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第47話:「それ、あたしのためじゃん……!?」

「そのかたは、どなた……?」


 池袋のロフト。ホットアイマスクを物色ぶっしょくしているおれと波須はすさんを見て、芽衣めいが瞳を揺らす。


『なんで芽衣がここにいるんだ?』とか、『吉野よしのとはもう解散したのか?』とか、『おれは何のために赤崎あかさきを遠ざけてたんだよ、結局こうなったら意味ないじゃんばかなの?』とか、色々な疑問が頭を駆け巡る。


「ねえ、勘太郎かんたろう……?」


 そして自分の中で生んでいる疑問とは別に、芽衣の疑問も解消する必要がある。


「えーっと、この人は……」


 なんとか説明しようと開いた口が、それでもすぐに止まってしまった。


 ……なんだろう? 『友達』と呼ぶのは距離を詰めすぎな気もするし、『知り合い』にしてはお世話になった気がする。


「この人が、あなたの幼馴染おさななじみなの」


「え? あ、うん、そうだけど……」


 芽衣からの質問に答えられていないのに、波須さんからの語尾の上がらない質問を挟み込まれて、そちらにはスムーズに答えられた。


 すると、波須さんが真顔でコクリとうなずいて、芽衣の方に向き直る。


「はじめまして。うちは、この人の友達と二回すれ違ったことがあるだけの女。この人の名前もよく覚えていないくらいの女。そして、ぽっとのくせに幼馴染同士の大切な関係に割り込むような人間じゃない。そこらへんでこの人にたまたま会って、ロフトまでの道が分からないっていうから連れてきただけ。金髪だけどそういう意味では本当に無害だから安心して」


「は、はあ……」


 表情をピクリとも動かさないのに急に口数の多くなった波須さんに芽衣は戸惑う。ついでもおれも戸惑っている。この人、こんなに喋るんだ……。


「つーか、ちょうど案内も終わったし、ちょうど帰るところだったし。じゃあ、本当にこれで」


 右手をしゅばっと胸元むなもとに上げて、歩き出す。


「ど、どうも……」「あ、あの、案内ありがとう……!」


 背中に声をかけると一度だけ振り返って、微笑ほほえむかと思いきやそんなこともなくやっぱり無表情で会釈えしゃくだけしてエスカレーターへと乗り込んでいった。





「それで、あのかたは、どなた……?」


 さきほどとほぼ同じ内容の質問だが、もはや怒っているわけでもいぶかしんでるわけでもなく、圧倒的な風速で過ぎて行った何かに混乱した感じでおれに聞いてくる。


 波須さんがなんなのか、おれの中でもまだ答えは出ていないので、とりあえずありのままを順を追って説明することにした。


「えっと……まず、名前は波須はす沙子さこさん」


「はすさこさん……。うん」


 一つずつ飲み込もうと芽衣はうなずきながら聞いてくれる。


「おれ、このあいだ吉野よしのの家に行った時に一夏町ひとなつちょう駅行っただろ。その時にたまたますれ違った、吉野の知り合い的な存在。ていうか吉野は?」


「ちょっと、話の途中で新しい質問入れてこないでよ……! 夏織かおりちゃんとはついさっき解散したの」


「そうなのか……」


 吉野には絶対に非はないが、吉野がここにいたらもう少し説明が楽だったような気はする。


「それで、その……波須沙子さんとなんで今一緒にいたの?」


「さっき波須さんが言ってた通り、楽器屋でたまたま会って、それでロフトを案内してもらったんだよ」


「え、勘太郎、ロフトへの道が分かんなかったの? だったらあたしに電話でもなんでもしてくれればいいのに」


「いや、ロフトがどこか分かんないだけだったら、芽衣に連絡する前にググるよ」


「なんでよ、あたしに連絡してよ。……ていうか、本題はそこじゃなくて、じゃあなんでわざわざ連れてきてもらったの? 一緒にいたかったの?」


 少し、責めるような、それでいて不安なような表情が戻ってくる。


「そうじゃなくて、正確にいうとロフトの場所が分かんなかったっていうよりは、こういうのが売ってるのがどこか分からなかったんだよ」


 おれは目の前のホットアイマスクを指差して説明した。


「ああ……やっぱり勘太郎、ホットアイマスク欲しかったんだ」


「やっぱりって?」


「い、いや、別に?」


 突然目を泳がせる芽衣。おれ、さっき波須さんに言われるまでホットアイマスクを知らなかったも同然だから、欲しそうな行動を取っているはずもないんだけどな。


「ていうか芽衣は何を買いに来たんだ?」


 そこまで言って、はたと気づく。


「もしかして、ホットアイマスク……?」


「ち、違うし……! いや、違くはないけど……」


「おお、まじか……」


 プレゼントしようと思ったのに自分で買いに来るところにかぶってしまった。まあ、ある意味欲しがってるものを買いに来られたということではあるから、やっぱり波須さんすげえなということになるんだけど……。


「そっか、じゃあ、おれは買わなくていいか……」


「へ、なんで?」


 芽衣が首をかしげる。


「いや、おれは芽衣が今日全然寝てないっていうから快眠グッズを買ってプレゼントしようと思って……それで、波須さんが快眠にたまたま詳しいらしいから何がいいか相談して、それでホットアイマスクにしようと思ったんだけど……」


「そ、そうなの……? じゃあ、あたしのためってこと?」


 まっすぐに見上げられてなんとなく気恥ずかしくなったので視線をそらした。


「ち、ちげえよ。芽衣のためじゃなくて、ただ単に芽衣がおれのせいで寝れなかったことの埋め合わせっていうかおびっていうか……!」


「それ、あたしのためじゃん……!?」


「違うだろ、おれのためだろ」


「どこが!?」


「その、芽衣の快眠がおれの幸せに繋がってるというか……」


 プレゼントしようとしたことがバレて照れくさいやら、それを認めるのが恥ずかしいやらでとりあえず言葉を取りつくろってどんどんドツボにハマっている。何言ってるんだおれは?


「ふ、ふーん……?」


 芽衣が髪の毛をくしくしとさわりながらチラチラとこちらを見てくる。


「なんだよ……?」


 なんだよも何もないのは分かってるが、もうなんか中学生みたいなモードに入ってしまっているので許してください。


 そんなひねくれて素直になれないおれに、芽衣はぽしょりとつぶやく。


「……あたしは、勘太郎のためだよ」


「え?」


 あまりにも直球な言葉が投げ込まれてしまい、あらゆる意味で負ける。やばい。


「か、勘太郎が昨日寝てないから、買ってあげようと思っただけだもん」


「は、そうなの? いやいや、芽衣の方が寝てないだろ」


「別に不眠具合なんて比べるものじゃないし」


「そ、それは正論ですね……」


 おれはほうけていた。そして感激していた。感動していた。


 ……芽衣、良いやつだな!!


「……もういい」


 そう言って芽衣は1箱ホットアイマスクを手にとってレジのほうに歩き出そうとする。


「ちょっと、おれが買うってば」


 ここまできて買わせたら男がすたる、と思いおれが引き止めると。


「こ、これは勘太郎の分って言ってるでしょ? もし、勘太郎がその……あたしに買ってくれるならそれは勘太郎が買って!」


「お、おう……!」


 頬を真っ赤にして主張してくる芽衣に気圧けおされ、おれはつい従順にホットアイマスクを持ってレジに向かう。


 レジに一緒に並んでいるにも関わらずお互いうつむいて何も喋らない。




 やがて2人とも会計を済ませて、相変わらず無言のまま店を出た。


 エスカレーターを降りきって、ガラス扉の外に出たあたりで、芽衣がこちらを向く。


「……ん、これ」


 そして、手元の袋をおれに渡してくれた。


「ああ、ありがとう……。じゃあ、これ……」


 それを受けて、おれはおれの買った方のホットアイマスクを渡す。


 ……つまり、同じ商品をそれぞれで買って交換してるだけだ。


「何やってるんだろうね、あたしたち……」


「そうですね……」


 それでもおれはやっぱり、芽衣から受け取ったこのアイマスクの方が効き目があるような気がしたし、


「うへ、帰ったら使ってみよっと」


 無防備に浮かべたこの笑顔が見られただけで、もう充分に恩恵を受けていると思った。


 くう、可愛い……!


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