第2ラウンド はじめてのミット打ち
ワンツーはボクシングに於いて基本。
瑠希菜はリングに上がり、ディフェンスを教えてもらうこととなった。
勿論諒太にだ。
諒太がグローブの付いた棒を瑠希菜に向かって伸ばし、少しずつ、しかしリズム良く、バックステップだったり、ダッキングだったりを教え込まれた。
アマチュアボクシングでは基本的にタッチボクシングのようなスタイルが主流となっているので、バックステップを重点的に教えられた瑠希菜なのであった。
流石にバレーボールをやっていたころは一年生にして新レギュラーを掴んだ運動神経だ、ほぼ一年振りの運動でも、それに初めてやるボクシングの基本的な動きでもそれなりには動けてはいるが、案の定息切れがしてきていたのだった。
インターバル終了後、瑠希菜は水を飲みながら諒太に聞いてきた。
「……父さんって……こんなこと毎日やってたの? ……こんなキツいとは思わなかった……」
肩で息をしながら質問をする。
「まあな。40超えても俺はコレずっとやってたからな? でも最初だしこんなもんだろ、瑠希菜。」
そう言っていると、1分のインターバルのタイマーの音が鳴った。
この後も入念にステップワークの練習をしていった瑠希菜なのであった。
そして、ミット打ちに入る。
瑠希菜がサウスポーなので、諒太も左利きの持ち手で合わせることになった。
まずは右手を諒太が突き出し、ジャブを要求する。
ミット目掛けてジャブを打ち出した瑠希菜。
初めてとは思えないほどスピードが出ている。
だが、これで納得はいかない諒太だ。
「いいか。ジャブはスピードが大事だ。抜いて抜いて、最後に拳をギュッ、と握るイメージで打ってみろ。」
瑠希菜は頷く。
そしてそれを意識してもう一度打ってみる。
先ほどよりパシン、という乾いた音がリング内に鳴り響いた。
諒太ももう一度ジャブを要求する。
もうコツを掴んだのか、音も徐々に大きくなっていくのがわかる。
大枦も目を見張り、ジム生もシャドーボクシングをしながらもチラチラと瑠希菜の方を見ている。
やはり注目されているのだろう。
続く3連ジャブも難なくこなしていった。
そして本命の左ストレート。
左手のミット目掛けて瑠希菜は思い切り左を放った。
バシーン! という音が鳴り響いてくる。
腰の入ったいいストレートだった。
「瑠希菜、当たる瞬間に手を外側に捻じ込んでみろ。バレーのスパイクと似たようなもんだ。その方が威力も増す。ただ、力は抜け。あと腰のは最小限でいい。ガードが遅くなる。」
「……うん。」
言われた通り、瑠希菜はミットに当たる瞬間に少しだけ腰を捻り、左手も外側に大きく捻り出した。
ディレイド気味に発射された左ストレートは大きく伸び、力強い音を立ててミットに打ち抜かれていった。
そして、諒太は立て続けにワンツーを要求する。
最初は確認のためにパン、パン、という小気味良い音が鳴る。
そしてスピードを上げてパンパン! とワンツーが放たれた。
諒太は外側からミットを軽くフック気味に動かして、瑠希菜は軽く膝を曲げてダッキングをする。
そしてまたワンツーを打ち出した。
諒太から、「もっと速く!」という声が聞こえる中、瑠希菜も徐々にエンジンをかけていき、3分の時間の中でワンツーを徹底してミットに打ち込んで行ったのだった。
そしてタイマーが鳴り、ボクシング体験レッスンは終わった。
初心者にこれをやらせるのは酷だが、一年のブランクがあったとはいえ、割と動けていたのは事実だ。
やはりバレーボールの経験も多少は生きているのだろう。
肩で息をしながらタオルで汗を拭く瑠希菜に諒太は声を掛けた。
「瑠希菜さ……どうだ? 今日みたいな体験じゃなくて……マジでやってみるか? 最終的にはお前が決めることだけどよ……」
瑠希菜は無言で水を飲み、答えを出した。
「………やる。」
静かな目が燃えているのを見届けた諒太は笑顔で頷いた。
「OK、わかった。じゃあ後で入会手続きとかは俺が済ませておくからさ、シャドーで今日やったこと確認しとけよ。」
「……うん。わかった。」
そういって、諒太は他の練習生にミットを持って練習の相手をしていき、瑠希菜もシャドーボクシングをしながら今日やったことを確認していったのだった。
入会手続きを終えた後、瑠希菜は帰宅した。
「あら、瑠希菜おかえり。どうだった? やってみて。」
久留美が帰宅して玄関に入ってきた瑠希菜に感想を尋ねる。
「疲れた……だけど……面白いね、ボクシングって。」
薄笑いを浮かべる程度だったが、どこか充実した表情をしている瑠希菜を見て、久留美はホッとした表情を浮かべる。
「母さん……シャワー浴びてくる。」
そういって、瑠希菜は洗面所に行き、シャワーを浴びていった。
その日の夜、夫婦の会話にて。
「ねえ、お父さん……どうだった? 瑠希菜をジムに連れてみてさ。」
「まあ……予想以上に動きがいいな。元々バレーやってた、ってのはあるけどよ、それ以上に飲み込みがめちゃくちゃ早え。……アイツは俺以上になるとは思うけど、本人のモチベーションがどう続くか、だな。問題としては。」
「そうよねえ……あの子、人付き合い良くないから……」
「そこは大丈夫だろ。俺が居るんだから。……で、なんだけどよ……俺今さ、湘南にジム、建ててるだろ? 指導者になって、世界チャンピオンを育ててみたいって言ってな?」
「そうね……単身赴任は覚悟してる。」
「で……アイツを湘南の中学に転校させて……俺のジムの専属の選手になってもらうって算段さ。勿論プロアマの両方の認可も申請済みだしな。ま、アイツには言ってねえんだけど、そっちの方が今の横浜よりアイツも気楽にやれるかな、って思ってさ。ボクシング教室もやる予定だから金もある程度は見込めるしな。」
「……あなたとあの子が熱中できるんだったら私は応援する。だから闘樹達のことは私に任せておいて。」
「助かる。……とはいってもジムが出来るのがまだ先だからな……転校の手続きとかもしねえと行けねえし、3月に市内の大会があるからそこまで仕上げねえとな、瑠希菜を……」
そういって、二人の夫婦の会話は続いていったのだった。
一方、部屋にいる瑠希菜は。
鏡の前で一人、シャドーボクシングに打ち込んでいた。
(会長のオジサンにも……世界チャンピオンになれるって言ってもらった……褒められること言われたの久しぶりだから……私なんかでも……頑張ったらそこまで行けるのかな……でも私がやるって決めたんだ、ちゃんとやんないと!)
そう思いながらひたすら鏡の前で拳を振るっていったのだった。
翌日の朝5時。
瑠希菜と諒太は外にいた。
諒太はこう言った。
「ボクシングはスタミナが大事だからな。そんで、これから毎日朝に走るから俺についてこいよ。40のオッサンに負けんなよ? お前。」
まあ最初だしブランク明けてすぐだから追いつけるわけがないだろうなとは思っていた諒太だったが、瑠希菜はこう返す。
「頑張ってついてく……」
といい、もう準備万端だった。
そうして二人はロードワークを開始した。
諒太は多少緩めながらスタスタと走っていくのに対し、瑠希菜は着いていくのに必死だった。
明らかにそれは経験値の問題だったのだが、段々と瑠希菜は離されていく。
それでも負けまいと懸命に食らい付いていった瑠希菜なのであった。
次回は減量について語ります。
つまり、試合が近い、ということです。
もうじきやりますのでお楽しみに。




