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後悔探しの旅  作者: 石狩亮
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違和感

カラリと晴れた昼前、雲一つなく広がる青い空。

少し暑いくらいに照りつけられる陽の中を、時々冷たい風が吹き抜けていく。

この時期になると感じる匂いが、俺は好きだ。

一年の始まりを告げるこの匂いを嗅ぐたびに、頑張ろうという気持ちと、懐かしい気持ちが混同する。

子供の頃から何度も嗅いできた匂いが、今年も新鮮に感じられる。

車のボンネットの上に寝転がってみる。

ガヤガヤと少しうるさく聞こえる声が、高校の入学式の時を思い出させる。

時々聞こえる笑い声や奇声、変わらないなと思って安心した。

寝転がって全身に太陽を浴びながら、なんだか嬉しくなってにっと笑ってしまう。


「滝沢!」


いきなり呼ばれて少しびっくりした。

俺は顔だけ上げて、声が聞こえた方を向く。

呼ばれ慣れた名前も、聞き飽きた声も、5年経てば懐かしく感じるのに、何も変わらないことが嬉しかった。

しばらくその姿を見たあと、口を開く。


「のりちゃんちょっと太ったんじゃねーか?」

「うるせーよ!」

寝転がる俺の肩を平手で叩く。

髪の毛は茶色くなってるのに、普通のパーカーとスボンで、化粧もしてなくて、明るくて男勝りなのりちゃんを見ると安心した。

俺は寝転んでた体を上げて、のりちゃんの姿を見て言った。


「お前荷物はよ…?」

「財布とタバコとケータイありゃ十分だろ?」

「旅行って言葉の意味分かってんのか」

「みんな来るんだから貸してもらえばいいじゃん」

周りを見渡すと、キャリーケースや大きいリュックサックを持つ人が大半なのに、のりちゃんは肩からかけられたトートバッグひとつだけ。

「まぁあとはなんかあったときのために下着関係だけちょちょっと」

「服は…?」

「なんかあったら誰かに借りるわ」

俺はそーですかと言って、相変わらずなのりちゃんに笑う。


みんな変わりがなさそうで、まるで高校を卒業したときのままみたいで、5年という月日は、人生においてそんなに大きな時間ではないんだなと感じて、なんだかおかしく思った。

のりちゃんは俺の横でフェンダーに腰掛けて、ポッキーをポリポリしてる。

「無駄なモンだけ一丁前に揃えてんじゃねーよ」

「旅にお菓子は必需品でしょーが!」

トートバッグをガバッと開けて、中身を見せられた俺の目には、結構な種類と量のお菓子の山が飛び込んでくる。

「こんだけありゃ困ることないでしょ」

えっへんと言いたげなのりちゃんがくわえるポッキーを奪い取る。


「つーかさ」

のりちゃんがバッグを俺の車の助手席に押し込んで言う。

「よく旅行なんて企画したもんだよね」

「あ、俺の車で行くつもりなんだ」

「マジであの招待状見たときはビビったよ。松永先生、考えてることがすごいわ」

のりちゃんはバッグから封筒に入れられた招待状を取り出していた。


2ヶ月ほど前にいきなり届いた、松永先生からの招待状。

65期生全員強制参加と大きく書かれ、その下に少し小さめに日にちと集合場所、行き先が書かれた用紙。

移動手段は各々で決めて、とりあえず目的地に全員で何とかたどり着こうという無計画な計画は俺もびっくりだった。

自分のペースで行けるから気楽ではあるけど、迷ったりする奴が出てこないかはとても心配だ。


高校の職員駐車場は、旅行前の賑わいが溢れている。

在学生たちが時々通っては、松永先生に文句をつけている声が聞こえる。

集合という大きな声が聞こえて、俺とのりちゃんは車から離れて歩いていく。


駐車場の入り口あたりで、在校生たち数人が松永先生を押しのけるようにして、俺に声をかける。

「誠くん何してんすかぁ!?」

2つ年下で、同じ部活だった三好が大きな声をあげた。

松永先生は入り口のチェーンをガラガラと引いて、「早く登校しろバカヤロウ」と言った。

お土産頼むっすよ〜という声を聞いて、また懐かしくなる。

本当に何も変わらないと感じながら、俺は松永先生から少し離れたところに立ち止まる。


みんなが集まってきて、松永先生が話を始めた。

これからの旅行の説明を始める松永先生、それを聞くみんなの姿、本当に何も変わらない。

嬉しさもあるのに、なんだか違和感もあって、俺はちょっとそわそわしてた。


5年振りに集まった65期生、みんな顔を覚えてる。

みんなを見渡して、懐かしく感じる。

きっと俺だけじゃないだろう、久しぶりの再会に、みんな喜んでいるはずだ。

俺はそんなことを思いながら、一人の女の子に目をやった。

蓮川美織は、三角座りして松永先生の話を聞いてる。

そこそこ可愛くて、話し上手で、誰とでも接することのできた蓮川は、学年の中でも人気だった。

じーっと蓮川を見つめる俺と、時々こっちを見る蓮川と目が合う。

横で俺を見てるのりちゃんは、俺が蓮川を見てるとは気付かずに、「お前どこ見てんの?」と茶化してくる。

テキトーにはぐらかして、それでも蓮川を見つめていると、少し遠くから声が聞こえた。

「誠ぉ〜!お前なに蓮川ばっか見つめてんだよぉ〜」

同じく学年で人気があった、ムードメーカーだった森本健太が茶化してきた。

「蓮川に見とれちって、先生の話聞いてんのかぁ〜!?」

俺は森本に中指を立ててファックユーをしてみせる。

皆がクスクスと笑う。

横でのりちゃんが「美織はやめとけ」と言いながら肩に手を置いてきた。

やれやれと言いたそうな顔ののりちゃんの頭をはたいて俺は言う。

「そういうんじゃねーから」

「お前…蓮川に恋してんのかぁ!」

松永先生が入ってくる。

「入ってこなくていいから説明続けてくれや!」

「もう終わったよバカヤロウ」

またみんなが笑い声をあげた。

時間にして10分ほどだろうか、気がつくと説明は終わっていて、あまりにも時の流れが早く感じた。

「あ、あー、そう!悪い悪い!」

俺はそう言って、頭をコリコリとかいた。

みんなが笑う中で、蓮川がクスクスと笑う姿が、俺の目にはとても眩しく見えた。


松永先生が「出発するぞ〜〜〜」と声をかけると、みんなが各々の車やバイク、徒歩と電車で行く者などに別れて動き始める。

みんなが動き始めても、俺はしばらく蓮川を目で追っていた。

のりちゃんはそんな俺の視界を遮るように、顔をにゅっと近づけてくる。

「1年振りに美織に会ってそんなに好きになっちゃったかなぁ〜〜?」

「だからそんなんじゃねーって言ってんだろ」

俺は自分の車のところまで歩きはじめる。

のりちゃんは後ろをついてきながらポケットからポッキーを取り出した。

「俺の車で行くつもりか?」

「いいじゃん久々なんだし」

「俺の車、うるさくて嫌だって言ってなかったっけ?」

「我慢してやるって言ってるんだから大人しく乗せなさい」

「無理に乗ってもらわなくて結構です」

「だってみんなもう一緒に行く人決まってんだよ?あんたもあたしも余りなんだから」

のりちゃんは少し小走りして俺の車に俺より早く到着すると、何も言わずに笑顔で助手席に乗り込んだ。

俺はタバコを取り出して、ゆっくりと火をつける。

頭をゴリゴリかいて、ちょっと顔をしかめる。

少し遅れて俺が運転席に座り込むと同時に、のりちゃんもタバコを吸い始めた。


エンジンをかける。

改造マフラーの音が、辺りの空気を振動させる。

俺はため息にも似た感じで、ひと呼吸した。

みんなが駐車場から続々と出ていく。

俺はタバコを吸い終わってから出発しようと思っていた。

窓を開けてタバコの煙を吐き出す。

より大きく聞こえる排気音と排気ガスの匂いを感じながらタバコを吸う。

時々吹く風に寒さを感じたりしながら、俺は懐かしい景色をじっと見つめていた。


今でもすぐに思い出せる、まるで昨日のことのような高校生活の思い出。

過去を思い返すには時間が足りないくらい、たくさんのことがあった。


ただ外を見つめる俺に、のりちゃんは「灰こぼれるぞ」と声をかける。

俺の顔を覗き込んで、のりちゃんは少しにこっとした。

「何か変だぞ?」

俺はドキッとしながらも、一瞬だけ目を合わせて、すぐにまた外を見た。

「なんか、ちょっと雰囲気変わったな。前はもっとこう、なんつーか、わかりやすかったんだけど」

のりちゃんが俺にそう言った。

「まぁ、色々あって、月日も経って、変わらないってことはないんじゃないの?」

「なにそれ、わかんねー」

のりちゃんがケラケラ笑って、タバコを灰皿に突っ込んだ。

「何かに滝沢が悩んでる時っていっぱい見てきたと思ってたけど、しばらく会わないうちにちょっと大人っぽくなったよ。前はさ、もっとこう、目に見えるように悩んだり、怒ったりしてたもん。」

「悩んでるように見えるんなら悪かったな。そんなつもりはまったくない」

「じゃーなんなんだよぉ〜」

のりちゃんが足をバタバタさせる。

俺もタバコを灰皿に突っ込んで、車を動かした。

「ま、楽しもーぜ」

俺はのりちゃんに言った。


そして何より、俺自身に強く言い聞かせるように。

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