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かみ続けて味のしないガム  作者: 無為無策の雪ノ葉
湖に沈んだガム

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090 賞金稼ぎ27――「俺はミルクで」

「よぉ、災難だったな。一杯、おごらせてくれ」

 誰かの声に振り返る。そこに立っていたのは見知らぬ男だった。


 その油断ならない立ち姿、肩から下げている使い古した二連式散弾銃といい、熟練のクロウズに見える。あの若いクロウズの男が捨て台詞のような良く分からない言葉を残して去って行った後もオフィスにとどまっていたことで目を付けられたのかもしれない。


「あんたは?」

「おう。そこが酒場になってる。お互いの自己紹介も兼ねて一杯やらないか」

 歴戦の勇士らしき男が厳つい顔に笑顔を浮かべ、奥のテーブルを指し示す。俺は軽く肩を竦め、男の後に着いていく。


 男とテーブル席に座ると、そこに頭がお盆になったタイヤ付きの柱のような機械が走ってきた。

「俺はユーベットで、あんたは?」

 ユーベット? 飲み物の種類だろうか。にしても機械が注文を取りに来るとは、こういうところだけは近未来的というか、いや、機械と敵対しているはずなのに機械を使っている矛盾に苦笑するべきか。

「俺はミルクで」

「み、ミルクかよ……」

 厳つい男が少しだけ眉を引きつらせる。

「不味かったか?」

 どうにも今の少年のような自分の姿だと侮られることが多い。それを逆手にとって子どもらしくミルクを頼んでみたが正解だったようだ。


「い、いや、分かった。問題ねぇ、問題なしさ! よし、ミルクをおごるさ」

 しばらく待っていると先ほどと同じ機械が頭に乗せたお盆に飲み物を載せてやって来た。

「これ、支払いはどうなっている?」

 白い液体(ミルク)が入ったグラスを受け取る。男も酒が入ったと思われるグラスを取っている。男がお金(コイル)を支払っている様子は無い。

 どうなっている?

 ここのルールを知らず油断すればお金を毟られるだけになるかもしれない。それはそれで勉強代として構わないのだが。


「あんた、このシステムは初めてか」

「ああ。レイクタウンの方から来たが、向こうでは見なかったな」

「レイクタウンの方がこっちより都会だろうに、無いのか。俺たちクロウズはタグを持っているだろう? タグからの自動引き落としさ。残高がなければ自動的にツケにしてくれる便利ものさ。まぁ、オフィスからお金なんて借りようものなら冗談抜きで内臓から何から奪われることになるだろうけどな!」

 男は楽しいことでも喋ったと言わんばかりに大きな声で笑う。時間が時間だからか、俺たちの他には客の姿が見えず、男の大声が咎められることはないようだ。


「と、まずは乾杯しようぜ」

 男が酒の入ったグラスを高く持ち上げる。俺もそれにならいミルクの入ったグラスを持ち上げる。

「何に乾杯する?」

「今日の出会いに。今日を生きる糧となる一杯に乾杯さ」

 男が笑う。


「俺はシュガー、このウォーミでそこそこのクロウズをやっている。あんたは……言いたくなければ無理に聞かないさ。クロウズをやっていれば色々あるだろうからな。詮索するのは空気の読めない奴だけさ」

 男が厳つい顔で片目を閉じ、笑う。さっきの馬鹿のことを言いたいのだろう。

「いや、隠すことでもない。俺はガム。今はレイクタウン中心で仕事をしていた……が、そこの依頼でこっちに来たところさ」

「そうだったのか。それでいきなりアレは……災難だったな」

 シュガーと名乗った男がグラスに入った酒を一気に飲み、追加で同じ物を注文する。


 俺は男の言葉に目を細める。

「シュガー、あんたは俺を子どもだと侮らないのか?」

「ガム、あんたをか! そんな、見た目で判断するような馬鹿は駆け出しでもいないさ! その若さでクルマを持っている。それだけで充分、警戒しなくちゃあならねえさ。それともあんた、若返りを、いや、全身サイバー化しているのか?」

 俺は肩を竦め、首を横に振る。

「それと……まぁ、腹を割るってことで言っておくか。ガム、あんた、俺が一杯奢るって言った時に外の連れを呼びに行かなかったよな? 相談にも行かなかった。つまり、あんたが上で外の連れが下だ。そんな立場を持てる奴を相手にして油断できるわけがねえさ」

 男が新しく受け取ったグラスを傾け、油断ならない目で俺を見る。


 ……。


『セラフの人形に関しては単純に忘れていただけなんだが』

『はぁ!?』

『いや、お前の本体はこっちだろう。あれは人形でしかないからな。しかし、今回は良いように勘違いして貰えたが、少しは気にした方が良かったか』

『ふーん』

 少し不満そうなセラフを無視して俺は目の前の男に集中する。


「それで……」

 俺が言葉を発しようとするのをシュガーが止める。

「言いたいことは分かるさ。なんで、俺があんたを誘ったのか、ってことだろう?」

 俺が頷くとシュガーは肩を竦めた。

「言い訳させて欲しかったのさ。腕の立つクロウズは貴重だ。それをさっきの(あいつ)のような馬鹿げた行動で敵に回すのは不味い。要は、俺は……俺たちはあんたと仲良くなりたい。ごまをすりたいってワケさ」

 シュガーが笑い、一気に酒を飲む。


『ふーん。嘘は言っていないようだけど』

『そんなことも分かるのか』

『当然でしょ。人の発汗や眼球の運動、微弱な振動や信号……人が嘘を吐いているかどうかなんて簡単に分かるから』

 セラフは得意気だ。もしかすると褒めて欲しいのかもしれない。褒めて欲しがる人工知能とは何なのだろうか。


「分かった。シュガー、あんたはまともなようだ。だが、分からないな。あんたのようなまともなクロウズが居て、何故、あんなのがのさばる?」

 シュガーが困ったように顔をしかめ、肩を竦める。

「なんだかんだで、力が全てなのさ。あんな奴でも、このウォーミで一番のクロウズなのさ」

「あれが、か?」

「あれが、だ。オフィスもあいつを優遇しているからな。お手上げさ」

 シュガーは困ったように顔をしかめ、両手を挙げる。

「分からないな」

「ああ、俺も分からないさ。ガレット……あの兄妹が居た頃はまだマシだったんだがな。抑える者が居なくなればすぐに秩序は崩壊する。せめてナイトガイの旦那でもいれば……」

 酔っ払ってきたのかシュガーはブツブツと呟きながらグラスを揺らしている。


「あんたがトップに立って引っ張れないのか?」

「俺じゃあ無理さ。力が全ての世の中で弱い奴に誰が従う」

「苦労が絶えないようだな。ところで、あんたは俺があのクルマを持っていることについてどう思っているんだ?」

 シュガーは唇を少しだけ歪め、力なく笑う。

「オフィスが認めている。それ以上の何がある?」

 俺はシュガーの言葉聞き、肩を竦める。その通りだ。


 一杯おごって貰うという話だったが、シュガーの愚痴に付き合わされただけのようだ。


「ところで、ガム、俺からも良いか?」

「なんだ?」

「ミルクがぬるくなるぞ。高級な飲み物なんだぜ。俺も奮発したんだから冷たいうちに飲んでくれよ」

 俺は時間が経ち無数の水滴を付けたグラスを見る。中のミルクは波打つことなく静かなままだ。改めてシュガーの顔を見る。


「おいおい、知らずに頼んだのかよ!」

「ああ、知らなかった。高かったのか」

「ここで一番高いのは綺麗な水だ。次にミルク、俺が飲んでいる麦の蒸留酒なんて水代わりに仕方なく飲むようなシロモノさ!」

「そうだったのか。俺みたいなガキに酒は不味いだろうと思って、アルコールの入っていない物を頼んだだけだったが悪かったな」

「あんたみたいなガキが居るかよ!」

 俺は肩を竦め、改めて高級なミルクを飲む。普通のミルクだった。スーパーで一パック二百円もしないような普通のミルクの味だった。


『スーパーって何?』

『黙ってろ』

 まだ何か言いたそうなセラフの言葉を遮る。


「ところで、シュガー、もう一つ聞いても良いか?」

「あ、なんだ?」

「ここら辺で武器を扱っているところはあるだろうか?」

「ここにも一応あるが、レイクタウンの方が品揃えは良かったんじゃねえのか?」

 シュガーは少しだけ酔いがさめたような顔で俺を見る。

「ああ。そうかもしれない。だが、俺は見ての通り丸腰なんだよ。さっきの奴との勝負を受けるなら武器が必要になるだろう?」

 俺の言葉を聞いたシュガーは完全に酔いがさめた顔でぽかーんとこちらを見、そして顔に手を当てて笑い始めた。


「ガム、あんたは俺が想像していた何倍も大物だったようだ。あんたと知り合えて良かったぜ」

「ああ。俺もさっきの奴に会っただけだったら、ここを勘違いしていた。シュガーと出会えて良かった」

 俺はシュガーが突き出してきたグラスにミルクの入ったグラスをぶつける。


「シュガー、次の一杯は俺におごらせてくれ」

「そうか。じゃあ、俺もミルクを貰おうか。飲んだことがなかったんだよ」

「ああ、そうしてくれ」

2020年12月13日誤字修正 言語道断です。

警戒しきゃあならねえさ → 警戒しなくちゃあならねえさ

傲る → 奢る

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミルクなんておこちゃま!ていう反応かと思いきや、高級品だったんだぜ!
[一言] きれいな水>ミルク>蒸留酒>醸造酒>きたない水かな。 きれいな水が貴重なところではそんなもんかなあ。
[良い点] (そこそこ貴重な)マトモな出会いに乾杯! [一言] 地域トップがあんなんだとは世も末だぜー。 まあでも、さすがに勝算てか自負があって突っかかってきてたわけか。 セラフはお子さまだから褒め…
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