第21話:「わたし、好きな人がいるんだ」
「……で、そろそろどこに連れて行かれるか聞いても良いか?」
校門を出てしばらく経ってもなんだか雑談に花を咲かせている吉野に投げかけてみる。
「あ、そうだよね。ごめんごめん」
吉野は苦笑いで誤魔化してから手を合わせ、
「あの、ギターの教本選びに付き合って欲しいんだ」
と、かなり唐突に思えるお願いをしてきた。
「ギター?」
「そう! 吹奏楽部引退したけど、でもまだ高校卒業まで結構時間あるなーって思って。高校卒業っていうか、人生まだまだ長いでしょ? それで、何かを作ったりしたいなって思うんだ」
「ほおー……」
吉野の横顔はかなり真剣そうだ。
「それでギターで作曲を始めようかと思うんだけど、弾き方すら分からなくてさ。諏訪君、この間の学園祭で見たとき、ギター上手いなあって思ってたんだよね。だからお願い出来たら……って、あれ? その『はあ……』みたいな顔は何?」
「そんな顔してないだろ……。……いや、こう言ったら失礼だけど、意外だなって」
「意外も何も、諏訪君わたしのことそんなに知らないじゃん」
「そんなに知らない人のために貴重な放課後を使ってるんですけど」
口をとがらせる吉野におれも言い返してやる。
「まあ、そりゃそうだ。ごめんごめん」
「いや、いいけど……」
吉野は相変わらず素直で、なんだか指摘したおれの方が悪者みたいに思えてしまう。
「あのね、わたし、好きな人がいるんだ」
「ほう……?」
そして、吉野はまたしてもやや唐突にそんな告白をした。
たしかにそれは赤崎も言ってたけど、それが今の話に何か関係があるのだろうか?
「で、その人は……趣味で映画とか作ってるんだけど、なんか端から見てても、やっぱり物を作る人ってかっこいいなあって思うし、ちょっとでも釣り合う人間になりたいと思って。……音楽だったら、主題歌? とか、そういう感じで一緒に何かできる可能性もなくはないし」
「なるほどなあ……」
「なに、動機が不純って思ってる?」
照れくささもあるのだろう。頬を赤くしてこちらをにらむように見てくる。
「いや、好きな相手と一緒にいたくて頑張るんだろ? 不純っていうよりは、むしろ純粋なんじゃ?」
「純粋、かあ……そうかなあ……」
おれの素直な気持ちだったが、吉野は半信半疑という感じだった。
「それにしても、元々吉野って、たしか吹奏楽部でクラリネットとかじゃなかったっけ?」
「よく知ってるね、そんなこと!」
嬉しそうな、驚いたような表情で笑う。
「吹奏楽部の演奏会は全部行ってるから、まあ」
「誰目当て?」
「……誰目当てとかじゃねえよ。なんだ、その……箱推しだ、箱推し」
「あはは、何それ、おもしろ」
吉野は笑ってから、続けた。
「わたし、中学生の時も吹奏楽部だったんだけど、その頃に一回だけ吹奏楽部でギター弾かされたことがあってさ。その時に教室で練習してたら同じクラスの子が教えてくれたんだけど、なんかその姿がかっこよくていまだに印象に残ってて……」
「へえ。かっこよかったって、男子?」
おれが聞くと、「ううん、女の子」と首を振る。
「本当にね、音楽の女神って感じだったんだ。それでね、その時に、一曲弾いてくれた曲がすごくいい曲で。『それ誰のなんて曲?』って聞いたら、『私の歌』って曲名を教えてくれたんだけど、その曲、検索しても見つからなくてさ。……多分あれ、自分で作った曲だったんだよね」
「へえ……?」
隠していたってことだろうか。
「なんだか、あまりその話したくなさそうだったから、そのあともその話することもなかったんだけど、……でも、今でも何か作るなら、あの子みたいにギターで何か作れたらって思ったりするんだよ」
「クラスメイトが憧れか……」
でも気持ちはよく分かる。軽音楽を始める動機なんて大抵がミュージシャンへの憧れだ。モテたいのが動機、というやつだって、ミュージシャンがかっこいいと思ったからモテると思うわけだし。
「あとは、まあ、お父さんのギターが家にあるっていうのも大きいけど。いや、むしろそっちがメインかな……?」
やけに素直な自問自答をはじめたのでおれは笑いながら「そんなもんだろ」と伝えた。
「でも、なんでまだ秘密なんだ? その、芽衣とかに」
「質問ばっかりだね、諏訪君。知的好奇心旺盛って感じ? ……だって、まだやったこともないし出来るかも分からないのに、やりますってことだけ先に言うのってカッコ悪くない?」
「そうか? 有言実行って言葉もあるくらいだから、実行さえすりゃどっちもかっこいいんじゃねえの? まあ、でも、わかった。そういうことなら、本屋行くかあ」
楽器屋の方が教本は多いかもしれないが、この駅には楽器屋がない。
「うん、ありがとう! 昨日も一人で本屋さん行ったんだけど、なんかどれ買ったら良いか分からなくて……」
「ああ、昨日も行ってたんだ」
「うんうん。それで、昨日本屋さんでななみん見たんだよ」
「ああ、あいつ昨日マルイ行ってたもんな。本屋に行ってたのか。おれはてっきり服でも買ってるのかと……」
「よく知ってるね! どうして?」
「ああー……。昨日、たまたま帰り道が一緒で」
付き合っている云々の話を同学年にどれくらい伝えるべきかかなり微妙だと思ったので、とりあえずなんとなく誤魔化した。……ていうかおれ、ボロ出過ぎだな。
「へえー。でも、今朝『マルイにいたよね』って聞いたときは『人違いじゃない?』って言ってたけど……」
「ああ、それおれも思った。なんでだろうな?」
「さあ? でもたしかに、少女漫画のコーナーにいたのはちょっと意外だったかも」
「へえ……?」
それはたしかに……? 少女漫画……? ほお。
そんな話をしている間に、マルイの中の本屋に到着する。
店頭には、『「もう一度、恋した。」最新刊本日入荷しました!』と書かれている。
「これ売れてるんだよねー。幼馴染モノの漫画」
「そうなんだ? 面白いの?」
「うーん、わたしは読んでないから分からないけど……」
「そうなんだ」
まあ別に読んでないと変ってこともあるまい。けど、ちょっと顔色が曇った気がした。
おそらく、『幼馴染』という関係性にコンプレックスか何かあるのだろう。さっき芽衣と話していた時にも怖い顔をしていたのはその時だった。
「……まあ、とりあえず音楽関係のコーナーはあっちだな」
「うん!」
棚の前に行って、おれはちょっと胸を張って話す。
「コードを楽しく覚えて曲を作れるようになりたければ、歌本だな」
「うたぼん?」
「コードと歌詞とメロディがたくさん書いてある、弾き語り向けの本。ほら、ここらへん。難しいことよりも、とりあえずこれでいろんな曲を歌いまくるのが近道だよ。基本的な弾き方は初めの方に写真付きで書いてあるから。……ほら」
「へえ……!」
そう言って見せてやると嬉しそうに瞳を輝かせる。
「ありがとう、これにしてみる!」
「うん、お役に立てて良かったよ」
なんかちょっと頼られて気分がいい。
おれがふふん、としている間に、吉野は隣の雑誌棚に目を移した。
「へえ、『バンドマガジン』だって。諏訪君はこういうのも読んだりするの?」
「まあ、スタジオの待ち時間とかで暇な時に読むくらいかな」
「へえ……」
そう言いながら『バンドマガジン』をパラパラとめくる吉野。
すると、とあるページで指を止めた。
「『青春リベリオン、今年も開催決定!』だって。大会かなにかかな?」
「ああ、そうみたいだな」
覗いてみると、高校生限定の音楽コンテストの広告が出ている。さしずめバンド甲子園といったところだろうか。
「……これ、目標にしてみようかな」
「エントリー締め切り結構すぐだけど? 音源とか録らないといけないみたいだし」
要項のところに、冬に音源審査、1次予選、2次予選があり、それから3月に本選があると書いてある。
「たしかに。……でも、一年に一回しかないチャンスならやるだけやってみるのもありなのかなあ。わたしたち、もう高校生活半分終わっちゃってるし」
「そうかもしれないけど」
今はもう10月だけど、と言外に含めて話すと、
「わたし、挑戦もせずに間に合わないのって一番嫌いなんだよね」
と遮る。
「そうか……」
吉野の意志の強さにおれは今日何度も驚かされている気がする。
「……ねえ、諏訪君」
「ん?」
ぱたり、と雑誌を閉じて小脇に抱える吉野。買うんかい。
「ギター、独学だと限界があると思わない?」
「そうかもしれないなあ……」
そうなんとはなしに相槌を打ちながら見やると、その瞳には、めらめらと熱い炎がたぎっているようだった。
いや、ていうか。
「……教えろって言ってる?」




