第12ラウンド 「腑狼」新総長として
今回から1か月、毎週月曜日投稿となります。
詳しくは僕の活動報告からご覧ください。
さて、今回は仲間がまた一人増える回です。
地味に長くなりますんで、よろしくお願いします。
今回の登場人物紹介は、山本です。
山本広大 湘南黄竜中3年 3月21日生まれ A型 178センチ 67キロ 湘南堀岡ジム練習生 右利き 好きな食べ物 唐揚げ 趣味 特になかったが、現在はボクシング
瑠希菜のいる不良グループの前リーダー。
奥原を遊び感覚でいじめていたのだが、転校初日の瑠希菜に左ストレートで一撃KOされてから瑠希菜を慕うようになり、尾行した際に成り行きでボクシングを始めることとなる。
家庭が複雑で、母は離婚を四度経験しており、山本自身も三度苗字が変わっている。
4人きょうだいだが、同じ血を引いて生まれたのは3歳年上の兄だけで、他は異父きょうだい。
人の上に立たないと気が済まない性格だが、瑠希菜に出会ったことで面倒見の良い兄貴分に変わっている。
あれから二週間が経過した。
山本達も練習について行けるようになり、瑠希菜自身も練習相手が増えたことで大会に向けてのモチベーションが上がっていた。
そんなある日だった。
学校帰りにいつものようにロードワークをしていると、一際小柄な、黄竜中の制服を着た女の子が近くの公園に入っていくのを目にした。
だが、様子がおかしい。
一度足を止める。
あの子をこのままスルーしていいのか、絶対にあの感じは何かある、そう直感した。
瑠希菜は自分の勘を信じ、公園へ向かってピッチを上げていった。
瑠希菜が公園に到着すると、その少女は公園のベンチに座っていた。
だが、座って本を読むわけでもなく、ただただジッとしていた。
しかもその表情は、瑠希菜以外に誰もいないのに強張っており、恐怖で震えているようにも見えた。
確信では無いにしろ、勘で分かった。
これは何かあると。
「……ねえ。」
意を決してその子に声を掛けた。
「ひゃっ! ひゃいっっ!!!」
少女は驚いた表情をしていた。
見ず知らずの、同じ中学の制服を着た女子生徒に声を掛けられてビックリした表情をしていた。
「……そんな驚かなくてもいいんだけど……」
瑠希菜はポーカーフェイスを崩さない。
元々感情を表に出すことが少ないタイプなので、怖いという感じにその少女の目には映る。
少女は、熊と遭遇した時のような対処法の如く、座りながらもジリジリと離れていった。
「……なんかあったんでしょ? 話くらいなら聞いてあげるから。」
真っ直ぐな目でその少女の方を見据える瑠希菜。
「え……き、聞いて……いただけるん、ですか……?」
「そうじゃなきゃアンタに声掛けてない。」
半信半疑の少女の問いに、瑠希菜は即答で返す。
少女は近寄って、瑠希菜に何があったのかを話し始めた。
少女の名は、「藤光氷織」といった。
氷織は中学2年生で、身長は147センチしかなかった。
氷織が話した内容は、同じクラスの女子数人からイジメを去年から受けているということ、この公園に呼び出されては、指示された強要を撮影されること……それだけでなく、便器の水を飲まされたり、ということを日常的にさせられているということだった。
親身になって話を聞く瑠希菜に、少しずつ心を許しながらも、声は涙で震えていた。
恐怖と安心が、混在している声。
瑠希菜にとっては頭の痛い話だった。
女同士のイジメほど、陰湿で恐怖感を与えるものはないのだから。
氷織なんてその典型例だ。
小柄で可愛らしい出立ちをした少女なのだから尚更目の敵にされているのかもしれない。
瑠希菜も自己紹介はしているので、名前は覚えられているのだろう。
「……氷織……一回出よう、この公園から。」
「え……ハイ……」
嫌な予感がすると直感した瑠希菜は、氷織の手を引いてその場を後にした。
湘南堀岡ジムまではわりかし遠いのだが、二人は歩きながら今後を話す。
「その……瑠希菜さんって、何されてるんですか……?」
「ボクシング、やってるけど……何? それが。」
氷織が恐る恐る尋ねる。
瑠希菜も淡々と返した。
「……強く……なりたいんです、瑠希菜さんみたいに……」
「私みたいに?」
「ハイ……でも……力がないから……」
これを聞いた瑠希菜は息を一つ吐いて自分のことを話す。
「……氷織、私もさ、アンタと同じだったの。」
「……え……?」
「……私はさ、中1の時に……先輩からいじめられて、それでバレーも辞めて1年くらい引きこもってたんだ、家に。……その中でボクシング始めてさ? 自信は付いたよ。でも私は始めててもまだ弱いまま。ずっとこびりついてて離れない記憶……それがイジメを受ける側の気持ち。まだ私も払拭は仕切れてない、だけど自信は付いた。氷織はまだ学校行けてるだけ強いよ。氷織は氷織のままでいいよ。……こういうこと、易々と言っちゃいけないのは分かってる、でも私は氷織の味方だから。これは保証できる。」
「……そうだったんですか……」
瑠希菜は自分のことを話し、拳をグッと握りしめる。
氷織は意外そうな顔をしていた。
瑠希菜も同じだったんだと。
「……今はさ、成り行きで不良グループに入っちゃったけど……短い間だけど私を慕ってくれてる。楽しいのかどうかは置いといて、だけど誰かと一緒にいるって……気持ちは凄い楽だよ? だから頼って良いから、氷織も。」
氷織は途端に複雑そうな表情を浮かべた。
守られてばかり、というのがあるのだろうが、強くなりたいという意思が氷織を突き動かしていた。
見かねた瑠希菜は氷織にこう話した。
「……ウチ来る?」
「へ?」
「……強くなりたいんでしょ? だから……ボクシング、やってみる?」
「え……え? で、でも……」
根っこが優しすぎるんだなというのを瑠希菜は感じ取ったからこそ、氷織を勧誘する。
当の氷織は躊躇っていたのだが。
「事情話したらさ、みんな理解すると思うから大丈夫だよ。ちゃんと教えるから、その代わり。」
「そ……そういうことなら……」
「じゃ、決まりだね。私ん家、案内してあげる。」
氷織も連れて、瑠希菜は帰宅していった。
「ごめん、父さん。遅くなった。」
「……ったく、どこで道草食ってきたんだか……って、誰だよその嬢ちゃん。まさかお前が連れてきたのか?」
瑠希菜は帰宅早々、遅れたことを謝ったが、諒太は氷織の方に目が行ったようだった。
「うん。事情は準備終わったら説明する。」
「そうかい、わかった。……で、嬢ちゃん、名前は?」
「……ふ……藤光……氷織……です……中学2年生……です……」
長身から氷織を見下ろす諒太は、威圧感があった。
氷織はそれにビクビクしっぱなしだった。
「……まあいいわ。入んな。シューズとグローブ、貸してやるから。」
「あ……ありがとうございます……」
氷織は生まれて初めて見るジムに戸惑いながらも中に入っていった。
と、そこに準備を終えた瑠希菜が出てきた。
「父さん、事情説明しとく。この子の。」
といい、瑠希菜は諒太に何があったのかを話し始めた。
「……なーるほど。そいつぁ、面倒臭え事情なこったぁだな。」
諒太も納得した表情を浮かべた。
そして、指導方法を考えるから、といって瑠希菜にシャドーボクシングを促す。
諒太は座って見ている氷織の元に駆け寄る。
「……どうだ? 見てて。」
「……速い……です……凄く……」
「お前も頑張れば、あれくらい出来るようになるよ。」
「出来ますか……? 私でも……」
「ああ。保証する。」
指導者となってまだ若いので、選手の目線で物事を考えられる諒太は、氷織に肯定するようなことを話す。
「お……教えてください! ボクシング!!」
急にいきり立ったのか、氷織は輝いた目で諒太にそう訴えた。
「ハハ、分かった分かった。まず基本から教えてやる。」
諒太はそう言って、ジャブだったり、ストレートだったりを手取り足取り教えていったのだった。
が、サンドバッグを打ってみたはいいものの、揺れないし、音も弱いし、で、正直倒せるパンチではなかった。
これを見ていた山本達は苦笑いを浮かべる。
まあ……氷織の元が小柄で華奢なのだから非力なのは仕方のないことだが。
「……氷織。ボクシングは殴り倒せばいい、ってイメージじゃないか?」
「ハイ……イメージ的には……」
諒太は氷織の前にしゃがみこんで肩を叩く。
「ボクシングってのはスポーツだ。パンチなんて無くても勝てるんだよ。ポイントだけを奪うスタイルに考え方を変えたらさ、パンチが無くても判定で勝てたりするもんだ。相手を倒せなくても良い、小さくても良い。お前はお前の道でいいんだ、瑠希菜なんて教えなくてもあの音を出せるんだ、たとえ試合がつまらねえ、って言われようがよ、お前の信じた道をいきゃいいんだ。その代わり、『勝てる技術』は徹底的に教え込んでやる。」
この言葉に感銘を受けたのか、氷織は諒太に感謝を述べた。
「あ……ありがとうございます!! 私、ボクシングやります!!」
諒太はフッ、と笑った。
「そうかい……けどよ、お前の勝手でやれねえぞ? 親御さんから許可貰ってから来い。」
「ハイ!」
氷織の表情は明るくなっていたのだった。
こうして氷織という新しい仲間が「湘南堀岡ジム」に加わったのだった。
練習後、山本達は瑠希菜の部屋に招かれた。
「……てゆー事情でさ……みんなの意見を聞きたい。」
氷織の件をグループのみんなに話した。
山本達は難しい顔をしていた。
「……そういやあ、堀岡さんには俺たちのゾクの名前、言ってなかったよな。」
「? あー、そういやあそうだね。」
「名前は『腑狼』。それが俺たちのグループの名前だ。アンタは俺たちのリーダーだろ? だから……」
と、谷口がカバンから青い特攻服を取り出した。
背中には「二代目腑狼総長」と書かれている。
「もし抗争をするってんなら、これを着て欲しい。俺たちからの気持ちだ。」
「……まあ、受け取っとくよ。ありがと。」
「で、番長、本題に戻るけど、氷織のことだったよな?」
「憲氏、そうだね。氷織のこと、みんなからなんかある?」
谷口が声を上げる。
「一番いいのは氷織を休ませてやるってことぐらいしか考えられないけど……」
不登校案がいい、という谷口は、ボクシングに集中させる方がいいという提案を出す。
が、江口は反対した。
「アイツ、成績がいいって話だろ? 事情を知ったからっていって、親御さんがわざわざ学校を休ませる選択肢を取ると思うか? 俺は反対だな。報復する方がいい、絶対。」
戸田も概ね同感だった。
「そうだな。いくら俺たちが氷織の親御さんに進言しても……会長じゃあるまいし、頭の悪い判断を下すとしか思えねえ。ただ、報復っつっても、リンチの意味合いになっちまうから、それこそなあ……」
だが、戸田の躊躇いを山本が一蹴する。
「この問題は俺たちで解決するしかねえんだろ? 氷織に決めさせる事じゃねえ。それに……氷織はもう仲間だろ? だから本人の意思と関係ないことを強要させるマネはしない方がいいと思う。俺たちが、『湘南堀岡ジム』が居場所になってやらねえといけねえじゃねえか。だから帰る時に俺たちでガードする。氷織をな。」
「分かった、広大の意見が一番まともだと思う。みんなも意見ありがと。ただ問題は……イジメの当事者をどう、落とし前をつけることだと思ってる、この件は。だからそこは私が独りでやっておく。」
瑠希菜は怒りを携えた目で全員の方を見る。
この目をよく知っている四人に戦慄が走った。
「……この問題を放置しておくことが……氷織にとってどれだけ傷になるか……それは私が一番分かってる。だから私がアイツらをぶちのめさなきゃいけないんだ……『腑狼』新総長として……氷織の……友達として。」
固唾を飲む四人だったが、ここで谷口が手を挙げた。
「……手口も分かってる、だけどどうするんだ? 氷織がそこに居ねえって気付かれたら終わりだろ? 勘づかれるだろ、ああいうやつは狡賢いからな。」
「……アイツらとの会話履歴を見せてもらったら、午後5時半。アイツらはあの公園に来る。実際練習後に何十件も不在着信が入ってた。」
「……それがどうしたんだ? 堀岡さん。」
不在着信と聞いて、山本は訝しげな顔になる。
「……おそらく相当カーストの差が酷いと見てる。だからそれを逆手に取る。氷織には敢えて嘘を言ってもらって、囮になってもらう。それで誘い出したら私が居た……ってなるのが理想。氷織は嘘をつけないタイプだからアンタ達でサポートしてやって。」
4人は余計に怖くなった。
惨劇が待っていると。
「……じゃあ、氷織には普段通り生活してもらう、って形でいいのか?」
戸田が瑠希菜に問いかけた。
「だね。ただ……少し違う趣向にする。……昌平、アンタは氷織とアイツらと接触して被害を受けないようにして。それで情報は伝えてくれりゃいいから。第一私ら、あの学校で有名なグループでしょ? 上手く話合わせれば引き下がるだろうから。」
確かにナンパな性格の谷口に任せておけば学校での事態は丸く収まると判断したのだろう、瑠希菜は。
そう簡単に上手くいくとは思っていなかったが、忠誠を誓っている4人なので、瑠希菜の心配は杞憂だった。
「任せとけ、番長。上手いことやってやるよ。」
「……じゃ、昌平以外のみんなもお願いね、そんな感じで。氷織にも私があとで共有しておく。」
「「「「了解!!!!」」」」
かくして午後10時30分。
一行は解散し、帰路に着いた。
(……氷織……アンタは私が絶対守ってみせるから……)
瑠希菜は静かに激怒していた。
氷織を傷つけた女子達に。
だからこその報復を、特攻服と共に誓ったのだった。
クッソ長くなったな……
ただ、瑠希菜の仁義は書いたつもりです。
次回は報復します。
登場人物紹介では谷口を紹介します。
来週また、お楽しみにしていてください。




