第57話:「愛ですよ、愛。もしくは変態です」
「それで、勘太郎さんが、えーっと……彼女さんに服選んでもらってるんですか?」
小沼(妹)さんが首をかしげる。
「あ、南畑芽衣っていいます。あと、本当は彼女じゃないです……!」
「へ? そうなんですか?」
「すみません、今まで言い出さないまま彼女面してて……!」
「はあ、別に大丈夫ですけど……?」
なぜか謝る芽衣。別に彼女面なんかしてないけどなあ。
「ていうか、ゆず。さっき名字しか名乗ってないだろ」
小沼(兄)君が呆れたようにツッコミを入れた。
「あ! そうだっけ? すみません、小沼ゆずと言います。というか年下なので、気遣わないでください!」
「うん、よろしくね……!」
「それで、彼氏さん……じゃないのか、えっと……男子のお洋服を選びにきたんですか?」
男子って。男子だけど。さっきおれのこと勘太郎さんって言ってたじゃん。
「うん、この人全身ユニクロだから」
身内を紹介するように苦笑いする芽衣。そっちの方がよっぽど彼女面っぽいな。悪くないけど。むしろ良い。もっとくれ。
「全身ユニクロ! でもシュッとしてますね! うちの兄より全然いいですよー。うちの兄は洋服に無頓着すぎて本当にテキトーに手に取ったシャツの上にテキトーに手に取った上着を着て、テキトーに手に取ったズボンを履いてるんですから。ガチャですよ、ガチャ。洋服ガチャ」
「うっさいなあ……」
「今日の格好はそんなふうに見えないけど?」
おれが聞いてみると、ゆずちゃんが胸を張る。
「今日はゆずがタンスの一番手前に無難な服を入れておいたんです。SR確定ガチャです。URとまではいかないですけど」
「へえ、優しいんだな」
「そっか、勘太郎はそういうの嬉しいんだ……」
「優しくないです! 変な格好の人とは出歩きたくないので」
おれが褒めるとゆずちゃんが首を振る。ちなみに間に挟まったつぶやきは芽衣さんの言葉です。
「じゃあ、今日はどうして二人で買い物に?」
おれがゆずちゃんに聞いてみると、「だってですね!」と小沼君を指差して訴えてくる。
「ゆずが兄の私服をこんな感じで散々言ってたら、『じゃあもういいよ……』とか言って、休日も制服で吉祥寺やら新宿やらに繰り出そうとするので必死に止めてるんです! 責任感じるじゃないですか!」
「いやいや別に良いんだって。そもそも日曜しか着ないんだからどうでもよくない?」
ゆずちゃんが良い子なんだか悪い子なんだか分からないことを言って、小沼君が顔をしかめる。
「あはは、勘太郎と同じこと言ってる」
「おれは土日休みだから私服着るの週二日だけど、小沼君は週に一日なら小沼君の方が筋が通ってる」
「……なんで小沼くんを崇拝してんの?」
崇拝とかじゃないけど。この人のバンドすごいんだぞ。いや、聴いたことはないんだけど……。
「逆に言えば、一着だけ決まった組み合わせがあればいいってことなんですけどね……。まあそんな感じで、とりあえずhitonaに買い物に来たってわけです!」
「そっかそっか。それで、このカッコ可愛いパーカーに誘われて入ってきたってことかあ」
目の前の『Everyday is Good!』パーカーを見て満足げに芽衣が言う。
すると、目の前のゆずちゃんが青ざめる。
「え? いや、これは激ダサだと思いますけど……」
「え、ダメ……!?」
ソッコーで否定されてショックを受けてしまった芽衣。かわいそうに……。
「もしこれが本当に良いと思うなら、芽衣さんは兄とセンスが近いというか、それはちょっとどうなのかというか……」
ゆずちゃんはゆずちゃんでショックを受けているらしい。
「小沼君はこのデザイン良いって思うんだ?」
「このタイミングで良いって言えると思います?」
「たしかに……」
おれが聞いてみると小沼君がジト目で返してくる。正論すぎる。小沼君はいつだって正しい。
「いやでも、小沼君って音楽すごいんでしょ? センスにあふれているのでは?」
芽衣のフォローというわけではないが、口を挟んでみた。
「勘太郎さんのうちの兄へのリスペクトはなんですか……? というかゆずは兄の音楽聴かせてもらったことないですもん。隣の部屋で夜中にピロピロうるさいなってくらいで。兄が演奏始めたらわたしはリビングに移動してます。この人ゾーンに入ると夜中から朝が来るまでずっとピロピロですよ」
ずっとピロピロなんだ、小沼君……。
その語感についつい吹き出しそうになっていると、小沼君は小沼君でショックそうに目を見開く。
「え、まじで? それでいつもリビングにいんの? おれ、音はヘッドフォンから出てるからそんなにうるさくないはずなんだけど……。エレキだし。」
「エレキだってうるさいよ! しかもヘッドフォンしてるから壁ドンしても効かないし、わざわざ部屋に入ってまで止めるとたっくんなんか目がキマってて怖いし」
「「キマってるって……」」
若干物騒な言葉におれと小沼君の言葉が重なる。
すると、芽衣がなぜか慌てたように、何かを弁解するように話し始めた。
「あ、で、でも! ほら、子守唄にちょうど良いっていうかさ、『ギターの音聴けて良いなあー……』みたいなの、ない? 癒されるというか、嬉しい気持ちになるっていうか……」
何かを弁解っていうか金曜夜のおれのフォローをしてくれてるんですね……。
「なんでわたしが兄のギターに癒されるんですか……? うるさいだけですって」
「そうかあ……。でも別にお兄さんのこと嫌いじゃないんだよね……?」
フォローしきれないと判断したらしい芽衣は、とりあえず小沼君の傷を最小限にするためか、そんな質問をする。
「別に嫌いじゃないですけど、騒音出されて喜ぶほど好きじゃないです。いやむしろ、一回も兄の演奏の邪魔をしたことない時点でかなり好きな方だと思いますよ!」
たしかに……。
「もし騒音出されて喜んでたら、好きとかじゃなくて、愛ですよ、愛。もしくは変態です」
「あい、かあ……」
そのセリフにまた芽衣の言語能力が退化する。最近多いなあ……。
「なんで放心状態なんですか? もしかして、騒音出されて喜んだ経験がおありですか……? ……変態ですか?」
「へんたい、かあ……」
いや、その退化の仕方はおかしいだろ……。




