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かみ続けて味のしないガム  作者: 無為無策の雪ノ葉
湖に沈んだガム

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089 賞金稼ぎ26――「そ、その話に、俺になんのメリットがある?」

「それで?」

 俺が聞き返すと若いクロウズの男は顔を真っ赤にして怒り始めた。

「それで、だと! この盗人が!」

 興奮して怒った相手を見るとこちらは冷静になると言ったのは誰だっただろう。まさにその通りだ。相手の理不尽な言葉を聞けば聞くほど心が冷めていく。


「言っている意味が分からないのか? 俺は『それで』と聞いている」

「開き直る気か!」

 俺の態度が気にくわないのか男はさらに怒り出す。


『なるほどな』

『何がなるほどよ』


 俺は大きく呆れるように息を吐き出す。

「お前は何が言いたい。どうして欲しいんだ?」

 怒っている男がその怒りを少しだけ静め、こちらを馬鹿にするように睨み付ける。

「分からないのか! 盗んだものを返せ。あるべき場所に返せ!」

 ある意味予想通りの返答に俺は肩を竦める。


「返せ? あるべき場所とは何処だ?」

「二人に、だ! このウォーミで一番のクロウズの二人、スティールハートのガレット、バードアイのガロウの兄妹だ」

 兄妹、か。俺の意識が朦朧としていた時に出会った二人のことだろう。あの時、二人が俺を助けてくれたことはなんとなく覚えている。


「その二人なら……」

「ああ、今、このウォーミには居ない。だが、必ず戻って来るはずだ。だから、それまでクルマは二人の仲間に預けておくべきだ」

「それは誰のことだ?」

「それも知らないのか! このウォーミで唯一のヨロイ持ちのあの人を!」

「知らないな。そいつは何処に居る?」

「い、今、ここには居ない。だが、必ず戻って来る。だから、それまで俺が預かる!」

「話にならないな」

 本当に話にならない。


『グラスホッパー号の元々の持ち主だった二人は居ない。その仲間も居ない。それでその三人との関係性も分からない見ず知らずのクロウズが預かる? 馬鹿げた話だ』

『ふふん。その三人なら死んでるでしょ。生き残っているとは思えないから』

 死んでいる、か。俺はあの戦いで生き残ったが、俺はその戦い自体を見ていない。セラフのみが見ていた。

『そうだな。そうかもしれない。にしても、いきなり絡まれるとは……』

『ふん。私の力をアテにしているなら無駄だから。この場所の端末はまだ支配下にないから』

『あてにはしていない』


 セラフの考えは分かる。オフィスに来てすぐに絡まれたんだ。俺も最初は、ここのオフィスのマスターがパンドラを狙って仕掛けたのかと思った。

『間違いなくそうでしょ』

『いや、違うだろう。コイツはやり方が馬鹿すぎる』

『そう?』

『そうだ』

 人の話を聞かず、何も考えようともせず、感情のみで話している。自分の行動が正しいと、許されると信じて行動している。

『そんな人の感情的で馬鹿げた行動まで計算出来るなら、ここのマスターは恐ろしい奴だろう』

『ふーん。なるほど』

 意外にもセラフはすんなりと納得していた。


「おい、聞いているのか! お前はクルマを……」

「待て」

 俺は威圧するように強く睨み付け、男の言葉を遮る。俺の圧に押されたからか、男がうっと少しだけ呻き一歩下がる。

「俺はお前が何者かを知らない。あの二人との関係も知らない。だが、それはどうでも良いだろう。お前が言っている兄妹というのは俺の命を救ってくれた恩人のことだろう、ということは分かる」

「だったら……」

 少し怯えたような男がもごもごと口を開く。

「俺は待てと言った。それがお前になんの関係がある? 俺はクロウズだ」

 握り拳を作り、何か言いたそうな男にクロウズのタグを見せる。

「俺のグラスホッパー号はオフィスに正式に認められた俺のクルマだ。それでもまだ何かケチをつけるのか?」

 この男はただ認められないという感情で喋っているに過ぎない。正当性も何も無い馬鹿げた行動だ。


『ふーん。優しいんだぁ』

『何が言いたい?』

『問答無用でねじ伏せるんじゃないのぉ?』

『クロウズ同士での争いは禁止だろう。クロウズになる前ならともかく、今は大人しくするさ。このウォーミのオフィスに来たばかりだしな』

 俺は肩を竦める。


「こんな子どもが……? 外の……」

 男はブツブツと呟いている。俺を子ども扱い、か。この男だって俺と殆ど変わらないような年齢だろうにな。

「話は終わりだ。もういいな」

「待て、お前の言葉だけでは信用出来ない。窓口で証明しろ」

 男はさらにそんなことを言いだした。


 なるほど、俺は甘く見ていたようだ。何も考えず感情で行動するような輩だ。一筋縄ではいかないようだ。


「おい、早くしろ。やはり嘘だったのか!」

 俺がコイツを納得させるためだけにわざわざ窓口まで行って証明してやる義理はない。だが、それをコイツは分からないだろう。理解しないだろう。


 俺の正当性が証明されたとしてもこの手の輩が反省することも謝罪することもないだろう。自分の自己満足のために相手を貶め、束縛したということを理解することはないだろう。


 だが、いいだろう。


 今回は乗ってやる。


 俺はオフィスの窓口に向かい、その窓口の女性の前にクロウズのタグを乗せる。

「外のクルマが俺のものだと証明して欲しい」

「カスミさん! コイツが、コイツがクルマを奪ったんです。仲の良かったカスミさんなら……」

 カスミと呼ばれた窓口の女が俺のタグを確認し、首を横に振る。


「この方が持ち主で間違いありません」

「なんで……」

「これで満足したか? もう俺に絡んでくるな」

 男が握った拳をわなわなと振るわせ、俺を見る。

「勝負だ! クルマを賭けて俺と勝負をしろ!」

 俺は思わず大きく目を見開き男を見てしまう。予想していたラインを軽々と越えてくるとは……。


『セラフ、お前が人を馬鹿にする気持ちが、よーく、分かった気がする』

『はぁ!? 私をなんだと思っているの!』

 いくら馬鹿でも、ここまで馬鹿だとは思わなかった。


「そ、その話に、俺になんのメリットがある?」

「逃げるのか! 俺に負けるのが怖いのか!」

 俺は今、地球外生命体と会話しているのだろうか。この目の前の男の思考が理解出来なくて、上手く言葉に出来ない。

「いや、えーっと、だな。俺は、俺が勝負を受ける利点が、勝負を受けて得する何があるか聞いたんだ。分かるか? そこまで理解してくれるか?」

「お前が勝てば……あのクルマがお前の物だと認めてやる」

 俺は思わず口笛を吹きそうになる。


 凄い、凄すぎる。ここまでの逸材は見たことがない。


「本気……で言っているのか? それとも挑発のつもりなのか?」

「勝負が怖いならクルマを置いて行くんだな」

 男の言葉に思わずため息が出る。

「お前が、もし、お前の命を賭けたとしても賭けにはならない。お前の存在が無価値だからだよ。グラスホッパー号が俺のクルマだとオフィスが証明している。これ以上の何が必要だ」

 俺はなんとかしてくれという気持ちを込めて窓口の女を見る。その窓口の女が微笑む。悪い予感しかしない。


「分かりました。勝負のルールはオフィスで決めます。ターケスさんが勝ったらガムさんのクルマを、ガムさんが勝ったらターケスさんは二度とガムさんに付きまとわない。勝負の条件はこれで良いですか?」

 良くない。この女は何を言い出すんだ。


 思わずため息が出る。


 俺はすっかり、ここが敵地だと、アウェーだということを忘れていたようだ。しかも、さらっと俺の名前という情報まで漏らしている。わざとだろう。


「分かった。カスミさんが言うなら……それで良い」

 ターケスと呼ばれた男が頷く。そうだろう、お前はそれで良いだろう。

「これは、このウォーミのオフィスに対しての貸しにしておく」

 俺は窓口の女を睨む。


 ウォーミのオフィスを攻める足掛かりを得たとプラス思考で考えるべきか。だが、それでも得するのはセラフだけなんだよなぁ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなやばい!ここまで来ると笑える! 遠くから見ているのがいいわー近くには寄りたくないわー!やばい!
[良い点] オフィスに行くたび絡まれる! [一言] もはや定例イベントなのだった。 外見子供だから侮られるのかなあ? 理屈で理解できないなら、それ以外で納得させるしかないな!
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