098 遺跡探索03――『ふふん。あらあら、どうしたものかしら』
「まだここに残っていたのかよ!」
ターケスは親の敵でも見るような目でこちらを見ている。それも当然だろう。だが、今、ターケスに関わっている暇はない。
「すまないが、あんたが教授か? 悪いが探していた」
俺はターケスを無視して眼鏡の前へと歩く。
眼鏡。俺がウォーミに行くついでに、と、レイクタウンからここまで護衛をした。素性は分からなかったが教授と呼ばれ、その依頼が、ウォーミのマスターと関わるほどなのだから、大物なのだろう。だが……牛乳瓶の底よりも分厚く大きな眼鏡を付け、まったく手入れをしていないぼさぼさの髪、男なのか女なのかも分からない声、砂漠の暑さを感じないのか着ぶくれした蓑虫のような服装――その姿の何処を見ても大物には見えない。
「僕も探していたんですよー」
眼鏡は緊張感のないのんびりとした口調で喋っている。
『ふふん。どうするつもりなのぉ?』
『俺は舐められるのが嫌いだ』
『ふーん。確かに。それは私も』
眼鏡が俺を探していた理由は分からないが、とりあえずこちらの用件を伝えよう。
「俺の方から先に言わせて欲しい。教授、あんたは、ウォーミのマスターに伝手があるのだろうか?」
俺は別にターケスから依頼を奪い取ろうと考えていた訳ではない。マスターに会えるほどの大きな依頼を出せるというのなら、そこからマスターに会えないかと思っただけだ。
「ええ。ありますよー」
「すまないが、俺をオフィスのマスターに会わせて欲しい」
俺の言葉を聞いた教授は、トレードマークのような眼鏡を人差し指で軽く持ち上げ、腕を組む。俺と教授がやり取りをしている間、ターケスは一言も喋らない。こちらを睨んでいるだけだ。自分が護衛の立場でしかないということを理解し、雇い主に迷惑をかけないよう『待て』をすることくらいは出来るようだ。
「分かりました。その代わり条件があります」
「言ってくれ」
条件があるのは当然だろう。無償で何かしてくれる奴ほど信じられない……と思うくらいには、俺だってこの世界に揉まれている。信じられるのはゲンじいさんくらいだろうか。そのゲンじいさんだって、俺に首輪を付けて、だからな。
「条件というのは、護衛の依頼を受けて欲しいってことですかねー」
教授の言葉を聞いたターケスが大きく目を見開き、そして、悔しそうな顔で俺の方を見る。だが、それでも口は開かなかった。
「そこにあんたのご立派な護衛がいるだろう。足りないのか?」
教授は首を横に振る。
「彼のクルマは一人乗りなんですよー。それって、砂漠の先にある遺跡に行くには厳しいと思いませんか?」
俺は肩を竦める。なるほど。足として俺のグラスホッパー号を使いたいという訳か。俺ならウォーミまでの護衛で一緒になった――グラスホッパー号の乗り心地も、腕も分かっているだろうからな。
「分かった。依頼を受けよう。だが、俺の方も条件を出して良いだろうか?」
「ここのオフィスのマスターに、ということなら了解ですよー」
俺は唇の端を持ち上げ小さく笑う。
「いや、それもだが、違う。遺跡までと遺跡探索中の食料を負担してくれないか? 悪いが、今、俺は――俺たちは金がない」
俺はもう一度肩を竦める。
「おい、賞金首を倒した賞金はどうした! もう使い切ったのか!」
さすがに聞かずにはいられなかったのか、ターケスが口を挟んでくる。答えてやる義理はないのだが……。
「システムに異常が見つかったとかで、まだ貰えていない。どうも、この世の中は俺に試練を与えるのが好きらしい」
思わずため息が出る。そんな俺をターケスは少し同情するような顔で見ていた。意外と悪い奴ではないのかもしれない――とでも言うと思ったか。原因はお前だろうが。
「それくらいなら分かりましたよー。ちょうどここはオフィスです。このまま依頼登録をしましょう」
俺は頷く。
その後、教授の金で食料と水を買い――そう、水だ。ウォーミでは貴重な水を買っている。それらをグラスホッパー号に載せる。教授は随分とお金持ちなようだ。それなら護衛の依頼料を弾んでくれても良さそうなものだが、よく分からないな。
「では、出発ですよー」
教授をグラスホッパー号に載せた荷物の山の中に放り込み、出発する。
単車に跨がったターケスは、俺の方を鋭い目で一瞥し、そのまま先頭へと単車を走らせる。
「道案内は俺が。ここは庭のようなものだからな!」
俺は肩を竦め、助手席にもたれかかる。
ターケスを先頭にして砂漠を走る。ターケスが庭と言ったのは嘘ではなかったようだ。ターケスは砂漠の中でも走りやすい道を、あまりビーストなどに出会わない道を選んでいるようだ。砂漠をシールド性能を使って無理矢理踏破した俺とは違う。この分なら、今日の夜には遺跡へと辿り着けそうだ。
『ふふん。私に文句を言いたいの? お前が?』
『別に』
俺は背もたれに体を倒したままため息を吐く。
『ふふん』
そこでセラフが思わせぶりな笑い声を響かせた。
『何があった?』
『この先に敵対反応。見えるでしょ』
俺の右目に周辺の地図と無数の――川のようになった赤い点が表示される。まだ距離はあるが、このまま進めば無数の敵の波に飲まれるのは間違いないだろう。
『ふふん。あらあら、どうしたものかしら』
『お前が呼んだのか?』
『まさか。私を疑うとか』
普段の行動を思えば疑って当然だろう。
「ターケス、この先に無数の敵だ。迂回した方がいい」
俺はターケスに向けて叫ぶ。ターケスが単車を止め、こちらへと振り返る。
「何を言っている! ここで無数の敵なんて見たことがない! 俺の邪魔をするつもりか」
俺は肩を竦める。まぁ、俺の言葉なんて聞かないよな。
「俺も同じ依頼を受けているのに邪魔してどうする。俺は面倒事を避けたいだけだ」
そこまで言っても納得出来ないのか、まだ何かを言おうとしたターケスを教授が止める。
「まぁまぁ、安全な旅は重要ですよー。別にー、回り道をしてみても良いでしょう? それなら敵が居たとしても、居なかったとしても安全に進めるでしょ」
「分かりました」
ターケスは教授の言葉に頷きながら、俺の方を見て舌打ちをする。
ホント、やれやれだな。




