第6話:「ちょっと、店員さんそこにいるから……!」
「それじゃ、30分後に来てください」
「はーい」「はい……!」
ホームセンターの中にある鍵屋さんにおれの鍵を渡して合鍵を作ってもらうことになった。30分かかるらしいので、店内を見て時間をつぶすことにする。
「なんか、怪訝そうな顔してたな、お店のおじさん」
「そりゃそうでしょ、高校の制服着て男女で合鍵なんて。どういう関係だと思われたんだろう……? 姉弟……には見えないよね」
「普通におれが自分の家の合鍵作りに来て、それに付き添ってるカノ……女友達って感じだろ」
「今変なこといいかけたでしょ」
「気のせいです」
肩をすくめて誤魔化す。
「ていうか、そういう風にも見えてないよ。キーカバーが一個サービスで付くって言われた時、勘太郎があたしに『何色がいい?』って聞いてきたじゃん。それまでは多分付き添いのカノ……友達くらいに思われてたのに、そのタイミングから店員さんの眉間にしわ寄ってたもん」
「たしかに……」
自分にあきれて苦笑している隣で、芽衣がため息をつく。
「はあー。勘太郎、隠し事とか下手だからなあ。今朝、七海ちゃんとか白山くんと話してた時にも早速バレそうだと思ってハラハラしたんだから」
「ああ、それでこっちジト目で見てたの?」
「じ、ジト目でなんか見てないっての。監視してただけ! あたしが七海ちゃんにヤキモチやいてたみたいな言い方しないでくれない?」
芽衣は急に慌て出す。
「そんな言い方してねえよ」
「し、したじゃん!」
「はいはい、したした。で、何見て待ってる?」
いなしつつ、芽衣に水を向ける。
「せっかくホムセン来てるし、芽衣がうちで暮らすのに何か足りないものとかあれば見れば? 収納グッズとか」
「あ、うん。それでいうと、あのさ……」
そこまで言ってもじもじとし始める芽衣。
「どうした?」
「うん……」
あまりにも言い淀んで溜めるから、なんかおれが聞いたらいけない女子特有の何かかと思って、別行動を提案しようかと思ったところ、芽衣が決意したように口を開く。
「…………マグカップ、欲しい」
「……はあ?」
思わずあほみたいな声が出る。
「な、何、そのばかにした感じの相槌!」
「いや、ばかにしたわけじゃないけど……マグカップの何がそんなに恥ずかしいの?」
「恥ずかしいとか言ってないでしょ!?」
そういいながら顔が真っ赤だけど。
「まあいいけど……で、なんでマグカップ?」
聞き直すと、芽衣はうなずく。
「うん。昨日、おじさんとおばさんと4人でコーヒー飲んだでしょ? その時、『芽衣ちゃん、マグカップ4つ出してー』っておばさんに言われたから食器棚見たら、だいたいどのマグカップも同じ種類のって3つずつだったの」
「なるほど……」
姉ちゃんも含めてもともと4人家族の我が家だけど、姉ちゃんが引っ越す時に『食器に金かけるの馬鹿らしい』とか言って家のやつを一式持ってったから、今は食器類は3人家族のそれになっている。
「だから、おこがましいっていうか差し出がましいかもしれないけど、あたしからあたしの分も含めて4個同じセットのマグカップ買おうかなって……どうかな?」
不安に瞳を揺らす芽衣。色々気がつくと大変だなあ。
「ああ、いいんじゃねえの? おこがましくも差し出がましくもねえよ。芽衣の家でもあるんだから。むしろうちが用意しとかなきゃいけなかったな。寂しい思いさせてごめんな」
「な、なに、いきなり!? かっこつけみたいなこと言うのやめてくれない!?」
芽衣が目を白黒させる。
「いや、どう解釈したらかっこつけなんだよ……かっこよくないだろ、謝っただけだよ」
「うう……!」
じぃっと見上げてくる。なんだよ……。
「ていうか、こんなひなびたホームセンターのマグカップでいいのか?」
「いや、ちょっと、店員さんそこにいるから……!」
芽衣が『しぃー』と人差し指を唇の前で立てながら顔を近づけてくる。
「お、おう……」
「いいんだよ、なるべくシンプルなやつの方がいいでしょ? 良いものを4つ買えるほどのお金もないし」
芽衣のささやきが耳朶を震わせて、おれはついのけぞる。
「ま、まあ、それもそうか」
「そういうこと。はあ、心臓に悪いよ勘太郎との買い物は……」
「いや、こっちのセリフだよ……」
食器コーナーに移動して、棚に並ぶマグカップたちを物色した。
本当にシンプルな白無地のマグカップとか、猫が書いてあるやつとか、縦線模様が書いてあるやつとか、色々種類がある。
そんな中、芽衣が、とある一つのマグカップを手に取って、
「あ、これ可愛い!」
と声をあげた。
どれどれ、と見てみると、クリーム色の地に手書き風の黒文字で『Everyday is good!』と書いてあるマグカップだった。
「え、これ……?」
「え、可愛くない?」
無防備な笑顔でこちらを見上げてくる芽衣。
「いやあ、この字体とかデザイン自体は良いと思うんだけど、この英語が……」
「『Everyday is good!』のこと? 直訳したら『毎日は良い!』だし、ちょっと意訳したら『日常は良い』だよ。なんか前向きで良いじゃん」
「そうかなあ……」
ていうか、なんでちょっと意訳したの?
「え、これだったら勘太郎、使ってくれない……?」
不安そうに瞳をうるませて、こちらをじっと見てくる。おれはその表情に心臓をぎゅうっと掴まれてしまう。
「つ、使うよ! めっちゃ使う!」
「ほんと? 良かったあ……!」
そして心底安心したように微笑む芽衣。はあ、良かった。
芽衣は、こういう変なところで妙な趣味を発揮する時がある。とはいえなんにせよ、芽衣からのプレゼントなんだから、芽衣が贈りたいものを買ってもらうのが一番だ。
ということでレジにならんで『Everyday is good!』マグカップを4つ買って、(合計1200円だった。ホムセンのコスパやべえ)鍵屋で合鍵を受け取って店を出る。
「そういや、昨日はマグカップってどうしてたっけ? 3つと別種類の1つ?」
「え? あ、いや……。まあ、そんな感じかな?」
「なんでもごもごするんだよ。絶対違うじゃん」
別におれが幼馴染とかそういうことじゃくて、普通に目が泳ぎすぎてて誤魔化そうとしていることが分かる。
「……昨日はとりあえずおじさんおばさんので1セット、別のセットであたしと勘太郎のにした……けど……」
「そうだったっけ?」
「うん……!」
おれは思い出そうとその光景を思い浮かべる。
あれ、でもそれって。
「じゃあ、うちの親夫婦でペアカップ、おれと芽衣でペアカップ状態に」「ふ、2つずつにしたらそうなるじゃん!」
おれの気づきを赤面しながら遮る芽衣さん。
「でも、1つずつ4人別々にしなかったのはなんで?」
「いいでしょなんでも! きょ、今日からはこれ使うから! 毎日! 良いよね?」
そう言って手に持った袋をこちらにぐいっと差し出してくる。
「いや、毎日はいいよ……」