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かみ続けて味のしないガム  作者: 無為無策の雪ノ葉
湖に沈んだガム

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095 賞金稼ぎ32――「文字は読めるよな?」

 俺は腰のベルトに差していたナイフを引き抜き、握る。シュガーに教えて貰った店で買ったナイフだ。手のひら程度の刃渡りを持った簡素なナイフだ。

 銃ではなくナイフを選んだ理由は――単純にウォーミの店に機械(マシーン)どもに通用しそうな銃器が置いていなかったからでしかない。

 取り出したナイフを投げ、左手に持ち直す。


 と、そこで足場になっているエイの巨体が揺れる。ターケスの単車(バイク)に搭載された主砲の一撃だろう。シールドの内側に入り込み、単車に取り付けたドリルをエイの体に刺し込み、固定する。


 そこからの一撃、か。


 先ほどまでのまったく効果を出せていなかった奴の銃撃とは違う。シールドの上からでも巨体をのけぞらせていたほどの攻撃だ。その一撃はエイの体に少なくないダメージを与えたようだ。だが、それほどの一撃だ。相手の目の前でその力を爆発させたターケスも無事では済まない。攻撃の余波で刺し込んでいたドリルが抜け、単車ごと吹き飛んでいた。


『もう一度、攻撃(アタック)をかけるのは難しいだろう』

『ふふん。そう?』

 あいつは奥の手だと叫んでいた暴力的な急加速で遙か上空へと飛び上がっていた。そんな自爆まがいの攻撃が何度も出来るとは思えない。


 だが、絶対に出来ないとは言えない。


 俺も急いだ方が良いだろう。


 揺れるエイの背中を歩く。背中は意外にもガサガサと荒れた肌をしており、滑り落ちる心配はしなくて良さそうだ。


 エイのひれに近い部分がパカりと開き、そこから何かが次々と射出される。弾の精製が終わったのか攻撃を再開したようだ。


「さて、通じてくれれば良いのだが」

 エイの眉間部分に到着したところで足を止める。


 通じる? 通じさせる、だな。マシーンには跳ね返されたこともある。だが、ビーストには――生身には通用した。今回もいけるはずだ。


 俺は右手に力を入れる。大きく爪を伸ばすことを意識して、右手をエイの眉間に叩きつける。

 百メートルクラスの巨体の眉間だ。そこが急所だとしてもちっぽけな俺の攻撃なんて届かないだろう。普通はそうだろう。


 だが、俺は自分の力を信じる。


 俺の一撃は貫く。きっと貫くはずだ。


『なんなの! 群体を制御でもしようとしているの、ふざけないで』

 頭の中にセラフの驚いたような声が響いているが、あえて無視する。


 今は、この一撃に集中を……。


 そして、貫く。気付けば、エイの眉間に螺旋を描くようにえぐり取られ穴が開いている。俺は右手を見る。元の――変わらない自分の右腕だ。だが、その一撃は確かに届いた。


 確かに命を奪った。


 俺の一撃で絶命したエイが浮力を失い、落下していく。エイの広げた体が空気に抵抗しているのか、それとも何か不思議な力を使っているのか、ゆっくりとした落下だ。

『セラフ、グラスホッパー号を』

『もう動かしてる! 私を誰だと思っているの!』

 このままでは落下したエイの巨体でグラスホッパー号が潰されてしまう。


 地上が迫る。


 百メートルクラスのエイの落下だ。落下の衝撃で周囲は大変なことになるだろう。それに乗っている俺も無事では済まないだろう。


 さて、どうしたものか。


 もう地上は目の前だ。


 次の瞬間、キラリと何かが光った。


 まさか。


 俺は慌てて後方へと飛び退く。落下中、さらに揺れている足場、と悪条件が重なり、思ったほど距離が取れない。


 そして、エイの顔面に光弾が刺さり、爆散させる。身を守るシールドがなくなり、絶命した状態では攻撃を防ぐことが出来なかったようだ。

 爆発の余波によって俺の体も吹き飛び、そのまま砂の地面に叩きつけられ、転がる。


 すぐに体勢を立て直し、起き上がる。自分の体の状態を確認する。怪我は……ない。地面が柔らかい砂地で助かった。もし、硬い床だったら今頃俺の体は酷いことになっていただろう。


『ふふん。面白いことを』

 セラフが何か呟いている。

『確かに面白いことをしてくれたな』

『ふん? そっちは任せたから』

 それだけ言うとセラフは静かになる。先ほどの一撃のことではないのか?


 まぁ、いいさ。


 俺は足元の砂埃を払い、先ほどの一撃が放たれた場所まで走る。


 そこに待っていたのはクロウズに囲まれ、称賛を浴びているターケスの姿だった。ターケスは俺の姿に気付いたのか、単車に跨がった姿のまま俺の方へ向き直る。


「遅かったな。この賞金首なら、今、俺が、俺の一撃が倒した! 俺の勝ちだ」

 ターケスは勝ち誇っている。周囲のクロウズたちもターケスを褒め称えている。


 なるほどな。


 俺は肩を竦める。俺の一撃は確かにエイを絶命させた。命を奪った確かな感触があった。


「死体に一撃を加えて討伐した気になっているのか?」

「負け惜しみを言うな! その手に持っているナイフでこの賞金首を倒したとでも言うつもりか?」

「そうだと言ったら?」

 俺の言葉にターケスが笑う。あざ笑う。そして、それに釣られるように周囲のクロウズたちからも笑いが生まれる。


 強いものが正しい。強いものに従う。


 なるほど、それは理解出来る。


 と、ターケスの元に集まっていたクロウズたちの中から声が上がる。

「いや、待てよ。ターケスの一撃の前からコイツは落ちてなかったか?」

 聞き覚えのある声だ。なるほど、なかなかしっかりと見ていたようだ。熟練のクロウズは違うな。


「おいおい、何言ってる。あんたらしくもない見間違いだな。あれは、こちらに攻撃するために高度を下げただけだろうさ」

「だから、ターケスの攻撃が届いたんだろうさ」

 クロウズたちは眉間部分が爆散したエイを指差している。頭の部分が吹き飛んでいることで俺の一撃が見えなくなっている。狙った訳ではないだろうが、全てがターケスの有利となるよう事が運んでいる。


 ターケスが唇の端を持ち上げ、ニヤリと笑う。

「まだ納得出来ないのか。いいだろう。そろそろオフィスの職員がやって来るだろうから、そこで証明するさ!」

 ターケスは腕を組み、ニヤニヤと笑っている。勝ち誇っている。


 俺は肩を竦め、小さく息を吐き出す。やれやれだ。そういえば、判定になった時はオフィスの職員がとちらの勝利か判断を下すのだったか。


 しばらく待っていると大型のクルマとともにオフィスの職員がやって来た。この集まったクロウズたちの送り迎えだろう。


 さて、どうなる。


 ターケスがやって来た職員にタグを見せる。

「俺が、そこの賞金首を倒した。確認してくれ」

 やって来たオフィスの職員がタグの前にボールペンのような棒をなぞらせると空中に文字が浮かび上がった。



 爆散無情のナパームマンタ 02:12


 どうやら討伐記録らしい。名前の横にあるのは討伐時間だろうか。

「おい、これで分かっただろ。俺が、これを倒した!」

 どういうことだ?


『ふふん。お前も見て貰えば?』

 随分と楽しそうなセラフの声が頭の中に響く。

『お前が何かやったのか?』

『ええ。随分と楽しいことをしてくれたようだから。ふふん、そのお返しをしたから』

 何かあったようだ。


「俺のタグも確認してくれ」

「おいおい、無駄だって分からないのか? 情けない奴だな。やっぱり、お前があのクルマを持つのは相応しくない!」

 ターケスはこちらを馬鹿にするような目で見ている。

「俺はそこのオフィス職員に言っている」


 オフィス職員はキョロキョロと周囲を見回し口を開く。

「しかし、このように結果が出た以上……」

 俺はまだ何か言葉を続けようとしている職員に殺気を送り威圧する。

「ひっ、わ、分かりました。一応、確認します」


 オフィスの職員が俺のもとにやって来る。先ほどのターケスの時と同じように俺のタグにボールペンをなぞらせる。


「え?」

 オフィスの職員の間抜けな声。



 爆散無情のナパームマンタ 02:08


 空中に文字が浮かび上がっている。


「ど、ど、どういうことだ!」

 ターケスが叫んでいる。表示されている時刻はターケスのものよりも早い。俺の方が先に倒したのが分かる時間だ。

「文字は読めるよな?」

「わ、分かったぞ。お前の一撃で一度、死にかけて、そして甦った。そして、俺が倒した。最終的に倒したのは俺だ!」

 ターケスがうろたえながらも叫んでいる。

「俺が倒したことは認めてくれたようだ。こういう場合はどうなるんだ?」

 俺はオフィスの職員を見る。


「え? いや、少々お待ちください」

 オフィスの職員が耳元に手を当て、何かブツブツと呟いている。そして、俺の方を見て頭を下げた。


 それにあわせるかのようにターケスの前に表示されていた文字が消えていく。

「お、おい! どういうことだ」

 オフィスの職員が頭を上げる。

「今、連絡がありました。この賞金首の討伐者はガムさんです」

 なるほど。


『セラフ、お前か』

『ふふん。感謝したら? こちらの端末に攻撃して情報を書き換えようとしている馬鹿がいたから、逆に辿って反撃してきたんだから』

 これは本当に感謝した方が良いだろう。セラフが居なければ、俺ははめられていた訳だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ターケスは集めたクロウズ達への支払いで破産するのでは?
[良い点] コンビネーションの勝利! [一言] 利害が一致した時のセラフはホント有能で有り難いですねー。 カウンターハッキングは浪漫。 あ、聞き覚えのある声の人は、やっぱ見る目があるなw
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