帰郷・揺れる心
こんにちは、羽沢将吾です。
自分の作品を読んで頂きましてありがとうございます。
本作はあらすじにも書きました通り、昨年開催された
「春エロス2008」への自分の参加作品
「アンダーエイジ・シスター」の続編になります。
もしまだ「アンダーエイジ・シスター」をお読みになっておられない方が居られましたら、
是非ともお読みになってから本作を楽しんで頂ければと思います。
それでは「アンダーエイジシスターII フラクタル・マインド」お楽しみ下さい!
「それじゃあ、またな」
俺の差し出した右手をぐっと握り締めた親友の満田が寂しげに言ってくれたのに
「ああ、本当にありがとう。また、遊びに来るよ。
お前も是非来てくれよ。なんにも無いけど良いトコだぜ」
と、左手を添えながら答える。
「ああ、お前が落ち着いたら行かせてもらうさ。それより気を付けて行けよ。
せっかく地元に帰るってのに、事故でも起こしたらお前の家族は泣いても泣き切れんぜ」
満田の心配そうな声を背に、俺は地元で車が必要になるからと
新車で買ったばかりのマツダ・デミオ1.3Cのドアを開け、ドライバーズシートへ滑り込んだ。
「それにしても、今時マニュアル車を買うなんて物好きだねぇ」
エンジンを掛け、ウインドウを開けると満田が苦笑しながら言ったので
「オートマは退屈だからな。俺の田舎なら渋滞なんざ全く無いし、峠も多いから楽しめるだろ。
それに、なんつったって安かったしな」
と不器用なウインクを返す。
「……じゃあ、な」「ああ」
俺の上げた手に、満田がパン!と音を立ててタッチする。
そして、俺は十年を過ごした東京を後にして、地元へと帰郷する為にデミオをスタートさせた。
俺が地元の高校を出て東京へ進学し、就職してから十年も経っちまった。
その間、様々な人達と出逢い、付き合い、そして別れた。
恋人と呼べる女性とも数回の別れを経験し、二年前からは高校時代の彼女で、
幼馴染でも有った工藤 沙紀と付かず離れずの微妙な関係を続けている。
沙紀は俺の実家の近所にある神社の娘で、高校卒業後は地元に残って
二十歳そこそこで結婚したが、男の子を一人生んだ後に出戻って来ている。
俺とは二年前、俺が数年振りに正月帰省した際に再会し、それ以来は連絡を取ったり
お互いに半年に一回ほど行き来して会っているのだが……
「雅人、沙紀ちゃんとの事はどうするの?」
今年の正月に帰省し、玄関を開けた俺にお袋がぶつけた第一声だ。
「は?どうずるって……なにを?」
玄関のドアを開けたまま、呆けた声で聞き返す俺に
「付き合ってるんでしょ?もうそろそろあんたも身を固めないと……」
ふう、と溜息を付きながらお袋が意味有りげな視線で俺を睨む。
「……まだなんも考えて無いよ」
俺はお袋の視線から目を反逸らし、不貞腐れたように答えた……
「どうするの、って言われてもなあ……」
関越自動車道を北へと飛ばしながら、俺は一つ溜息を付く。
沙紀のヤツが、なんとなく再婚したいオーラを出しているのは解っているし、
俺自身も沙紀ならバツ一だろうがコブ付きだろうが全く構わないんだ、が……
ふ、と俺の脳裏に愛らしい義姉の笑顔が過る。
「いやいや、彼女は兄貴の……」
俺はブツブツと呟きながら頭を振り、自分の不埒な考えを追い出そうと努力したが、
あの時、義姉さんを抱き締めた時の華奢な肉体を想い出し、
「うわああ!」
と絶叫しながらアクセルをワイドに開けてしまった。
今回、地元へUターンするのを決めたのは、一体なんの為なんだ……?
俺は自分自身の心が全く読めず、そのままアクセルを開け続けて追い越し車線を疾駆した。
「ふう、やっと着いたか……」
東京を出てから三時間半、古い街道筋の小さな街のインターチェンジで降りた俺は
高校時代に散々通った地方国道を走り、三ヶ月前の正月に帰省したばかりの実家へと辿り着いた。
実家の庭に車を停め、玄関を開けながら「ただいま」と声を掛けた瞬間。
「雅人さんお帰りなさーい!」
と元気な声を上げつつ、小柄な影が俺にムギュッと抱き付いて来た。
「わっ!た、ただいま義姉さん。良く俺が帰って来たの解ったね」
俺は、大きなクリクリした瞳で俺を見上げて満面の笑顔を浮べている、
俺よりも十歳近く年下の兄嫁に苦笑しながら聞いてみた。
「えへへ、そろそろ雅人さんが来るかな〜、って思ってたら車が入ってくる音がしたから、
ぜったい雅人さんだって思って待ってたの!お疲れ様でした!お茶入れるね」
俺の手荷物をひょい、と持ってとたとたと廊下を掛けて行く愛らしい後姿を見送りながら
玄関に座って靴を脱いでいると、義姉さんの軽やかな足音と入れ替わりに
ドタドタとした足音が近付いて来て
「おう、雅人。帰ったか」
と、笑みを含んだ声で舞奈さんの夫である兄貴が声を掛けて来た。
「ああ、ただいま。久し振り……つっても、正月に会ったばかりだけど」
靴を脱ぎ終わった俺が振リ向くと、がっしりとした筋肉質な体の兄貴がニヤリと微笑んでいる。
「ま、なにはともあれのんびり休めよ。沙紀ちゃんには今日帰るって言ってあるのか?」
「ああ、一息ついたら連絡するよ。もしかしたら、今日は沙紀の家にお呼ばれするかも」
俺の言葉に呆れたような表情を浮べた兄貴が
「なんだよ、せっかく今夜はご馳走にしようって舞奈が張り切ってたんだぜ?
三ヶ月ぶりで溜まってんのは解るが、明日に出来ないのか?」
と俺の胸を逞しい拳でドン、と突きながら言う。
「な、何言ってんだよ!そんなんじゃなくて……」
あたふたと慌てた俺を面白そうに見ていた兄貴だったが、
「そうだ!沙紀ちゃんと沙紀ちゃんの息子をウチに呼べば良いだろ?
沙紀ちゃんとこの雅紀は舞奈に懐いてるし」
と、なんとなく意地悪げな表情を浮べながら言って来た。
沙紀の息子の雅紀は、離婚した前夫との間の子で今年で七つになる。
雅紀という名前は沙紀がつけたもので、沙紀のお袋さんに拠れば俺の名を一文字取ったらしい。
かつて沙紀と二人で呑んだ時に、そんな名前付けられたんじゃあ前夫も堪らないよな……
と沙紀にからかい半分、非難半分で言った事があるのだが、
「あんたねえ、自惚れるのもいい加減にしなさいよ!
私はただ、雅、という字と響きが好きだったから付けただけなんだからね!」
と物凄くムキになりながらマジ切れされてしまい慌てたっけ。
「どうした、雅人?ボーっとして」
俺は、兄貴から掛かった不審そうな声に我に返り、
「いや、なんでもないよ。
そうだね、とりあえず沙紀と雅紀、それにおじさんとおばさんに聞いてみるよ」
と答えながら、靴を脱いで家に上がりこんだ。
「はい、雅人さん!熱いから気をつけてね」
まだまだ寒い実家の居間には、しっかりとコタツが作られたままになっていたので
もぐりこんでぬくぬくとしていた俺に、義姉さんがお茶を入れて差し出してくれた。
「ありがとう、義姉さん」
俺が礼を言いながら湯飲みを受け取ると、「えへへ、どうぞ」と可愛らしく照れ笑いしながら
おせんべいやミニようかんの入った菓子入れを俺の目の前に置いてくれる。
義姉さん、と呼ぶのにも呼ばれるのにもすっかり慣れた俺たちだが、
これから一つ屋根の下で暮らして行くと思うとなんだか面映いのも確かだ。
俺はお茶を飲みながら兄貴と舞奈さん相手にしばらくおしゃべりをした後、
俺の為に兄貴たちが空けてくれた、俺が高校時代まで使っていた部屋へと
とりあえずの荷物を運び込んで紐解き始めた。
「まあ、とにかく服と本の一部だけでも出しとかなきゃな」
俺が独り言をぶつぶつと呟きながら荷物の入ったダンボール箱を開けていると、
トントン、と部屋のドアを軽く叩く音がする。
「?はい?」
俺がノックに応えると、
「お邪魔しまぁす」
と、ニコニコと微笑を浮べた義姉さんがいそいそと部屋の中へと入って来た。
「どうしたの?」
俺が義姉さんに向って尋ねると、
「あのね、雅人さんのお手伝いをしようかと思って」
と、大きな瞳で上目遣いに俺を見詰めながら答える。
「ああ、ありがとう。でも、今日はとりあえず必要なモノを出すだけだから、
手伝ってくれなくても大丈夫だよ」
だが俺は、義姉さんの好意を嬉しく思いながら断った。
「え〜……でも、もう結構散らかってるじゃない」
俺の答えに、頬をぷっくりと膨らました義姉さんが不満げに呟くのに
「うん、でもホント大丈夫だから。
義姉さんも忙しいんだろ?もし俺に手伝える事が有ったら遠慮なく言ってよ」
と答える。
「もう!それじゃあべこべじゃない。
……でも、じゃあ後で夕食のお買い物に一緒に行って欲しいな。
旦那様は夕方から、施設に様子見に行くって言ってたから」
「ん、OK。じゃあ義姉さんの都合の良い時間になったら、呼びに来てよ」
俺は二つ返事で承知し、「うん、じゃあお願いね!」と嬉しそうに答えた義姉さんが
部屋から出て行くのを見送りつつ、初めて義姉さんと出逢った正月の事を思い出した。
義姉さんは、訳有って生みの両親とは離れ、養護施設で少女期を過ごして来た。
俺の兄貴は養護施設に勤めていた公務員で、不憫な彼女を可愛がり、
結果的に愛し合って夫婦となったのだ、が……
義姉さん……舞奈さんが中学生になる頃に、兄貴と舞奈さんの関係を邪推した
一部の職員により上司へと密告があり、一度施設から配置転換させられてしまった。
兄貴が施設を去った後、新たに赴任した職員は典型的な役人根性の持ち主で、
自分の仕事以上には一切入所している子供達と関わらかったばかりか、
後に入所してきた不良少年共の悪辣非道な所業も見て見ぬ振りを決め込み、
舞奈さんを始め入所していた少女達は奴等に暴行を受け、心と体に酷い傷を負わされてしまったのだ。
永遠に続くかと思われた非道だったが、久し振りに様子を見に行った兄貴により
鬼畜どもは叩きのめされ、舞奈さんは愛し合い始めていた兄貴の元に引き取られ、
十六歳になると同時に籍を入れて二人は夫婦となったのだ。
だが、心に深い傷を負った舞奈さんには、本来の姿であった大人しくも陽気な可愛らしい彼女と、
鬼畜共に暴行されていた時に自我を護る為に現れた、男に媚を売るかの様な妖艶とも言えるもう一人の彼女と言う
二つの人格が発現してしまい、俺自身も二年前に帰郷した時、翻弄されてしまった。
だがその後、彼女は戸惑いながらも夫である兄貴、そして親父とお袋に暖かく見守られる事により
徐々に心の傷が癒されて来て、最近は殆どもう一人の彼女が現れる事は無かったのだが……
俺は、俺が帰郷した事により、そして俺が同居する事によって再びもう一人の彼女が現れ易くなる事を懸念していた。
「出来るだけ早く、実家を出なきゃな」
せっかく舞奈さんの様子が落ち着いているってのに、かき乱す事はしたくない。
とりあえず、その為にも沙紀との関係をハッキリさせよう。
俺は、退職金の三分の一をつぎ込んで買った、ダイヤモンドの指輪の入った小さな箱を荷物から取り出して握り締めた。
「プロポーズ、か……」
今更そんな事をするのも気恥ずかしく、かなりの抵抗がある。が……
この抵抗感は、果たして気恥ずかしいだけだからなのか?
俺の脳裏を、少しキツイ瞳で微笑む沙紀の顔と優しげな愛らしい笑顔の舞奈さんの顔が交互に過る。
「俺は……」
我知らず呟いた俺の手の中で、指輪の入った箱が小さく軋んだ。