増える本
個人書店Aにはパンテネ文庫という不思議な響きの小説レーベルがある。他のどこにも置いてないレーベルだ。
いつもパンテネ文庫はチラリとタイトルを見るだけでスルーしていた。
「買えばいいんじゃないか?」ある日、店主の男が私に声をかけてきた。「その小説は不思議なことが起こるよ」
店主は皺を寄せ奇妙な笑みを浮かべる。
「どう不思議なのでしょう?」
「ページが増えていくんだ」
「そんな馬鹿な」
「疑問に思うのは勝手だ。だがあなたにとっては嬉しいはず」
「まあ、読み終えることは寂しいですからね」
そこまでアピールされると、読んでみたくなってきた。仮にページが増えれば得した気持ちになれるだろう。
「じゃあ買いましょう」
私は一冊、手に取った。『かみさま』というタイトルの小説だった。
家に帰ってページをぱらぱらとめくる。今は二百ページある。それを私は一晩で読みおえた。
読み終えてページが増えることはなかった。嘘だったのではと私は怒りそうになる。なぜ怒りそうかというと、続きが気になる終わり方だったからだ。
次の日、朝起きて『かみさま』を見ると明らかに厚みが増していた。四百ページは超えていた。
私は大いに喜びページをめくった。続きが書かれていることに興奮し、一日で読み終えた。すぐに続きが気になった。
次の日は六百ページになっていた。なるほど、一日で二百ページはちょうど良い。
その次の日も二百ページ増えた。そして同じペースで増え続け、ひと月経つ頃には総数六千ページになっていた。しかも六冊に分冊していた。
確かにこれは読み終える寂しさはなく、お得感があった。一冊買っただけなのにいくらでも楽しめた。
しかしここで私は不安を覚えていた。この物語がどこで終えるか気になっていた。そろそろ私は『かみさま』以外の本を読みたくなってきていた。
五年後、十六万ページを超え、百六十巻に達していた。床に置くのも億劫になってきた。
千巻に達するとき、私は遂に返品を考えた。しかしA書店はすでに店を畳んでしまっていた。
捨てたくはなかったので、仕方なく部屋の一つを『かみさま』部屋にした。
私はふと、九百巻飛ばして私は千巻の終盤だけ何となく読んだ。お話が相当進んでいることを期待したが、彼らは最初と同じような会話を続けていた。
私にこの本は読めそうにない、とここで悟った。
この無限増殖する『かみさま』はタイトル通り、神様のための本なのだろう。
初めてショートショートを書くことになったので、田丸雅智さんの『たった40分で誰でも必ず小説が書ける 超ショートショート講座 増補新装版』を参考にしました。
あとは普段から親しみのある「本」を題材にしたいな、とも考えました。