第56話:「危なかったね、勘太郎……」
「パーカーが一枚不足してるってどういうこと……?」
「いやだから、この間……」
黒髪の女子に質問されて答えようとした小沼君と目が合い、そして、
「「あ……!」」
同時に声が漏れた。
「ん? どしたの勘太郎? お知り合い?」
「あ、いや……」
おれは脳をフルスピードで回転させ始める。
なんと説明したらいいだろうか。ていうか、そもそもどういう状況なんだろうか。
まず目の前にいる彼は小沼拓人君という、波須沙子さんと共に一夏町駅を歩いていた男子だ。
その説明自体はそう難しくない。『彼は波須さんの幼馴染だよ。ほら、昨日芽衣もほんの少しだけだけど話した金髪の女子いただろ? そうそう、おれをロフトに連れてきてくれてた人。あの人の幼馴染で同じバンドのメンバーなんだってさ』と説明すればいい。
だがしかし。
小沼君はなんと今日は波須さんではない黒髪の女子と歩いている。
しかも、駅を歩いているとかならまだしも、洋服の買い物に来ているということは単なる部活帰りとかではなくおそらくデートだ。
いや、それをデートと呼ぶのならおれと芽衣のこれもデートなのでは? という嬉し恥ずかしブーメランについてはいったん保留しよう。大事なことだけど、いったん保留だ。
で、この黒髪の女子と小沼君がもし付き合っているとしよう。
その場合、波須さんと一緒にいたのを小沼君が彼女さん(仮)に知られたくない可能性もあるし、なんなら吉野と知り合いなことも知られたくない可能性もある。世の中には男女限らず嫉妬深い人が多いものだ。知らんけど。
そしてもし波須さんの名前も吉野の名前も出せないとなった場合、小沼君とおれの関係性を説明することは一気に難易度が高くなる。
まさか、おれがギターの弦がなくて困っている時、すれ違いざまに弦をカバンから取り出し売ってくれた謎の高校生ということにするわけにもいかない。小沼君が新手の露天商になってしまう。いや、それはそんなに間違いじゃないんだけど。
「勘太郎……?」
芽衣がおれの顔を覗き込む。
この間、4、5秒だったが、普通の会話で4、5秒も質問された人が黙っていたら不審に思うだろう。
もはや小沼君におれの説明をしてもらった方がいいのでは!?
と、ガバッと顔を上げる。
だがしかし……。
「あ、えーと……その……」
うわ、小沼君ももじもじしてる!
これは小沼君、やはり横の女子は彼女さんで、おれと同じような思考をたどった結果おれのことを紹介するのをためらっているのでは!?
そしたら、知らない人のフリをして誤魔化してここを立ち去るのが穏便か……!?
「ねえ、どなた? たっくんのお友達?」
男子の方が両者硬直状態に陥る中、小沼君の彼女さん(仮)が小沼君に問いかける。ていうか! たっくん! 小沼君は彼女さんにたっくんって呼ばれてるんだ! そういえば昔芽衣はおれのこと『かんちゃん』って呼んでたなあ、今関係ないけど。舌足らずの声で『かんちゃん』とおれを呼ぶ芽衣は可愛かったな、今関係ないけど。
「あ、いや、えーっと……ごめんなさい、ちょっと名前が……。弦の人ですよね?」
「弦の人ってなんだよ!?」
すっとぼけた感じの小沼君の問いかけに逡巡や緊張感の風船が破裂し、つい無礼講気味にツッコミを入れてしまう。名前が思い出せなかっただけかよ! ハムの人みたいに言ってくれちゃってもう。いや、その場合は『弦の人』は小沼君なのでは?
「たっくん、ゲンノヒトって?」
「ああ、この間、この人とたまたま道端で会って、その時にギターの弦をゆずったことがあって」
「何それ、たっくん怪しい商売始めたの……?」
まずい、このままでは小沼くんが本当に謎の露天商になってしまう。
「あ、あー……おれは諏訪勘太郎です。この間はありがとう……!」
「いえ、全然……。あのあと、その……ギターの女性は大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫でした……」
「あと、昨日かなんか、沙子にも会ったらしいですね。沙子からライン来ました」
「ああ、そうなんですよ……」
そんでもってこの人はおれの気遣いも知らず、バンバン女性と一緒にいた話してくるな。
「ねえ勘太郎、ギターの女性って……夏織ちゃん?」
「そうだよ」
おれの服をくいくいと引っ張って小声で問いかけてくるのでうなずくと、芽衣が「ひえー」と呟いた。
「危なかったね、勘太郎……。あたしが昨日夏織ちゃんにこのこと聞いてなかったら、勘太郎は全然悪くないのにあたしにバレて、夏織ちゃんに怒られるとこだったね。良かったあー……」
そして心底ほっとしたように胸をなでおろす。どんだけいいやつなんだ芽衣は。
おれは小沼君に向き直り、聞いていいものかわからなかったがやっぱり気になってしまうので、
「えーっと……そちらの方は?」
と水を向ける。
すると小沼君は真顔で、
「妹です」
と返してきた。
「どうも、小沼です……!」
妹さんも挨拶をしてくれた。分かるけどね。小沼君の妹は小沼さんだよね。
「妹さんかあ……」
なんだ、さっきの逡巡は杞憂だったか……と、なんとなくほっとため息をついた。
すると妹さんがタンタンタンタンと小沼君の腕を小刻みに叩く。小動物みたい。
「ほら、たっくん。やっぱりあちらのお二人みたいに、休日に買い物は彼女さんと行くべきなんだよ」
「かのじょ……!」
芽衣がふわぁ、っと目を見開く。昨日も同じこと言われて同じ反応してただろ……。
そしてふわふわのまま芽衣は小沼(妹)さんに、
「あ、あたしたち、つ、付き合ってるように見えますか?」
と質問した。
「はい、そうにしか見えませんけど……?」
なんすか、兄と買い物に来ているわたしへのあてつけですか?とでも言いたげに顔をしかめる。
「そ、そうですか……! でも、はじめての買い物なんです……!」
芽衣は小沼(妹)さんのその視線も見えないくらい顔をうつむかせて赤くなっていた。
いや、別にそんなこと言わなくていいから……。




