ただ俺はセコンドには付かねえぞ? 坂井くんにだけはこのことは話しておくから……絶対に他の奴らには言うな。瑠希菜以外には俺が話しておく。》


《……ハイ!! ありがとうございます!!!》


それが事の顛末だった。


単純に瑠希菜を驚かせたい、というわけではないのはここまで勝ち上がってきた戦績がモノを言っていた。


3戦を全て、右クロスカウンターで切って落としてRSC勝ちを収めていたのだから。


同門対決、この試合はその様相を呈していた。


瑠希菜はコーナーに寄り、諒太からの指示を仰ぐ。


「なんで言ってくれなかったの、父さん……」


「言っちまったらよ、お互い意識するだろ? そうならないためだ。お前以外全員知ってるんだぞ、このことは。……でもまあ、全力で迎え撃て。あとはわかるだろ? アイツにやるべきことは。」


諒太はそう言い、瑠希菜にマウスピースを嵌める。


瑠希菜は口の中でマウスピースを咬合させ、一つ息を吐いた。


「分かってる……手を抜く気はないよ。」


瑠希菜は赤いユニフォームを靡かせ、ゴングが鳴るのを待った。


一方、青コーナーの紀利華は。


坂井と友寄が指示を送っていた。


「紀利華、まずはガードを固めて様子見。慣れてきたら右のカウンター、狙おう。大丈夫、練習してきたろ?」


「分かってます。瑠希菜(アイツ)に勝つにはそれしかないんで……。」


紀利華も集中力は最高潮だった。


幸い紀利華には減量が今のところはなかった。


万全の状態で迎え撃てる。


セコンドの2人はそう思っていた。


そして、ゴングが鳴り、2人はリング中央に向かい、走り出していったのだった。

次回は瑠希菜VS紀利華・ボクシングバージョン。

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