第4話:「私だって相談されたんですよ?」
「おはよう」
2年1組の教室に入ると、窓際の席にすでに座っている芽衣と一瞬目が合うが、すぐに逸らす。
今朝 (というかさっき)『一緒に住んでいることは隠せるかぎり隠す』ということになったからだ。
「お、来た」
おれの前の席に座っていて、軽音楽部で一緒にバンドを組んでいる白山陽太が待ってましたとばかりにおれの顔を見る。
「ん、どうした?」
「いやいや、『ん、どうした?』じゃないだろ。報告がないよ、報告が」
白山は呆れ顔だ。
「報告……?」
対しておれはなんのことかさっぱり分からず顔をしかめる。
「いや、お前、だって金曜日……!」
そこまで言ってから周りを見て声を落として、
「……南畑に告白したんだろ?」
とおれに聞いてくる。
「ああ……!!」
そうだった。その後の居候のことがあまりにも衝撃的すぎてつい忘れていたが、おれは金曜日に芽衣に告白(未遂)をしていたのだ。
そして、それを事前に白山には伝えていたのだった。
「ごめん、そうだった」
「そうだったじゃないだろ。で、どうだったんだよ? ラインで聞くのもどうかなって思って黙ってたけど、めちゃくちゃ気になってたんだからな……?」
律儀だなあ。今時ラインで聞くのに失礼も何もないだろ。今時っていうか、いつの世にもないだろ。白山がおれに告白するわけじゃあるまいし。
「ああ、悪い悪い……」
おれが頭を下げると同時。
「ほんとだよ? 諏訪くん?」
あまりにも自然に会話に入ってくる女子の声がした。
声の方を見ると、おれの机の上にあごを載せて、あざとい上目遣いでこちらを見上げている美少女。
「おい赤崎、いきなり話に入ってくるなよ……!」
白山がうげ、という顔をして身を引く。
「いやいや陽太くん、そうは言っても私だって相談されたんですよ?」
あざとくも唇を尖らせる赤崎は、そんな仕草も含めて素直にきれいだなあ、と思う。
赤崎七海は、言うなれば超どストレートな美少女だ。サラサラの黒髪にくりっとした目つき。そのままテレビなんかに出てても何の疑問も感じない。
告白して撃沈した男もさぞかし多かろう、と思ったりするのだが、意外とそうでもないらしい。
どうやら『高嶺の花』感が出過ぎていて、男子は敬遠するのだそうだ。まあ、気持ちはわかる。
むしろ、芽衣みたいな親しみやすくてしかも実は可愛い、みたいなやつの方が恋愛対象にはなりやすいかもしれない。……実際モテるし。
「相談? 赤崎に? なんで?」
白山が首をかしげる。
「そうなんだよ。諏訪くん、この間の木曜日に『あの、もし知ってたら教えて欲しいんだけど、芽衣って付き合ってる人とかいないよな?』って聞いてきたんだよ?」
「いや、あれは単なる確認であって、相談ではなくてだな……」
おれが弁解すると、赤崎はため息をついた。
「いやいや、一緒だよ。芽衣ちゃんのことが好きだって言ってるのと同じことじゃん。いや元々そんなことは諏訪くんの顔にバッチリ書いてあるから関係ないんだけどさ」
「え、そんなに分かる?」
「分からないと思ってたの……? ていうかそもそも芽衣ちゃんのことで、私が諏訪くんより知ってることなんかあるわけないのに。部活が一緒でクラスが一緒で仲良しなだけだよ?」
「十分だろ……。ていうかさ、ほら、女子同士だけで流通してる情報とかあるだろ?」
「まあ、ないとは言えないねえ」
にしし、と上品な中に悪戯な微笑みを浮かべる赤崎。
「おいおい、今はそんなのはどうでもいいんだよ、結局どうなったんだ?」
土日2日分のやきもきを溜め込んだ白山が前のめりになって聞いてくる。
「私も聞いていい?」
「ああ、まあ……。えーっと……」
何と説明したもんかな、と思い、一瞬芽衣の方を見てみると、なぜか機嫌が悪そうに貧乏ゆすりをしているので、すっと視線を戻す。うん、一人で判断しよう、それがいい。
……まあ、事実をそのまま伝えるのが得策か。
じーっとおれの顔を覗き込んでくる二人に、そっと告げる。
「……結論から言うと、告白は未遂に終わった」
「「うっわー……」」
うっ、二人の呆れきった顔が痛い……!
「違うんだよ、『芽衣のことが』くらいまで言ったんだよ。そしたら告白を完遂する前に止められたんだ。『それ以上言わないで』って」
おれが補足すると、白山と赤崎はそっと顔を見合わせる。
「それって実質……」「フラれたってことだね?」
「まあ、そうなるか……なあ……」
苦笑いをしながら応じる。
「うわあ、まじか……。ドンマイ、今日駄菓子屋行くか? ブタメンおごってやるよ」
「えー、私自分の見る目に一気に自信なくした……」
励ましてくれる白山と、信じられないと言った顔の赤崎。
「ま、まあ、とにかくそういうことだから。でも、おかげで関係もそんなに変わらなくてすみそうだし。これからもいつも通り話せると思うし。いや、芽衣の気遣いはすごいよなあ……」
「無理すんなって、まじで。ブタメンおごってやるから」
芽衣へのフォローのつもりが、なんか強がってるみたいになってしまった。ていうか、おれ、そんなにブタメン好きだと思われてんの?
そんな会話の脇で、赤崎は唇をへの字にして何かを考えているようだった。
「……赤崎?」
「……じゃあ、アレ、諏訪くんに頼もうかなあ。陽太くんには頼めないし」
「アレ……?」
なんだか不審な雰囲気におれが怪訝な表情をすると、赤崎は妖艶に笑う。
「えへへ、また今度相談するね? 二人っきりの時に」
「二人っきりの時っていつだよ……」
そういいながらなんとなく窓際の席を見ると。
頬杖をついてこちらをジト目で見ている幼馴染がいた。