091 賞金稼ぎ28――『セラフ、そういうことらしい』
シュガーが紹介してくれた宿に向かう。グラスホッパー号の助手席でそのまま眠っても良かったが、せっかくだからゆっくり体を休めるのも悪くないだろう。体が錆び付きそうな気分になる不快な砂埃を気にしなくて良いだけでも大違いだ。
『しかし、ミルクの値段には驚かされた。安易におごると言わなければ良かった』
『ふふん。お金が無いなら稼げば良いだけでしょ』
確かにその通りだ。セラフにしては真理を突いた言葉だ。だが……。
『レイクタウンからここまでの護衛の報酬が三百コイル、なのにミルク一杯が五百コイルだと。赤字だ。大赤字だろう?』
熟練のクロウズなら五百コイル程度、たったと言えるのだろうが、まだ稼ぎ始めたばかりの俺には少しキツい出費だ。
『それこそ稼げばぁ? 馬鹿なの?』
『オフィスで依頼を受けようにも勝負が終わってからと言われてしまったから困っている』
『それで、だから宿に泊まるの? 馬鹿でしょ』
『人には休息と食事が必要だから仕方ないだろう』
セラフと馬鹿話をしている間に宿が見えてきた。
「日陰、日陰あるよー。まっさらな日陰だよ」
宿の前で行っている呼び込みの声が聞こえてきたが、その言葉には嫌な予感しかない。
「ここは宿か?」
グラスホッパー号を宿の前で止め、その呼び込みの男に声をかける。
「ああ。あんた、宿泊か? まだまだ建物の形が残っているだろ? しっかり休めるぜ。一泊、下は五十から、上の部屋なら百だぜ」
料金的にはそこまで高くない。シュガーにはとにかく安い宿を教えてくれと頼んだが、注文通りの場所のようだ。
「それで違いは?」
「下でもちゃんと日陰付きだ。床はひんやり、夜は星空が見えるぜ。上は個室、エアコンとタオル付きだ。ただし、エアコンの使用には一時間百コイルが必要になる。後は……そうだな、ここは高級店みたいにカプセルは用意してねぇが、そういう宿だと理解ってくれ」
「食事は?」
「ここでは出してねぇ。必要なら少し手間賃を貰うが出前だな。食べに行くならそこの通りを進んだ先に店がある。で、どうするんだ?」
「上の個室で頼む」
「部屋代は先払いだ。市民IDか残高のあるタグを頼むぜ」
俺は助手席から少し乗り出し、男にクロウズのタグを見せる。呼び込みの男が懐からボールペンのような棒を取りだし、それをタグに近付ける。
「まいど。クルマ持ちだからそうだと思ったが、あんたクロウズか。クルマはそこの日陰に置いとくといいぜ。あんたの部屋から見える位置だ。クロウズのクルマに手を出す馬鹿はいないと思うが、一応、な」
「そうか。助かる」
クルマを止め、男から部屋の鍵を受け取り、中に入る。昼食は武器を探した時に取った。晩ご飯は出前でも良いだろう。
個室に備え付けられた石のようなベッドに寝転がる。
あのターケスという名前のクロウズとの勝負が終わるまでオフィスで依頼を受けることは出来ない。その勝負の内容も明日、か。こちらの行動を決められ、制限され、面白くないが……仕方ない。
そう、仕方がないだろう。
次の日の朝、何が起きても良いよう準備をしてオフィスに向かう。
オフィスの窓口では昨日と同じ受付の女とこちらを睨んでいるターケスが待っていた。
「朝から随分と早いな」
「お前とは違って俺は真面目に仕事をしている」
こちらを挑発するようなターケスの言葉に俺は肩を竦める。
「それで勝負の内容は決まったのか?」
窓口の女が頷く。
「はい。南東で新しい遺跡が見つかったことはご存じでしょうか?」
俺は首を横に振る。
「そこを守るように現れたビーストが問題になっています。以前、ここで活躍していたクロウズが打倒したビーストと同系統、レールガンマンタの変異種とみられます。その討伐にはクルマが必須になるでしょう」
クルマが必要という言葉を聞き、俺はターケスの方を見る。俺の視線の意味に気付いたのかターケスはこちらを馬鹿にするような笑みを浮かべる。
つまり、こいつもクルマ持ちということだ。
「それで?」
「その賞金首レールガンマンタの変異種をどちらが先に倒すかが勝負の内容になります。この勝負は、このウォーミのオフィスが見届けるので安心して臨んでください」
賞金首をどちらが先に倒すか競うとは、賞金稼ぎらしい勝負の方法だ。
にしても、クルマが必要、か。
「もしかして、この依頼はレイクタウンにまで話が来ていたものか?」
「はい、その通りです。新しい遺跡の探索は重要な案件です。早期解決のため、レイクタウンのクルマ持ちにも話を回しています」
あっていたか。
「勝負の方法、内容は分かった。だが、一つ聞いて良いか?」
「ええ、どうぞ。なんでも聞いてください」
窓口の女が作ったような顔で微笑み、頷く。
「おい、お前はなんでもかんでも聞かないと勝負も出来ないのか! 不安ならクルマを捨てて勝負から逃げるんだな。そうすれば命だけは取らないでやる」
喚いているターケスを無視して窓口の女に話しかける。
「俺とこれ以外に依頼を受けている者は? 俺とこれ以外の者が倒した時は勝負はどうなる?」
「この依頼は、今、この瞬間に発行されるものになります。当然、お二人以外に依頼を受けた方はいません。お二人以外が賞金首を倒した場合については、そこまでの戦いでの貢献度をオフィスが判断し、判定を下します」
「なるほど、分かった」
「良かったな。オフィスは公平だ。俺が倒すから判定になることはないけどな」
俺はターケスを無視する。こちらを挑発しているのだろうが、内容が低レベル過ぎる。単純に何も考えていないのだろう。
「他に質問はありますか?」
俺は首を横に振り、肩を竦める。
良く分かった。判定で勝負を決める? オフィスが公平?
そんなことがある訳ないだろう。
判定になれば俺は負けるということが良く分かった。そして、俺とこの馬鹿、二人共が失敗する可能性をオフィスが考えていないということも分かった。
「遺跡は南東にあります。ここ、ウォーミから南下して爆心地の残滓が見えてきたら東に向かってください。ここから南東に向かい断崖沿いに南下しても辿り着けるでしょう。クルマなら一日もかからないはずです」
「分かったぜ、カスミさん」
ターケスが頷き、走り出す。
「勝負は始まりました。ガムさんも急いで現場に向かってください」
俺は肩を竦め、外のグラスホッパー号へ向かう。
『セラフ、そういうことらしい』
『ふふん、そういうことね』
まったく、こちらが不利になるよう仕組まれたとしか思えない内容だ。
やれやれだ。




