092 賞金稼ぎ29――『シールドか』
俺は外に止めていたグラスホッパー号に手をかけ助手席へと飛び乗ろうとし、そこで手を止め周囲を見回す。
予想通り、か。
『はぁ? 何?』
『静かだと思っただけだ。このウォーミにどれくらいの数のクロウズが居るだろうか。レイクタウンよりは少ないかもしれないな』
『突然、何を言い出すかと思えば……』
『少ないかもしれないが、それでもまったく見かけないのはどういうことだろうな。オフィスには俺とターケスの姿しか見えなかった。昨日はそれでもちらほらとクローズたちの姿が見えたのにな。外にも、武装した……クロウズらしき連中の姿が見えない』
『ふーん』
セラフはあまりピンとこないのか、それとも興味が無いのか気のない返事をしている。『ここのオフィスには俺がレイクタウンで試験を受けた時に運んでくれたトラックのように――乗り物があると思うか?』
『そりゃあ、あるでしょ』
セラフの返事は軽い。俺はグラスホッパー号の助手席に飛び乗り、肩を竦める。
『ウォーミのクロウズ全員が動いているとは思いたくないが、最悪を想定しておくべきか。どうもここのオフィスは俺を随分と嫌っているらしい』
『ふふん。分かりきったことでしょ』
セラフがグラスホッパー号を動かす。
とりあえずは全てが終わっていないことを祈ろうか。昨日の今日なら、まだ猶予はあるはずだ。さすがにそれよりも前から準備していたとは思えない。
グラスホッパー号が砂漠を疾走する。こちらにはセラフの用意した地図がある。セラフが意図的に俺を迷わせようとしない限りは遺跡への道で迷うことは無いだろう。
『はぁ? 利害関係が一致しているから大目に見ているだけなのに! 私を疑うとか!』
『この砂地の上に残った一本の線がヤツのクルマのタイヤ痕か』
随分と離されてしまっているようだ。もしかするとターケスのクルマはスピードに特化したモデルなのかもしれない。
砂漠を走り続け、気になったことが二つある。
一つは俺たちの進路上に奴のタイヤ跡が残っていることだ。セラフのナビゲーションで最短ルートを通っているはずなのに、その俺たちと同じルートを奴が通っている。
もしかすると奴には俺と同じように優秀な道案内がついているのかもしれない。
『はぁ? 一緒にして欲しくないんだけど』
『自分の方が優秀だと思っているなら、その力を見せても良いだろう』
もっと早く走れ。
『はぁ!? 何それ! 馬鹿のくせに私を馬鹿にしているの』
こういうところだよな。
そして、もう一つの気になるところだが、それは砂漠という砂まみれの場所なのにグラスホッパー号が足を取られることなく動いていることだ。クルマという砂と相性の悪い機械の塊が、それをものともせず走っている。
『セラフ、何かしているのか?』
『ふふん、当然でしょ』
当然、か。
俺は振り返り、グラスホッパー号が砂の上に描いたタイヤ痕を確認する。
デコボコとしたゴムタイヤの溝とお揃いの形ではなく、真っ直ぐな線がタイヤ痕として残っている。
まさか。
俺はパンドラの減り具合を確認する。普段走らせている時よりもパンドラの減りが早い気がする。
つまり……、
『シールドか』
『正解。ふふん、よく気付いたじゃない。シールドでタイヤの代わりにしているから、タイヤが傷つくことはないから。もしパンクしたとしてもそのまま走り続けることも出来るくらいだから』
セラフはいつものように得意気だ。褒めて欲しいのだろうか。
……シールドにこんな使い方があったとは思わなかった。だが、その分、パンドラの消費は増えてしまっている。パンドラが充填される日中なら問題ないが、夜間は消費を気にした方が良いかもしれない。そこはセラフに任せれば大丈夫か。いくらセラフでも自分が困ることはやらないはずだ。
そして、それはグラスホッパー号が砂漠を走り続け、陽が落ち、暗闇に包まれたところで聞こえてきた。
「シールド展開! 道を作れ!」
声の聞こえた場所に次々と爆発の光が花開く。
『もう始まっていたか』
『ええ。予想通りじゃない』
俺は肩を竦める。
『だが、間に合った』
連中はまだ賞金首を倒していない。俺は間に合った。
「シールド部隊、耐えろ! もう一撃来るぞ!」
戦いは始まっている。ここからでは、まだ敵の姿を見ることは出来ないが、攻撃だけは次々と飛んできている。
クロウズの連中が戦っている。
戦いを見守っていると、俺と同じように離れた場所で戦いを見ている奴が居ることに気付いた。セラフに頼み、グラスホッパー号を近付ける。
「よぉ、早く出た割りには足踏みをしているようだな。お友達が賞金首を倒すのを待っているのか?」
そこに居たのはカウルのついたレーサータイプの単車に跨がったターケスだった。
「卑怯だとでも言いに来たのか? 今、攻撃を誘導しているのは団員だ。仲間を使って何が悪い」
「確かに別に何も悪くないさ」
俺は改めてターケスが跨がった単車を見る。荷台部分には、人と同じ背丈くらいの――随分と長い砲身を持った機銃が乗っかっている。カウルにくっついた単眼のライトの下には鋭い螺旋を描くドリルが伸びていた。
砂漠を走るには向かない、恐ろしく攻撃的な単車だ。
「だが、今、戦っているのは全部が全部、お前の団員という訳じゃないよな?」
「何が言いたい? 皆、今回の話を聞いて、俺のために力を貸してくれた。俺は自分の団の団員ではなかったとしても差別しない。それは同じウォーミのクロウズとして俺に力を貸してくれた仲間だと思っているからだ!」
このターケスが団を持っていたことは驚きだが、今はそこはどうでも良い。戦っている連中もオフィスに強制されたか、報酬目当てに力を貸しているだけだろう。
俺よりも一日のアドバンテージがあって、オフィスからの協力でクロウズを動員出来て、それでも倒せない、か。なるほどな。
相手は俺が思っているよりも危険な賞金首のようだ。




