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第7話:「うへ、美味しい」

「あっ」


 ソファに座ってテレビを見ていると、台所だいどころから芽衣めいの声が聞こえた。


 どうしたんだろう、とそちらに目を向けると、


「ちょっとコンビニ行ってきます」


 と、ダイニングに座っているうちの母親に芽衣が声をかけた。


「ん、こんな時間にどうしたの?」


「ちょっと、冷たいお茶がなくなってたので。ペットボトルのお茶買ってきます」


「え、そうなの? ちょっと、勘太郎かんたろう


 すると、ダイニングからおれに声がかけられる。


「ん?」


「一緒に行ってあげて。もう10時回ってるから芽衣ちゃんに何かあったら大変だし」


「いえ、そんな、大丈夫です!」


 気遣い屋が恐縮したように両手を胸元で振る。


「ダメダメ。芽衣ちゃん可愛いんだから。ねえ、勘太郎?」


「そこで同意を求められると一緒に行きづらくなるだろ……」


 おれは咳払いでごまかしながら立ち上がって手近にあったパーカーを羽織はおって玄関に向かった。






 まばらに蛍光灯が照らす道を二人分の足音がぽつぽつと響く。


「勘太郎、テレビ見てたのにごめんね」


「いいよ、別に。アマプラだからいつでも見られるし」


「……ありがと」


 芽衣がパーカーの袖で自分の口元をふさぎながらもごもごとお礼を言ってくる


「ていうかどうせおれ行くなら、一人で行っても良かったけどな」


「それは悪いし、もったいないよ」


「もったいない?」


「なんでもない、こっちの話」




 家から一番近いコンビニまで5分くらい。他愛たあいない話をしているとすぐに到着した。


「おれ、シュークリーム買おうかなあ」


 スイーツコーナーの前を通るときにおれが言うと、


「えっ、今から食べるの?」


 芽衣が驚いたように首をかしげる。


「うん。え、だめ?」


「いや、別に好きにすればいいけど……寝る前に甘いもの食べると太るよ?」


「そんなことで太らねえよ」


「勘太郎はそんなことで太らねえのかあ……。基礎きそ代謝たいしゃが高くていいなあ……」


 ははは、と乾いた笑みを浮かべる芽衣。


「キソタイシャって?」


「何もしなくても消費するカロリー量のこと」


「はあ。そんなの気にしたこともなかった」


「それ、ダイエットしてる人の前で言っちゃダメだよ?」


 ジト目でにらまれる。


「芽衣ってダイエットしてんの?」


「ダイエットっていうほどのことはしてないけど、太らないようにはしてる……」


「まじか。でも芽衣、シュークリームっていうかカスタードクリーム系全般好きじゃん」


「うん、そうだけど……」


 おれが手にしたシュークリームを見てゴクリと唾を飲み込む芽衣。めちゃくちゃ食べたそうだな……。


せてるんだから別にいいのに」


「だから、それを維持するために頑張ってるんでしょ……?」


 ……その顔を見てると、なんかよく分からないけど、シュークリームを食べさせたくなってきた。


 コンマ数秒で作戦を立てて、おれは発言する。


「……じゃあ、おれも食べるのやめようかな」


「え、いいよいいよ。あたしのために我慢しなくても」


「いや、我慢してる人の前で食べるの悪いじゃん。二人で食べるか、二人で我慢するかどっちかだろ」


 おれの想定が正しければ、おれに我慢させないために芽衣は自分も食べると言うだろう。


「うーん、じゃあ……」


 さあ、乗ってこい。




「……じゃあ、半分こしようよ」




「そっちかよ」


「そっちかよって、何……?」


「なんでもないです」


「ふーん……?」


 当初の目的は外したっぽいけど、芽衣が下唇を噛んでいる。良かった。




 2リットルのお茶1本とシュークリームを1個カゴに入れてレジでお会計をして、店を出た。


「ほい、半分」


「うん、ありがと」


 約半分に分けてクリームが多そうな方を渡すと、芽衣は、はむ、と食べる。


「うへ、美味しい」


「『うへ』って」


「……聞かなかったことにして」


「今さら気にすんなよそんなこと」


 なんなら、『うへ』って言ってる方が良い。とおれは思う。


「……うん、わかった」


 わかったと言ったくせにそのあと一回も『うへ』とは言わずに、帰路を歩きながら割とすぐにそれぞれ半分ずつを完食した。


 ちょうどその頃、分岐路ぶんきろに差し掛かる。


 斜め右がおれの家への道なので、そちらに進もうとすると、芽衣がおれを呼び止めた。


「ねえ、勘太郎」


「ん、なに?」


「その……ちょっと、遠回りして帰ろうよ」


「ええ、なんでだよ」


 もう家から出てから15分くらいは経ってるのに。


「んーと……その……シュークリーム食べちゃったから、カロリー消費のために、ね?」


「まじかよ……運動したくないよ……」


「ふーん……」


 芽衣はおれをじとーっと見ながら何かを考えているようだ。


 ややあって、


「……じゃあ一人で帰ったら? おばさんに怒られるよ?」


 と言ってくるので、


「芽衣ちゃんは可愛いからなあ」


 とカウンターを返してみた。


「ばっ……! いきなりなに!?」


「うちの母親の所感です」


「ふ、ふん……!」


 口をへの字に曲げて不服そうな顔をする。


「ほら、じゃあ、行くぞ」


 おれは分岐路を斜め左に歩き出す。


「え、遠回りでいいの?」


「だって、そうやって運動したり食事制限して、芽衣ちゃんはその可愛さを維持してるんだろ?」


「……今のは誰の所感?」


 顔は怪訝けげんそうにしているが、口元が喜んでいることを表現してしまっている。


「さあね……」


 おれが歩みを進めると、芽衣がとことこと横に並ぶ。


「そうですかそうですか、勘太郎くんの所感ですか」


 二回言っちゃってるし。


「……まあ、なんにせよ、せっかく体型維持頑張ってるのを邪魔してごめんな」


「ううん。……結果的に良いことしかなかったから、良い」


 暗い道だと思って油断したのだろうか。


 まばらな街灯に照らされて、はっきりと口角をあげた芽衣の横顔が見えた。 


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