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第18話:「今日、諏訪君に会えたらって思ってたんだ!」

「……おはよ、勘太郎かんたろう


 結局あのあと朝焼けが部屋の壁を赤く照らすまで眠れなかったおれが2時間程度だけ睡眠を取った後に下に降りると、芽衣めいが鏡の前に立って挨拶あいさつをしてくれた。


 昨日のことなんかまったく気にしていないというような、澄ました顔で。


「ああ、お、おはよう……」


 対して朝っぱらからもじもじしているおれ。情けないとは思うけど……。


「今日もおじさんとおばさんちょっと夜遅いんだってさ」


「そ、そっか……」


「ちょっと、顔赤くすんのやめてよ。何?」


 鏡越し、芽衣は目を細めてこちらを見てくる。


「いや、なんていうか……」


 どちらかというとむしろ芽衣はよく普通なままだな、とは思うが、「これ、掘り返す方がダサいのでは?」とか、「『日常にちじょう茶飯事さはんじです』みたいな顔をしてた方が慣れてる感じがあってかっこいいのでは?」とか、「本当に大したことないとしたら、ワンチャンもう一回あるのでは?」とか、余計なことが頭にちらつき、その結果。


「……な、なんでもねーし?」


「……中学生か」


「ちげーし……」


 あきれ顔でみられてしまう。


「もう……。それでね、夜ご飯あたしたちだけなんだって。だから今日の帰りに買い物一緒に……」


 そこまで言ったかと思うと、軽くため息をつかれてしまう。


「……って、誰かさんは彼女さんと放課後制服ラブラブデートか。もういいや、あたしが買い物してくる」


「なんだその悪意のある言い方は……。勝手に諦めて勝手に話を切り上げるなよ」


「だって事実じゃん」


 芽衣が口をとがらせる。


「一緒に帰るのは毎日じゃなくていいって昨日言ってたから、今日は多分ないと思うけど。……でも買い物するほどのものはないんじゃないか?」


 おれはそう言いながら、脱衣所だついじょと引き戸一枚でつながっているキッチンで冷蔵庫を開ける。


「彼女さん、とかラブラブデート、とかそういうところを否定しろっての……」


「ほら、ハンバーグ2つあるよ。湯煎ゆせんのやつ。賞味期限もちょうど今日までだし。これ食べた方がいい」


「ふーん……。じゃあ、まあいいか」


 不満げに鼻を鳴らす芽衣。


「なに、怒ってんの?」


「怒ってない、寝不足ねぶそくなだけ」


「昨日は『眠れそう』って言ってたじゃん」


「う、うっさい、ばーか。き、昨日の話するなし……」


「中学生か」


 さっきのお返しをしてやると、芽衣はふすーと反抗的にため息をつきながら、こちらを振り返った。


「あ、あのね、言っておくけど、」


 そこまで言ってから、ちょっとうつむく。


「……昨日の夜は、見られたくなかっただけで、別に変な意味はないから」


「分かってるよ。なんで不機嫌ふきげんなんだよ?」


 昨日の深夜テンション入った芽衣とは別人みたいだ。


「ふ、不機嫌じゃない。そ、そうじゃなくて、ちょっと……」


「ん?」


「……ルール違反だったかもって思って」


 ぽしょりとつぶやく。


「そうかよ……」


 なんだかおだやかな苦笑いがこぼれる。難儀なんぎな性格してるなあ。


「ごめんね、勘太郎」


「おれはなんで謝られてんの?」


「し、知らない! それじゃ、遅刻しないようにね! 行ってきます!」


「ほーい……」


 バタバタと出発する芽衣の背中に小さく手を振るのだった。






「ねえ、勘太郎くん」


 不満そうな、怪訝けげんそうな表情を浮かべた赤崎あかさきがおれのところにやってきたのは、朝のホームルームが終わった後の移動教室の時だった。


 うちの高校は数学のクラスが習熟度で4つ(!)に分かれている。


 隣のクラスの同じレベルの生徒と合同で受けるのだが、おれと赤崎は一番上のクラスで同じなのだ。ちなみに芽衣は上から二番目のクラス。


「なんだよ?」


「昨日、芽衣ちゃんと何かあった?」


「な、なにかって……!?」


 え、何怖い、何をどうしたらこの朝イチでボロが出るの?


「動揺しすぎだよ。目の下にお揃いのクマ作ってるから聞いてみただけなんだけど」


 そう言いながら赤崎は自分の目元を指差す。ブレザーの萌え袖が強調されて、こういうところもあざといな、と思う。


「なんだよ。そんなのたまたまだろ……」


「そうかな? 長電話してたとか?」


「違う」


「ラインの応酬おうしゅうしてたとか」


「違う」


 応酬って。


「『違う』っていう言い方がもう何かはあったことを認めちゃってるってことに気付かないのかな勘太郎くんは……。んーと、じゃあ、お泊まりしてたとか?」


「…………違う」


「何、その……! 嘘でしょ……!?」


 赤崎が目を見開く。


 もはや、「違う」というおれの返答に「嘘でしょ」と言っているのか、お泊まりしていた可能性があることに驚いて「嘘でしょ」と言っているのかも分からない。


「ねえ、勘太郎くんと芽衣ちゃんって今、どういう関係なの……?」


「どういう関係も何も、ただの幼馴染だよ。それ以上でも以下でもない」


 自分にも言い聞かせるために、あえてハッキリと言っておいた。


「勘太郎くんがフられた状態なのに……?」


「そうだよ」


「本当に?」


 疑いの目を向けてくる赤崎と、追求の視線から逃れるために目が泳ぐおれ。


 すると、脇から、


「なに、あいつら、痴話ちわ喧嘩げんか?」「え、あいつらって付き合ってんの?」「いやー、あの感じ、付き合ってるって雰囲気じゃないだろ……」


 とかいう会話が聞こえてきた。


 赤崎の耳がピクリと動いて、


「もう、勘太郎くん、あんまり他の女の子と仲良くしてるといちゃうよー?」


 思い出したようにあざとく頬を膨らませる。だからその演技力どっからくるんだよ。


「はいはい……」




 そんな意味のない相槌あいづちを打っているとちょうど授業のある教室について、適当なところに座る。一緒に教室にきたからある意味当たり前なのだが、自然と赤崎と隣の席になった。


「あ、ななみん、おはよう」


 すると、おれとは逆隣ぎゃくどなりから、黒髪セミロングの女子が赤崎に声をかけてくる。


「おはよう、吉野ちゃん」


 吉野ちゃん、と赤崎が呼んだ女子は隣のクラスの吉野よしの夏織かおり。赤崎や芽衣と同じ元吹奏楽部で、たしかクラリネット担当だった気がする。


 素朴そぼくだが顔の整った人だと思う。赤崎が綺麗な花にはとげがある的な真紅しんくのバラだとしたら、吉野は健気けなげに咲くタンポポという感じだ。ちなみに芽衣はツンデレ気味なヒマワリ。なにそれ?


 吉野とはおれも去年文化祭実行委員を一緒にやっていたのでなんとなくの顔見知りだ。


「ななみん昨日の放課後マルイいたよね?」


「いないよ? 人違いじゃない?」


 いや、赤崎、マルイ行ってたじゃん。と言おうと「え?」と、声を出すと。


「あ、諏訪すわ君!」 


 と、なんとなくの顔見知りに向けるとは思えないくらいの輝く笑顔を見せてくる。


「お、おう……?」


「わたし、ちょうど今日、諏訪君に会えたらって思ってたんだ!」


「ん?」


「ちょっと……!」


 赤崎に責めるような視線と共に小突かれる。いや、おれも何が何だか。


 疑問符で頭をいっぱいにしたおれの方を見て、頬をかきながら照れくさそうに吉野は笑って聞いてくる。




「あのさ諏訪君、今日の放課後って……あいてたり、する?」




 言い終わってから、えへへ、とはにかむ吉野。





「「…………へ?」」





 それは、おれと赤崎が初めてハモった瞬間だった。


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