第33話:「勘太郎が嘘ついてたら分かるよ」
「あ、ほら、勘太郎の好きな芸人さん出てるよ」
「うん……」
「なんて名前だっけこの人たち」
「ああ……」
「『ああ……』なんてそんなカオナシの呻き声みたいな名前じゃないでしょ」
「ん……」
「おーい、勘太郎!」
「痛っ!?」
芽衣がおれの太ももを『ペシッ!』と叩く音がリビングに響く。
「ねえ、なんか上の空じゃない?」
「え? いや……テレビに集中してただけだよ」
「嘘だ。勘太郎が嘘ついてたら分かるよ」
夕飯も食べ終わって両親がやけに早く就寝するために自室に引っ込んだあと、おれと芽衣はまるできょうだいのように並んでソファに座っていた。
ちなみに、芽衣が名前の通り5月生まれで、おれは別に名前関係なく8月生まれなのできょうだいというよりは姉弟ということになる。まあ事実、芽衣の方が大人びているのでどっちかといえば芽衣が姉でおれが弟ってことになるだろうが、今はそんなことはどうでもいい。今はっていうかずっとそんなことはどうでもいい。
とにかく二人で、テレビの前でほとんど同じ姿勢で同じ方を向いていた。
ただ、同じ方を向いているのは姿勢とか体勢だけで、おれの思考は無意識のうちにずいぶんと離れたところに向かってしまっていたらしい。
「それで、何考えてんの?」
芽衣に問われて何を考えていたかを考えてみる。
「……赤崎って何考えてるんだろうと思って」
「……は?」
数秒前まで心配そうに、それこそ姉のようにおれの目を覗き込んでいた芽衣のこめかみに、ピキッと音を立てて線が入る。
「いやいや、変な意味じゃなくて……! もちろん、その、恋愛的な意味じゃなくて!」
「……はあ」
慌てて撤回するものの一言ではさすがに取り消せないらしい。
「おれさ、赤崎と最近話すようになっただろ?」
「そうですね、朝、駅で待ち合わせをしてから道中どんな風にイチャイチャしてたのかは知らないけど腕を引かれて一緒に教室に入ってくるくらいには仲良さそうですね」
「いや敬語怖いからやめて……。ていうか、それがこう思ったきっかけの一つなんだけど。芽衣、あのさ」
「なんですか?」
芽衣の敬語をいったんスルーして、おれの疑問を投げかけてみる。
「赤崎って、オタクなのかな?」
「ほえ?」
おれの質問が意外だったのか、今の今まで怖い顔をしていた芽衣が急に間の抜けた声を出した。うん、そっちの方が可愛いからそのままでいて欲しい。
「え? 七海ちゃんが? なんの?」
「漫画かアニメかそこらへん?」
「うーん、そんなの聞いたことないけど……。ていうか、あんまりそういうイメージなくない?」
「だよなあ……」
ふむ、と腕を組む。
別におれは赤崎がオタクだってなんだってまったく構わないんだけど、そもそも偽装彼氏をなんでおれに頼んでいるのか、とか、吉野へ幼馴染が勝ちヒロインだと謎に力説し始めるのはなんでだとか、なんでマルイの本屋にいたことを隠したのかとか、いろいろな疑問がぽこぽこと湧いてくるものだから、それがおれ自身にも何か関係しているんじゃないかと思い始めているのだ。
「どうして勘太郎は七海ちゃんがそういうのが好きだって思ったの?」
「やっぱり芽衣は根本から優しいな」
「うにゃ!? いきなりなに!?」
「いや、別に」
芽衣が『オタク』という言葉を避けて『そういうのが好き』とナチュラルに言い換えるところからそう思っただけなのだが、意識するとやりづらいだろうから笑って誤魔化した。
「な、なんなのもう……!」
頬を赤くして、くしくしと自分の亜麻色の髪をいじる。動画に撮りたい。
「まあまあ。そうだな……赤崎の言葉遣いってちょっとだけオタクっぽいんだよな。いやまあ、同年代だったら別に全然使う程度の言葉なんだけど」
「たとえば?」
「『フラグ』とか『勝ちヒロイン』とか? みんな使うのかなって思ったら吉野は知らないって言ってた」
「うーん、でも、それくらいは使うんじゃない? この番組でもさっき言ってたよ。勘太郎は聞いてなかったかも知れないけど」
芽衣がテレビを指差していう。優しいけど根に持つタイプか……。
「うーん、まあ、たしかにそれだけだと根拠には弱いよな……」
「他にも何か理由とかあるの?」
「なんか、説明しづらい程度の小さい疑問がいくつか……」
「ふーん……?」
芽衣が首をかしげる。
おれは追加でさらに一つ、大きな疑問を伝える。
「あとさ、赤崎に言い寄ってる先輩って本当にいんのかなあ……?」
「ええ……? 何それ。いなかったらなんで勘太郎に偽の彼氏なんて面倒なこと頼むの? ……や、やっぱり勘太郎のことが好きだってこと?」
「いや、そうだとしたら期間限定にする意味が分からないだろ……。いや、そう思わせるような節がないわけじゃないんだけど」
「うぅ……普通だったら『何その自意識過剰な発言』ってツッコむとこだけど、あたしからみてもそう見える時がある……」
「まあ、違うとは思うけどな……。おれに誤解をさせるのも目論見のうちの一つって感じがするっていうか……」
どうも分からないことが多すぎて、首を捻るしかない。何を考えてるんだ赤崎。
「やっぱり七海ちゃんは参謀タイプだなあ……」
「いやまあ、多分赤崎は誰かを傷つけようとしてるわけじゃないだろうけどな」
「それは分かるんだ?」
「うん……なんとなくだけど」
「……騙されないでね? お人好しの勘太郎くん」
心配そうにこちらをじっと見つめてくる。お人好しなんて、芽衣に言われたらおしまいだ。
「大丈夫だよ、多分」
「騙される人はみんな大丈夫だと思ってるよ。でもさ、その……勘太郎は、もし本当にそうだったら……」
「ん?」
芽衣はソファの上で体育座りをして、自分の足の親指あたりを見つめながら聞いてくる。おれが首をかしげて先を促すと、少しだけ悩んだような間があって、ぽしょりとつぶやく。
「……ううん、なんでもない。ルール違反だ、これ」




