088 賞金稼ぎ25――「何処か寂れているように感じるな」
「ひっひー、クルマだ、クルマと女だ!」
「奪え、殺せー!」
グラスホッパー号の後を追いかけるように陽気で楽しそうな叫び声が続いている。
「いやぁ、僕は野良のバンディットを初めて見ましたよー」
荷台の位置から俺が座っている助手席のヘッドレストに抱きついた眼鏡がそんなことを言っている。
「それが?」
「いやぁ、面白いですよー。この機銃で撃ってみていいですか? ちょっとだけですから!」
眼鏡はそんなことを喋り、眼鏡をクイッと持ち上げる。片手が俺のヘッドレストから離れたことでグラスホッパー号から振り落とされそうになり、慌てて両手でヘッドレストを掴み直していた。
「それで?」
「ひゃー、クルマだぜ、クルマ!」
「クルマと女を置いていくなら惨たらしく殺すだけで済ませてやるぜ!」
「腕と足をもいで阿鼻叫喚の打ち首獄門、野ざらしにするだけにしてやるぜ!」
漫画の世界にしか存在しないような、丸い爆弾の形の機械に跨がった仮面の男たちが、微妙に賢そうな言葉を混ぜ、叫びながら、こちらを追いかけている。
『動く爆弾なのか? どうやって動いている?』
『ふふん。内部の火薬を爆発させて、その推進力で動いてるんでしょ』
『はぁ? それで動けるのか? そんな馬鹿げた方法で動けるのか? コイツらは馬鹿なのか』
あまりにも馬鹿馬鹿しい話に思わずセラフの言葉がうつってしまう。
……。
とりあえず撃退しよう。襲いかかってきたのはコイツらの方だ。
ゲンじいさんに頼んで新しく付けて貰ったHi-OKIGUNの銃座が持ち上がり、その生きているかのような銃身を後方へ向ける。
「うわっと」
突然動き出した武装に眼鏡が驚きの声を上げていた。
「機銃の旋回に巻き込まれないように頭を下げていろ」
「おっとっとっと、了解ですよー」
眼鏡が俺の座席のヘッドレストに手を回したまま、慌てて頭を下げる。
蚊の口器のように毛に覆われ生物的な外見の砲身から一直線に炎が吹き出す。
「ひゃあ、火だぁ! こいつぁ、星火燎原するぜー」
「十字砲火されるぜー!」
覚えたばかりの四字熟語を使ってみたかっただけのようなバンディットたちまで炎の線が伸びる。
炎がバンディットたちを包み込み、そして爆発した。
楽しそうに叫んでいたバンディットたちはバラバラになって吹き飛んでいる。一瞬の間に起こった惨状にため息が出る。グラスホッパー号は後で洗車しないと駄目だろう。
『ふーん』
新武器を試してみたかったのかHi-OKIGUNを動かしてバンディットたちを殺したセラフは、自分の人形を動かして眉をしかめ器用に不満そうな顔を作っていた。
『火薬に火を点けたら大変なことになって当然だろう』
『これじゃあ性能テストにならないじゃない』
セラフは新しい玩具を使いたくてしょうがなかったようだ。
『パンドラの消費は機銃より少ないようだぞ』
『ふん。そんなこと使う前から知ってる』
生物を燃やしたら死ぬ。当たり前のことだ。火傷にするだけでも充分効果的だろう。機銃よりも少ないパンドラの消費を考えれば非常に優秀な武器だ。今回は誘爆してしっかりと性能を試すことは出来なかったが、悪くない気がする。問題は、機械連中には効果が薄そうなことくらいだろうか。
『ふふん。マシーンは基本的に耐火耐冷仕様だから』
『その割には誘爆していたようだ』
『はぁ? それはこいつらが変な改造をしていたからでしょ』
それか耐火耐冷仕様になっていないほど雑魚だったか、か。バンディットたちに使役されるような機械だ。その可能性の方が高そうだ。
「いやぁ、クルマで運んでくれると言うから楽が出来ると思ったのに、とっても大変ですよー」
バラバラになった肉片と血しぶきをもろに浴びた眼鏡がのほほんとのんきなことを言っている。
「最初に断ったはずだ」
「いや、えーっと、あはははは。ちゃんとウォーミのオフィスで報酬は支払われますから、よろしく頼みますよー」
眼鏡が苦笑し、困ったように頬を掻いている。
この眼鏡は、レイクタウンのオフィスで、ウォーミに向かうのなら、そのついでにウォーミまで向かうこの眼鏡を護衛して欲しいと頼まれたものだ。ついでの仕事で報酬が貰えてクロウズのランクを上げることも出来る。依頼を断る理由はなかった。
「分かっているさ」
そのままグラスホッパー号でしばらく走り続けると四角い建物が並ぶウォーミの街が見えてきた。
ウォーミに詳しいらしい眼鏡の案内でグラスホッパー号を走らせ、ウォーミの街のオフィスを目指す。
「何処か寂れているように感じるな」
「そりゃあ、東の大都市であるレイクタウンと比べたら落ちますよー」
とてもそうは見えなかったがレイクタウンは大都市だったようだ。人が少なく、建物もまばら。一部だけ文明の残滓を感じさせた程度の街――レイクタウン。それが大都市、か。
……。
それだけ人が機械に追い詰められているということだろう。
「ああー、そこです。そこがウォーミのオフィスです」
オフィスの横にグラスホッパー号を止め、中に入る。そのまま眼鏡と二人で窓口まで向かい、報酬のお金を受け取る。
「それじゃあ、僕は南東で見つかった遺跡の探索に向かいますよー。ここまでの護衛助かりました」
バンディットの返り血を浴びたままの眼鏡がニカッと笑い、手を振る。
「確かに報酬は貰った。余計なお世話かもしれないが体を洗ってから行った方が良いと思う」
「あー、はい。そうしますよー」
眼鏡が去って行く。
さて、と。俺はどうしようか。
このウォーミのオフィスでしばらく依頼を受け続けるか。レイクタウンで頼まれたクルマが必要だという依頼の情報を聞いてみるのも悪くないだろう。
「おい、ちょっといいか?」
と、そんなことを考えていた俺に声がかかる。
「誰だ?」
声の主は俺より少し上くらいにしか見えない年齢のクロウズだった。
「外のクルマはお前のか?」
「だったらなんだ?」
グラスホッパー号にはセラフの人形が残り見張っている。盗まれるようなことはないだろう。
「ちっ。どうやって盗んだか知らないが持ち主が男と女ってことしか知らなかったようだな。お前と外の女では兄妹には見えねえよ」
若いクロウズの男は下を向き肩をふるわせている。
「何を言っている?」
「お前らが盗んだクルマの本当の持ち主を知っているってことだ! ここがホームタウンだったのは知らなかったようだな!」
「だから何を言っている?」
「とぼける気か!」
新しい街でいきなり絡まれてしまったようだ。
どうにも、オフィスという場所は人に喧嘩を売る人間が多いようだ。
やれやれだ。




