変化の疑惑
俺は高校時代、どっちかって言うと明るい性格で、割と誰とでも仲良くできてたと思う。
みんなと仲良しと言うか、本当にみんな良くしてくれたのもあって、困ったときには助けてもらったり、おこがましいけど、助けてあげたこともなくはないと思う。
そんな俺だったけど、学校内じゃちょっとした有名人でもあった。
いわゆる不良みたいな感じだったから、鼻つまみにされることもなかったわけじゃない。
森本や優希とはよくツルんで遊んでて、そこにのりちゃんが入ってきたりして、他所の学校と喧嘩もしたし、負けてボロボロになってのりちゃんに笑われたり、やりすぎて停学になった時は蓮川に結構怒られたりもした。
みんな仲良しで、みんなで楽しく過ごせた高校生活だった。
森本も優希ものりちゃんも蓮川も、毎日顔を合わせて、毎日それなりに楽しく過ごしてきた仲間だと思っている。
だけど俺は今日、のりちゃん以外に声をかけてくれる人はいなかった。
森本も旅行の説明のときにからかってきたりしてたけど、多分あいつも俺のことがわかってなかったんじゃないだろうか。
俺も森本のことは気付いてたけど、声はかけなかったし、優希は来てたことも知らなかったし、来てるわけがないと思っていた。
森本には俺から声をかけるべきだったのだろうか?
森本の性格なら、いつもどおり馴れ馴れしく来るかと思っていたけど、俺が誰かわからないんじゃ、声のかけようがなかったのかもしれない。
じゃあ、優希は?
優希がどこにいたのかは、まだ分からない。
俺が見つけられなかったのか、それとも見つからなかったのか…
見つけられるわけがないはずなのに、どうして優希を見たやつがいるんだろうか…
「聞いてんの!?」
のりちゃんの言葉で、色々考えていた俺は現実に引き戻された。
なんの話をしていたのか、恐ろしく上の空だった俺は思い出せなかった。
のりちゃんは俺の顔を怒った様子で見つめながらさらに問い詰める。
「美織の話をあんたが振ってきたんだろー?ちゃんと聞けよ〜」
「えっ、あっ、蓮川?」
「は?」
「俺そんなこと聞いたっけ?」
のりちゃんがため息をついて、うなだれるようにシートからお尻をズリズリと滑らせる。
「あんたホントにどしたの?なんか学校にいるときから変だったけど」
ポッキーを右手の人差し指でつまみながら、フリフリと俺の顔に近づけてくる。
のりちゃんは俺の口にポッキーを叩き込むと、「なんか何考えてんのかわかんねーし」とほっぺたを膨らませた。
「わりっ、ちっと考えごとしてたもんで」
「何考えてたんだよ〜?」
「国家予算のこと」
「死ぬほどヘタクソな嘘だな」
俺はなんだか気まずくなって、メーターパネル上においてあるタバコを取った。
「ほら、そーやってまずくなったらタバコ」
のりちゃんのいちいち痛いとこをついてくる言葉で、タバコを手に取るのもなんだか嫌になって、手にとったタバコのパッケージをメーターパネルに戻す。
「何考えてんのさ?」
「国家よ」
「それ飽きたから」
俺は頭をかきむしって、もう一度タバコのパッケージを手にとった。
タバコを取り出して、口にくわえたまま、観念したように口を開く。
「優希のことだよ」
ライターをとって、火をつける。
「お前、俺も優希も、変わったって言ってたよな」
のりちゃんは目をきょとんとさせながら、俺の顔を覗き込む。
「老けたの、気にしてんの?」
「ちげーよバァーカ」
こっちの心が見えてるのかそうでないのか、のりちゃんは鋭いくせに的はずれなところをいくことが多い。
考え事をしていたせいか、あのコンビニから車をどれくらい走らせたのかも分からない。
窓から流れる景色は、完全に知らない土地の知らない景色を写していて、上の空の状態でよくもここまで来たもんだと感心する。
俺は外の景色を見ながら、煙をぷーっと吐いて、話を続ける。
「いつもツルんでたのに、俺、優希が今どんな顔してるか、知らねんだよな」
「写真見せたげよっか?」
「そゆことじゃなくて」
のりちゃんと話してるとなんだか気が抜けてきそうになる。
「森本も優希も、顔なんてパッと見たら分かるくらい毎日一緒にいたはずなのに、優希なんて見つけることもできなかったし」
「稲岡から声かけてこなかった?」
「来なかったよ。森本も、あの説明会みたいなやつのときに茶化してきたときが初めてだったしよ」
「みんな大人になったのかなぁ?」
俺はのりちゃんのその言葉が、心にぐっと来た。
「大人に、ねぇ〜」
笑えてくる。
のりちゃんは首を傾げながらこっちを見ている。
「働いたり進学したりしてさ、環境も変わって考えも変わって、人との付き合い方みたいなのもなんとなく変わってくるんじゃねーの?そりゃまだ1年くらいだから変わらないやつもいると思うし、大半は変わんねーなぁ〜ってあたしは思うよ?けど」
なんとなくのりちゃんが、言葉に詰まったように感じた。
「稲岡はなんか昔みたいに騒ぐタイプじゃなくなってたし、滝沢だってなんか前と比べたら、すごく感情が読みにくいなぁって思うし」
どことなくのりちゃんの声は、寂しさのようなものが混ざっているようで、少しトーンが暗くなったように感じた。
「逆にさ、滝沢から見てあたしはど〜なの?」
「のりちゃん?高校卒業したときまんま。な〜〜〜んにも変わんねーよ。」
本当に何も変わらない。
のりちゃんだけじゃない、森本も変わったようには見えなかったし、蓮川なんてそのまんまで、他のみんなも本当にあの頃のままだった。
ただ、それをどう感じたか、というところに関しては、のりちゃんの言う「大人になった」というのは、とても的を射てると思う。
褒められてるのか貶されてるのかわからないのりちゃんはなんだかむず痒そうな顔をしている。
「たしかに変わったよ?」
のりちゃんはまだ声のトーンが落ちたままだ。
「変わったんだけど、顔とか、話してる感じとか、変わったなぁって思う反面、やっぱ変わらないなぁって思うんだよ」
俺は黙ってのりちゃんの話を聞き続ける。
「コンビニのおばちゃんはさ、稲岡もあんたも、パッと見てわからなかったって言ってたけど、あたしはそんなことねーし。変わってるけどやっぱり変わってないんだよな」
「わっけわかんねー」
信号が赤に変わって、俺はブレーキを踏む。
走行中より静かになった車内では、のりちゃんの声がやけに響いて聞こえる。
「一年経って変わりまくるやつもいれば、全然変わらないやつもいる、そんなもんだと思うんだよ」
「変わりまくってて悪かったな」
「こっちこそ変わってなさすぎて悪かったな」
俺はあははと笑って、ふとのりちゃんを見た。
車に乗ってからほとんどのりちゃんを見てなかった俺は、今改めてまじまじとのりちゃんを見た。
本当にあの時から変わってない。
話し方も、見た目も、のりちゃん好みの服装も、高校の時からずっと知ってるのりちゃんのままで、本当にあの時のまま俺の目の前にいる。
一年の時の流れってこんなもんなんだ、と自分に言い聞かせる。
俺が変わったのは俺が一番よくわかってて、皆が変わってないのは至極当然のことなんだと分かっている。
だからこそ、俺はずっと腑に落ちないわけで。
「美織だって、高校卒業したらもっときれいになるんだろーなーって思ってたけど、やっぱり美織は美織のままでさ。」
俺は無言で首だけ頷く。
「何ていうか、滝沢も稲岡もぶっ飛んでんじゃねーの?」
のりちゃんのその言葉に、俺は思わず爆笑した。
「真剣に言ってんの!」
のりちゃんは笑う俺を見て怒ってる。
真剣な目で俺にそう言ってきて、俺は納得しすぎて、しばらく笑いが止まらなかった。
のりちゃんが俺を不思議そうな目で見てきて、俺はそれに気付いていても、笑いが止まらなかった。
やがて信号が青になる頃、俺はまだ半笑いの状態で、ヒーヒー言いながら車を発進させる。
何がそんなにおかしいんだよ、とのりちゃんが俺の肩を叩く。
車は山道に差し掛かったあたり、スムーズにカーブを曲がっていく。
いくつもの緩急様々なカーブを曲がって、山を少しずつ上がっていく。
交通量が少なくて、狭い山道でも結構なスピードで走り抜けられる。
のりちゃんが俺のハンドルさばきを横で見ながら、尊敬の眼差しみたいなのを送ってきてた。
高速で流れる景色を横目に見ながら、のりちゃんは「スピード違反じゃね?」と言ってきた。
「ゆっくり行こっか」
俺はちょっとスピードを落として、まだ先が長そうな山道を走り抜けていく。
山道の高低差による気圧の変化で耳が少し詰まったような感覚になる頃。
ゆるい左カーブを曲がった直後に、非常帯に止まった一台の車を見つけた。
7人乗りの黒のワンボックスがハザードを点滅させて停まっている。
「あれ、森本たちじゃんあれ?」
のりちゃんが言った。
俺はすぐに車を非常帯に寄せて、黒のワンボックスの後ろに止まった。
車から降りると、そこにいたのはやはり森本たちだった。
「誠ぉ〜!ちょ〜〜どいいとこに!」
森本が抱きつく勢いで飛びついてくる。
森本と一緒に車に乗っていたかつての同級生たちが、輝いた目で俺を見てきた。
どうやらパンクしたようだ。
ぺしゃんこに潰れたタイヤを見て、すぐにスペアタイヤはあるかを聞く。
一緒に乗っていた同級生の女の子が、重たそうにスペアのタイヤを転がして俺のところに運んでくる。
「これ交換したら走れるから、さっさとやっちまおーや」
森本が安心した顔をしたのを見て、俺は自分の車に工具類を取りに行った。
交換作業はそんなに難しいことはない。
しばし談笑しながら、俺はタイヤをワンボックスから取りはずす。
のりちゃんは女の子たちと久しぶりの再会を楽しんでいるようで、俺は森本と久しぶりに二人で話している。
俺は森本におごってもらったジュースをチビチビ飲みながら、タイヤをスペアタイヤに交換する。
「なんで声かけなかったんだよ?」
森本がケータイをいじりながら聞いてきた。
「俺ら高校の時ぁずっとツルんでたじゃん?今日久しぶりに会ったんだから声かけろよなぁ?」
「あぁ、ごめんな」
「まぁ、俺も声かけづらかったから、お前に言えた立場じゃねーんだけどよ」
森本はそう言って、ケータイをポケットに入れると、俺の方をじっと見た。
「ちょっと変わりすぎててよ、別人かなぁ?とか思っちまって。けどやっぱ誠のまんまだわ」
そう言われて、俺は少しムッとした顔をした。
「まぁ。俺は俺で、ちょっとみんなに声かけにくかったとこもあってさ。けどみんな『森本久しぶり〜』とか言ってくるもんだから、まぁいいや〜みたいな」
「お前何言ってんだ?」
森本の性格なら、自分から声をかけていくタイプだと思っていた俺は、なんだか森本の変わりようがおかしかった。
「お前なんかちょっと変わったもんな」
俺が森本に言うと、森本は逆に「お前もっと変わったぞ?」と笑って言ってきた。
「お前はいいじゃん、まだ見た感じ森本ってわかるよ。お前俺のことわかってなかったろ?」
「ぎゃははは、だってお前変わり過ぎだもん」
森本はそう言うと、残りかけのジュースを飲み干して話を続けた。
「変わったのかもな確かに。けど性格が変わったわけじゃねー」
俺は話を聞きながら、スペアタイヤを装着してボルトを締めていく。
「いろんなことが起こるとよ、変えなきゃいけねー部分ってあるだろーが?そゆことだよ」
森本がそう言うと同時に、タイヤの交換作業が終わった。
「終わったぜ」
「おっ、サンキュー。お前がここ通らなかったら俺ら全員終わってたぜ」 森本があの頃みたいな明るい口調でお礼を言ってくる。
「電話してくりゃ寄り道してやったよ」
「いやぁ〜、確信がなかったんでさぁ〜、かけづらかったんだよなぁ」
「意味わかんね」
俺は道具を片付けながらそう言うと、ポケットでケータイが震えた。
俺は慌ててケータイを取り出すと、画面には「森本」の名前が映し出されていた。
「あっ、かかってんな。よかったぁ〜」
「普通にかかるじゃねーか。なんだよ確信がねーって」
「いやマジでなかったんだって。番号変わってっかもしんねーだろ?」
「変わってねーわ」
「変わってる人間もいて連絡つかねーこともあるんだよ『この世界』では」
森本はそう言って、車のエンジンをかけた。
「いくぞ〜〜〜」
森本の大きな声で、みんなが森本の黒いワンボックスに乗り込んでいく。 俺は道具を片付けながら、森本に言った。
「スペアタイヤだからあんま飛ばすなよ」
森本は運転席の窓から顔を出してニコッと笑った。
「誠が言ってくれなかったら飛ばしてたと思うわ」
「言っといてよかったよ……」
森本はクラクションを鳴らして、非常帯から発進していく。
重低音の効いた音楽をガンガンと鳴らして、森本のワンボックスはカーブの先へと消えていった。
俺は道具をトランクに押し込みながら、のりちゃんに声をかける。
「あとどれくらいで着くんだろーな?」
「1時間くらいだと思うけどね。」
のりちゃんはぼーっと空を見ながらそう答えた。
少し暗くなり始めた空には、半月がうっすらと顔を出していた。
トランクを閉めて、運転席に乗り込むと、のりちゃんがちょっと不機嫌そうに俺を見つめていた。
車のエンジンをかけると同時に「なんだ?」と聞いてみる。
ほっぺたを膨らませてタバコをくわえたのりちゃんは、まだ車の外にいる。
「別に〜〜」
「え?マフラーの音で聞こえねー!」
「別に〜〜〜!!!!!」
「叫ぶ前に早く乗れよバカヤロウ!」
のりちゃんはタバコを指でピンと飛ばして、車に乗り込んだ。
車を発進させると、のりちゃんが同じように口を開いた。
「滝沢ってあんなにイケメンだったっけーって、ずっと聞かれてたんですけど」
「ぁんだお前、嫉妬?」
「違うわ!!」
「うるせーよ!」
のりちゃんの大声に俺も思わず大声でツッコんでしまった。
「なんか勝手に先々行っちゃってさぁ〜」
さっきとは打って変わって、今度は悲しそうな声でそう言った。
「なんかあたしの知ってる滝沢が遠くなっていくような感じっつーか」
「わからんわからん」
「女の子たち結構はしゃいでたよ〜?なんか大人の魅力とか言っちゃってて」
フッと笑う。
図に乗るんじゃねーって感じで脇腹にのりちゃんが貫手を入れてきて、ちょっともがき苦しんだ。
「モテて良かったですねー」なんて言ってきたもんだから、「そこで笑ったんじゃねーから」と返しておく。
「じゃあどこで笑ったんだよ?」
「言わねー、言ってもわかんねー」
俺は車をスイスイと走らせていく。
横で不機嫌そうなのりちゃんは、しばらくずっと窓から流れる景色を見つめ続けていた。