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後悔探しの旅  作者: 石狩亮
7/10

違和感の真相

松永先生が座る周りに、俺たちは取り囲むように座り込む。

どうしたもんかと言うような表情で、松永先生は森本が差し出したビールに口をつける。

やがて静かな空気が流れ、外の虫の声が気にもならなくなってきたあたりで、重たそうな口を開いた。

「まずは、礼を言いたい」

俺と森本が顔を見合わせる。

「それと、すまなかった」

深く頭を下げた松永先生に、頭を上げてくれと森本があたふたしている。

しばらく頭を下げていた松永先生が、下げていた頭を上げる。

少し舌打ちにも似たような音が松永先生の口から聞こえて、少し考え込む様子を俺は見守る。

「どうしてもこの旅行は、この場所で、そして、お前たち65期生でなければだめな計画だった」

3人とも固唾を飲んで話に聞き入る。

「俺は蓮川を、何度死なせてきたか分かるかぃ?」

重い口で、太い声で、ゆっくりと語られていく。

「4回だ」

俺は驚いてしまって、口をパクパクさせているのが自分でも分かった。

「4回とも、守ることができずに、死なせてしまったよ」

まさかの言葉に、俺達は全員言葉を失っていた。

「どうしても守ってやることができなくて、目の前で死んでしまったこともあった」

言葉が一つ一つ途切れる。

「俺はそのたびに、蓮川が死ぬ前の世界に戻ってきた。何度も何度も調べ上げて、それでも守ることができずに、失敗を繰り返していたんだ」

「じゃあ、先生も」

優希がやっとの思いで振り絞ったような声で聞いた。

「あぁ、お前たちと同じ、時空を飛び越えてここにいる人間だよ」

そういうことかと優希が舌打ちをした。

「失敗を繰り返して、そのたびに時を戻して、できる限りのことはして、調べられることは全部調べた」

俺は慌ててメモとボールペンを拾ってパラパラとページをめくる。

「この旅館街からほど近い、キビウラのバス停が殺しの現場だってことを掴んでも、俺一人の力ではどう足掻いても結末を変えることはできなかった、だから、この旅行を計画したのさ」

俺は話を遮るように「待ってくれ」と言った。

「旅行を計画しても、それがじゃあ成功につながるかってのはまた違う話じゃねぇんすか?なんでこんな旅行を?」

松永はビールを飲んで一息ついて、また話の続きを語る。

「この旅行を仕組んだのは、俺以外に時空を飛び越える人間が何人いるのかを確認するためだったんだよ」

優希がまたなるほどなとつぶやいた。

「どういう手段であれ、蓮川は必ず、殺人犯に手を下されるのはキビウラのバス停付近だった。ただ、その必ず、て言うのも、100%の保証ができるものじゃねぇ。だから俺は逆に、ほぼ100%の確率で、蓮川がキビウラのバス停で襲われるシチュエーションを作り出すために、目的地はここに指定した。そして各自で移動手段を決めさせて、自由に行動できるように、あえて固まって行くことはしなかった」

話を続ける松永先生の口数が、少しずつ多くなる。

「俺は蓮川が殺される前の時代にしかタイムスリップすることはできねぇ。だが逆に考えれば、この時代にしか飛べないってことは、それ相応の理由があるはずだ。俺はそれが蓮川の死と関係してると思ってる。そして、」

一度言葉が途切れた。

少しの沈黙のあと、

「この時代に賭ける人間、この時代に飛べる人間は、絶対に俺だけじゃねぇって考えたんだ」

松永先生はそう言った。

「だから、この旅行で、65期生で、それが誰なのかを知りたかった、と」

「あぁ、そうさ。お前ら3人を見たときにほぼ確定に近かったんだけどな、どうしてもあと1つ、俺には動かぬ証拠ってやつが欲しかった。」

「動かぬ、証拠?」

優希が恐る恐る聞いた。

「未来から来たっていう証拠、それは、蓮川の死を知ってる人間。だから俺は、お前らが宴会場から飛び出していく前に言ったんだ。『死ぬかもなぁ』、てな」

松永先生はビールの缶を思い切り握りつぶす。 

「お前らのあの反応を見た瞬間、俺は思ったよ。今度は間違いなく、未来は変わるって。お前ら3人が、それぞれ違う時代から、こうしてこのひとところに集まった、これ以上の奇跡がどこにある、とな」

俺は黙って話を聞く。

「そして、蓮川は助かった。あのキビウラのバス停を切り抜けたあとの世界は、どこにも存在してねぇ新しい未来だ」

これで本当に終わりなのか?

俺はそこが疑問だった。

「だからこそ出てくる、森本が言った『タイムパラドックス』の話だよ」

俺はやっぱりかと思って、食い入るように話を聞いた。

「この時空に来る前、俺はキビウラのバス停で、運良く蓮川を助けることができた」

初めて聞く情報に、3人とも驚いた。

「だが、それで終わったわけじゃない。その直後、あいつはあのバス停で、猛スピードで走ってきたトラックにはねられて死んだんだ」

背筋がぞわりと凍りそうになる。

トラックが突っ込んでくるあの記憶が、俺の頭の中にくっきりと映像で流れ始める。

さすがに森本も怖くなったようで、今まで見たことないような表情で何も言えなそうだった。

「つまり、何がなんでも蓮川は死ななければ、未来の世界ではバランスが取れない存在なんだろう。危機を一度回避したところで、未来のバランスを取るために、あいつはこの先、何度でも命の危険にさらされる。未来の時空を歪めるというのは、そういうことなんだ」

まだ話は続く。

「未来に何らかのテコ入れをしたとして、その影響が消えるのはおよそ24時間。これは俺が何度もタイムスリップを繰り返していろんな実験をした結果、結果の大小とは別の、未来に歪みを入れたことによる影響が関係する時間だ。つまり、あの事件で死ぬはずだった蓮川を、あの事件の時間から24時間守り抜けば、恐らく違うところでバランスを取ろうとするはずだ」

「24時間つーことは…」

「あと18時間ほどか…最後まで何があるか分からんが、明日の夜10時が目処だろうな」

松永先生が握りつぶした缶ビールをゴミ箱に放る。

「そこを超えた先、新たなバランスをどこから生み出すのかまでは分からねぇ。すぐ近くの、お前らでそのバランスを取ることもあるかもしれない、てことだ」

松永先生は立ち上がった。

俺たちに背を向けて、部屋の出口へ歩いていく。

「お前らには感謝してるよ」

太い声が、より一層太く聞こえた。

「自分が生きる世界が、俺はもう分からねぇ。だから、蓮川が生きてる未来を俺は生きるしかねぇと思ってる」

俺は思わず声が漏れた。

「お前らは、それぞれ自分の生きてる世界に戻れたらいいな」

松永先生はそう言って、部屋を出ていった。

俺も森本も優希も、最後の松永先生の言葉に、しばらくは言葉が出なかった。

ここで未来を変えてしまって、その後俺たちは戻れるのか…

戻れたとして、時空を歪めた未来は、正しく回ってるのだろうか…

そもそもこの世界に来た理由もわかっていないのに、元の世界に帰る方法が、偶然以外に存在するんだろうか…

だけど、ハッキリしたのは、この世界でやるべきことは、明日の10時まで蓮川を守り抜くことだ。


松永先生がいなくなってしばらくして、優希が沈黙を割る。

「これから先、どーなるんだ?」

「わかんねぇよそんなこと…」

俺はそれしか答えられず、優希はさらに続ける。

「蓮川を守りきったとして、その後俺らがそれぞれの世界に帰って、それは本当にいい終わり方なのか?」

「んなもんわかるわけねぇだろ!」

森本の声が、部屋中に響き渡った。

「この世界に来た理由が、本当に蓮川だけなのか?そりゃオメェや松永ぁそーかもしんねー。けどなぁ、俺も誠も、蓮川やお前が死んだとしても、世界は何事もなく回ってたんだ。なのに、今俺らはここにいる。いい終わり方…?俺や誠にとっちゃ、蓮川が死ぬのがいい終わり方なのかもしれねんだぞ!」

いきなり優希が森本の胸ぐらを掴み上げる。

「テメー…自分が何言ってんのかわかってんのか…?」

「離せや」

「テメーのためだったら蓮川にはとっとと死ねって言いてんだろが!」

「誰がんなこと言ったぁ!?」

ヒートアップする森本と優希を、俺は必死に引き離す。

「ここでモメたってなんにもなんねぇだろ!」

キレて叫んで、無理やり二人を引き離す。

二人は白熱したまま、互いに睨み合っている。

俺は二人をとりあえず座らせて、書きかけのメモを取り出した。

「わかんねぇけど…たしかに森本の言うとおりかもしれねー」

俺はパラパラとメモ帳をめくる。

「ここに来た本当の理由が、全員蓮川を助けるためだってのは考えにくい。たしかに優希は蓮川の件を追って、俺の世界では死んだ。だから優希のここに来た理由は蓮川で間違いないと思うんだ。」

パラパラしていたメモを閉じる。

「けど、俺と森本は本当にそうなのかって聞かれたら、違うんじゃないかな…?多分、他にクリア条件みたいなのが用意されてる気がするんだ」

「どーゆー…?」

「もしも優希と松永先生のクリア条件が蓮川を助けることだと仮定するなら、俺らもおそらく誰かを助けることがクリアの条件なんじゃないか?」

「だったらお前は、俺が死んだってのがネックになってそうだから、俺を助けるってことになるんだろうけど」

優希が俺の方から森本の方へ目線を移す。

「こいつはぁ?健太は何を守りゃいいんだよ?」

そう言われて、俺は一瞬あっ、となった。

それぞれの生きてきた中で、枷となってきた何かを取り除くのが目的なんだとしたら、俺は優希、優希と松永先生は蓮川なのは分かるとして、確かに森本には何かあるんだろうか?

「森本…例えば、お前の世界で誰か亡くなったとか…」

「う〜〜ん、ねぇなぁ〜」

「つーかそもそも、俺と先生で目的が被ってるってのもなんか変だと思わねぇか?イマイチしっくりこねぇっつーか」

優希はタバコを口にくわえて、どこを見るでもないような目で俺に言ってきた。

「だいたいこれ仮説だもんな…本当はもう戻る手段とかないんじゃないの?」

「もっとシンプルに考えるなら、時空の歪みの24時間を耐えきったら自動的に帰れる、とか?」

「だとしても、どのみち『何で』歪めた時空かってのは重要なとこだろ。時空歪めるだけなら今から起こり得ないことを俺らが起こせば帰れるわけだし」

「となったら、やっぱり蓮川の件は大きく関係してるんだろうな…」

「でもやっぱ24時間てのは大きいと思うな。希望が見えるったらもうそこくらいしかなさそうだし…」

「なんかこれ…帰れる気がしなくなってきたなぁ…」

俺たちは3人ともうなだれる。

あーでもない、こーでもないと言いながら、しかし解決の糸口は見つからなかった。


気がついたら、深い眠りに落ちていた。

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