第23話:「沙子ちゃんと……コヌマくん?」
「それで、吉野はどこに住んでるんだっけ?」
マルイを出て駅に向かう途中で尋ねてみる。ヘタするとすごい遠くに連れて行かれるかも知れないし。
「ありゃ、言ってなかったか、ごめんごめん。うちは一夏町だよ」
「ああ、それなら結構近いな」
一夏町駅は高校の最寄駅からおれや芽衣の家とは逆方面に数駅行ったところにある駅だ。
「ずっと一夏町に住んでるのか?」
「ううん、高一の春から。その前は吉祥寺に住んでたんだよねー。って言われても分からないか、吉祥寺とか」
「そうだなあ……名前はなんとなく知ってるけど、どういうところかはよく知らないかも。日本一住みたい町、みたいなのに選ばれてるとこだっけ?」
「ああ、そうそう! よく言われる! そのイメージ強いんだね、やっぱり。最近は恵比寿に負けたりもするみたいだけど」
あはは、と吉野は人懐っこく笑う。
「じゃあ吉野的には地元は吉祥寺って感じか」
「ううーん、地元っていうのともちょっと違うかなあ。吉祥寺は中学の3年間住んでたけど、小学校の頃はまた別のところに住んでたから」
「そうなんだ。親、転勤族なの?」
「ううーん、そこまででもないと思うんだけど。……いや、そうなのかな?」
んんー? と首を傾げている。たしかに引越しの回数として2回っていうのが多いのか少ないのかは微妙かも知れない。ずっと同じところに住んでいるおれには余計に分からないことだ。
「まあ、とにかく、だから幼馴染っていうのもいないってわけですよ」
思わぬところから思わぬところへ話が巻き戻った。
「なるほどな……。だから、コンプレックスに感じてるってこと?」
「コンプレックスってわけじゃないんだけどね。……まあ、ぶっちゃけちゃうと、さっきから言ってるわたしの好きな人に幼馴染がいるんだよ。女の子の」
「ああ、そういうことか」
これまでの吉野の『幼馴染』へのやや過剰に見える反応にもやっと合点がいった。
「わたしはその幼馴染の女の子ともすごく仲良しだから、憎いとかはこれっぽっちも思わないんだけどね。……でも、やっぱりすごく羨ましいなって」
「羨ましい、か」
その響きは『妬ましい』をややポジティブに言い換えた言葉にも聞こえた。その違いはおれなんかには分からないけど。
「だって、ずるいと思わない? シードみたいなものでしょ?」
「シード? チートじゃなくて?」
「うん、シード。予選とかすっ飛ばしてもう決勝に勝ち上がってる感じ。というか、チートって何?」
吉野は目を丸くして首をかしげる。
「おお、知らないのか。チートは『ズルい設定』みたいなことかな。元々はゲームで絶対勝てないだろっていう強い技とか武器とかを指していう言葉だと思う。漫画とかでそういう表現があるんだけど、聞いたことない?」
改めて説明しようとすると難しい。
「ふーん? あんまり漫画とか読まないから分からないや、ごめんね」
「別に謝らなくていいけど。あ、じゃあ『フラグ』とかは?」
おれは今日少しだけ引っかかったことを思い出して聞いてみる。
「フラグ? それも分からない。どんな意味?」
「ああ……『なにかの前兆』的な意味かな……。まあいいや。大したことじゃない」
「そっか? そういうの、女子だと分からない人も多いかもね。いや、わたしが特別詳しくないのもあると思うけど」
「そうなのか」
おれは、つい最近そんな言葉を使っていた女子の顔を思い浮かべていた。あいつは、詳しい女子なんだろうか……?
「どうしたの? 諏訪君」
「いや、別に」
「そう? まあ、話を戻すと、とにかく幼馴染っていう関係には羨望があるのですよ、わたしは」
伸びをしながら吉野が言う。その反り返った制服の胸元を見そうになって急いで視線をそらした。意外とあるな……。
いやいや、そんなことは置いておいて。
「……そんなに、いいことばかりじゃないかも知れないけどな、幼馴染って」
「え、そうなの?」
うつむきついでに思ったことを言うと、吉野が首をかしげる気配がする。
「うん。なんていうか、幼馴染って時点で恋愛対象としては見てもらえない、みたいなこともよく聞くし、昔から知ってるからこそ、それぞれの家族に気遣ったりとかそういうのもあるだろうし、告白するのにも異常な勇気がいるし……」
「あれ? なんか、やけに実感込もってない? ……もしかして諏訪君の好きな人って、メイちゃん?」
「いや、どうだろうな……」
別に吉野にはもう話してもいいかなとは思ったが、赤崎との関係をどの程度伝えるかが定まっていないので、とりあえずお茶を濁す。
「ふーん? じゃあ、ななみんかな?」
「さあ、どうでしょう……」
ここで否定したら芽衣への気持ちがバレることくらいはおれにも分かる。
「へえ、どっちも怪しいなあ……」
ニヤニヤと笑ってこちらを見てくる。片方は怪しいと困るんだけど。
「それにしても、もう秋なのに一夏町、かあ」
なんだかこれ以上はボロが出そうなので、かなり無理やりだけど、話題を変えてみた。
「あーそれね、わたしも引っ越してきたばっかりの時によく思ってたんだけど、一夏町のひとに言うと苦笑いしか帰ってこないから気を付けてね」
「そうなの?」
「うん、なんか意味不明って感じなんだろうね。でも、たしかにわたしも『夏』に『織る』で『夏織』って名前だけど『秋になっても夏織なんだね』とか言われたら『は?』って思うかも知れないなって思って、その時納得した」
言われたことがあるのかも知れない。吉野は「はは」と、苦笑いをする。
「そうか……なんかごめん」
「全然ごめんじゃないよ、諏訪君言ってないし。……まあ、一つの夏が終わっても、嫌でも苦しくても物語は進んでいくし、また夏もくるよ」
「……そうですか」
うん、頷いてみたもののちょっとよく分からない。……吉野、さてはポエマーか?
『まもなく、一夏町駅です』
電車に乗って雑談していると、すぐに目的の駅に到着する。
ホームに降りてエスカレーターでのぼると、上がりきったところで、ベースを背負った金髪の女子と黒髪の男子が反対側の階段から上がってくる。(人のことは言えないが、黒髪の方は形容する言葉が他に思いつかない)
その二人がこちらを見て、そして吉野がその二人を見て、3人ほぼ同時に「「「あっ」」」と声を漏らす。
「ん?」
知り合いだろうか?
すると、吉野が二人に向かってとことこと数メートル駆け寄った。
「久しぶり! えーっと……」
声をかけられて黒髪男子と金髪女子も立ち止まる。
二人に見られながら空を見つめて指をしきりに動かす吉野。なに、名前を思い出せないの? ていうか名前を思い出せないような人に話しかけに行ったのか……?
おれが呆れながら近づくと、ややあって吉野が思い出したように口を開く。
「あ、そうだ! 沙子ちゃんと……コヌマくん?」
「「……小沼です」」




