094 賞金稼ぎ31――『捉えたな』
俺の言葉に応えるようにグラスホッパー号が走る。次々と巻き起こる爆発を突き抜け走る。
『パンドラの残量がどんどん減っていくな』
『ふふん。イレギュラーでも起きない限りは問題無いから。それよりも、その少ない頭の容量を使って辿り着いた後のことを考えたら?』
『フラグを立てるようなことを言うか』
セラフの空気の読めない言葉に肩を竦める。これでイレギュラーな出来事が起こるようなら恨むぞ。
グラスホッパー号が暗闇の中、ヘッドライトを灯すことなく走り続ける。ヘッドライトに使うパンドラすら惜しい状況なのだろう。幸いにもひっきりなしに爆発が起こり、周囲を照らしてくれている。明りには困らない。
『夜間でなければ、これが昼間だったら、これが勝負でなかったら……たらればだが、もう少し楽に戦えただろう。オフィスは遺跡を守っているこの賞金首を倒させるつもりがあるのか? こちらが苦労するよう仕向けているとしか思えないな』
まるで失敗を望んでいるような……いや、考えすぎか。パンドラが回復しない夜間の戦闘になってしまったのはターケスの頭が悪かっただけだ。俺たちに倒させるつもりがないのなら、クロウズを集めてシールドを渡すようなことはしないだろう。
『ふふん。まだ近づかせたくないだけでしょ』
近づかせたくない? オフィスとしては、今の段階で俺たちクロウズが遺跡に入ると困るってことか。
『オフィスはこの依頼、失敗させたいのか。その割にはレイクタウンからクロウズを呼んでみたり、ターケスが有利になるようにしてみたり、随分とちぐはぐなことをしている』
『ふーん。確かにそうね』
セラフも把握出来ていないようだ。レイクタウンのオフィスは手中に収めたが、そちらにウォーミのオフィスの情報はあまり入ってきていないのかもしれない。
セラフとそんな会話を続けながらグラスホッパー号を走らせていると、突然、周囲の爆撃が止んだ。
「ふぅー、やっと弾切れだぜ」
「次が来るまで休憩、休憩だ!」
「次が来ても動けねぇよ」
青い盾を持って踏ん張っていたクロウズたちが地面に倒れるように座り込む。そして、そのままのんきにくつろいでいた。飯を食べ始めているような奴まで居る始末だ。
『どうやら今がチャンスのようだ』
『ふふん。言われなくても』
グラスホッパー号が加速する。残していたパンドラを使い尽くすかのように走る。そして、見えてくる。
『捉えたな』
『ふふん』
ライトを光らせて走るターケスの単車が見えてきた。
「追いついてきただと!」
こちらに気付いたターケスが間抜け面で叫んでいる。
「最短距離で走ってきたからな」
『お前が、それを自慢するのぉ?』
頭の中に響くセラフの突っ込みは無視する。
ターケスの単車とぶつかり合い、併走しながら走り続け、そしてそれも見えてくる。
巨大なエイだ。巨大なエイが夜の闇の中、ほんのりと体を光らせ宙に浮いている。空を飛んでいる。まるで空飛ぶ要塞だ。雲よりは低い高さを飛んでいるようだが、それでも攻撃を届かせるのは難しいだろう高度を飛んでいる。
「百メートルクラスの巨体だと! 賞金首になるだけはある!」
ターケスが叫び、額に上げていたゴーグルをおろす。その動きに連動するよう単車の荷台に繋げられた銃身がエイに射角をあわせていく。そして、次の瞬間には長く伸びた銃身から光が発せられていた。
こちらの視界を奪うほどの光と共に発射された弾丸が空を飛ぶエイにぶち当たり、その巨体をのけぞらせる。
攻撃を受けこちらに気付いたエイが大きな音で吼える。鼓膜が破れそうな音量に思わず耳を塞ぐ。その間にもターケスの単車から光の弾丸が放たれていた。
しかし、その弾丸はエイに当たる前に見えない壁によって弾かれている。
「シールドだと!」
ターケスが叫ぶ。
こちらにはターケスの単車のようなロングレンジの武器がない。機銃も火炎放射器もどれも近距離がメインの武器だ。
俺たちはターケスが頑張っている間に近寄らせて貰うとしよう。
「シールド持ちを倒す方法は! シールドの無い場所を狙うか、シールドの内側に入り込んで攻撃するかだ! これが! 俺が先輩から習ったことだ!」
ターケスは自分の言葉に酔いしれ、陶酔し、叫んでいる。まるで自分がこの場の主役だと言っているかのようだ。物語の主人公にでもなったつもりなのだろう。
「そして、これが俺の奥の手だ!」
ターケスの叫びとともに単車がさらに加速する。暴力的な加速によって一気にエイまで距離を詰め――そして単車が飛んだ。
単車のカウルに取り付けられたドリルがエイに突き刺さる。シールドの内側からの一撃はエイにも防げなかったようだ。
だが、大きさが違い過ぎる。百メートルクラスの馬鹿でかいエイに小さなドリルが刺さったからなんだというのだろうか。
エイはその一撃をものともしていない。気にせずターケスの単車が刺さったままゆらゆらと動いている。ターケスが慌てて荷台の銃と手に持った銃で攻撃を繰り返していた。だが、どれも効いていない。
『大きいというのはそれだけで厄介だな。セラフ、俺たちも行くぞ』
『どうやって?』
頭の中にセラフの呆れたような声が響く。
エイは空に居る。攻撃は届きそうに無い。砂の丘を利用して跳び上がるにしてもターケスの単車のような暴力的な加速が出来ないグラスホッパー号では空を飛んでいるエイまで届かせるのは難しいだろう。
いや、待てよ。
砂漠を走っている時、砂に足が取られないようにシールドを張りながら走っていた。そのシールドを使って、グラスホッパー号を打ち上げることは出来ないだろうか。
『セラフ』
『ふん。出来るから』
セラフの呟くような声とともにグラスホッパー号が加速する。そして跳ぶ。さらに下方へと発生させたシールドによって打ち上がる。だが、それでも足りない。
エイの高さには届かない。
『セラフ、俺を』
『はいはい』
飛び上がっているグラスホッパー号には恐ろしいほどの圧がかかっている。だが、俺も、セラフの人形も、その圧をものともしない。
セラフの人形が手を組む。そこに足をかけ、俺は飛び上がる。ロケットの打ち上げと同じように多段式の打ち上げによって高度を稼ぐ。
そして、俺はエイに取り付く。
エイの巨体からしたら俺はノミみたいなものだろう。そこら辺に刺さっているターケスと同じだ。俺の――俺程度のサイズの攻撃なんて普通はエイに通用しないだろう。
だがっ!




