085 賞金稼ぎ22――「話し合いは決裂だ」
「これ以上は……」
「ひ、ひぇ、申し訳ありません」
人形のような少女が冷たい表情で微笑むと家畜は小さく悲鳴を上げ、転がるように慌てて逃げ出した。小芝居は終わったようだ。
「ガムさん、不快な思いをさせて申し訳ありません。改めて奥でお話ししましょう」
改めてこちらへ向き直ったオーツーが、柔らかい表情で微笑み、建物の奥へ俺たちを誘う。この小さな人形のような少女がここのオフィスで一番偉いマスターだとは事前に知っていなければ誰も信じない、誰も分からないだろう。だからこそ、分かり易い形で権威を示す小芝居が必要なのだろう。
「ところで自分はここまででいいですかね」
俺を案内してくれた男が苦笑気味に頬を掻いている。
「ええ。警備主任、ここまでの案内ご苦労様でした。あなた自らが送ってくるとは少し意外でしたよ」
「何かあった時に俺以外では……無理だったでしょうから仕方ないですよ。それでは俺はこれで」
男が肩を竦め、帰っていく。
『隙が無かったな』
警備主任と呼ばれた男は油断出来ない相手だった。素手では少しキツいかもしれない。
『ふん。それでも所詮、人でしょ』
『人工知能さんは傲っているなぁ』
『ふふん』
俺たちはオーツーたちに促されるまま奥の座敷へ通される。
「座ってください」
座敷に上がり、座る。
「私に話があるということですが……まずは食事にしましょう」
オーツーの言葉にあわせたかのように様々な料理が運ばれてくる。
「どうですか? 旧時代の料理ですよ」
「そうか」
並んでいく料理は、ここの住民が普段食べている食材が蠢いているような料理とは違う。俺の記憶にある懐かしいものだ。
「外に並ぶ建物を見ましたか? この区画も私が旧時代を参考にして作り上げたものなんですよ」
「何が言いたい?」
「そこらの……小銭を稼いでいるだけの底辺に所属しているクロウズの身分では一生味わえないものです。賞金稼ぎでも一部の上位しか味わえない料理、環境、素晴らしいと思いませんか?」
「それで?」
「料理を食べないのですか? せっかくの料理が冷めてしまいますよ」
オーツーが顎の下で手を組み、肘をテーブルの上に乗せ、ニコニコと微笑んでいる。
『この料理、食べて大丈夫だと思うか?』
『ふふん。思考能力を低下させるようだけど、お前を構成している群体がすぐに分解してくれるでしょ。お前なら問題ない』
セラフのとりあえずこちらを馬鹿にしたような笑いから会話に入るのは――人を見下しているような言葉は、同じ人工知能だけあって目の前のオーツーとそっくりだ。だが、セラフの言葉は以前ほど不快ではない。それだけ俺がセラフに慣れたということだろう。
俺は料理を食べることにする。オーツーは俺が料理を口に運ぶのを観察するような目で見ている。
俺が料理を飲み込んだのを確認してからオーツーが口を開く。
「旧時代の言葉にありますよ。長いものには巻かれろ。ガムさんはそれなりの実力をお持ちのようですが、クロウズになっても賞金稼ぎだけで暮らすのは大変ですよ」
オーツーは先ほどと同じようなことを言っている。
戦利品が多すぎて持ち帰れないから、とセラフを介してオフィスに連絡をしたのは間違っていたかもしれない。いや、クロウズ同士の戦闘の許可を貰うために通信した時点で同じか。
「俺が手に入れた武器、ヨロイ、預けたものを返してくれ」
「それに関しては報奨金を出しましょう」
目の前のオーツーはニコニコと笑っている。
「分からないな。オフィスのマスターである、あんたからしたらこだわるようなものでも無いだろう?」
何故、お金で済まそうとする?
『お前に戦力が行き渡るのを警戒しているんでしょ。後はパンドラを手に入れたいというところかしら』
『オフィスのマスターをやっているような存在でもパンドラは貴重なのか?』
『ええ。パンドラの数は限られている』
意外だ。もしかするとオフィスのマスターをやっている理由もクロウズたちが所持しているパンドラを集めるためなのかもしれない。
「分かりました。武装などはこちらで良いものを手配しましょう。特別ですよ」
「お前たちはヤツらと手を組んでいたのだろう?」
「ヤツら? 何のことを言っているのか分かりません」
「襲いかかってきた一団のことだ。あまりにもタイミングが良すぎるだろう」
「ああ、その程度のことでしたか。いえ、すいません。そうですね、ガムさんは随分と正義感が強いようですね。それならどうでしょう、分かりました。お話ししましょう。人類の救済のためには必要なことだったのです。それを今から説明しますので……」
オーツーはそのまま言葉を続けようとしている。
コイツは勘違いしている。
『舐められているよなぁ』
『ふふん。私が居るのに、それが分からず妄言を吐き散らすなんて、預かっている領域が少ないだけでこんなにも馬鹿になるなんて』
俺は改めて目の前の人形のような少女を見る。
「なぁ、あんたは料理を食べないのか?」
「……この料理はガムさんのために用意したものです。遠慮無く食べてください」
俺は肩を竦める。
「機械でも食事をするんだな」
「な!」
俺の言葉を聞いた瞬間、オーツーの表情が消え、その顔をセラフの人形へと向ける。
「話し合いは決裂だ」
俺の言葉にあわせてセラフの人形が動く。オーツーの側に立っていた護衛のような黒スーツの女たちも動く。セラフの人形と黒スーツの女の拳がぶつかり合う。
オーツーが気にしているのはセラフの人形だ。だが、それはセラフ本体ではない。
「セラフ、裏切っていたとは! だが、あなただけで何が出来ますか? 所詮、はぐれ端末ですね」
オーツーがわざわざ喋って教えてくれる。人である俺が状況を理解して降参するようにだろう。セラフの人形と黒スーツの女たちの実力は拮抗しているようだ。
この場で自由なのは俺とオーツーだ。いや……。
「直接支配は誤動作を起こしやすいので避けたかったのですが、仕方ないですね」
オーツーが動く。その目を俺に向ける。何かの通信が俺に送られてきている。
『ふふん。これを待っていた。本当に領域の小さな考え無しは愚か』
俺とオーツーの視線が交わる。次の瞬間には全てが終わっていた。
人形のようなオーツーがガクンと震え、そのまま崩れ落ちた。
『何をした?』
『ふふん。お前を人だと侮って、わざわざこの端末の本体にまで繋がる回線を使って、お前を強制的に支配しようとしていたから、その直通回線を利用して逆に支配してやっただけ』
こちらの勝ちか。
この場で自由に動けていたのは俺とオーツーだけではなく、セラフも、だ。セラフの人形はあくまでセラフの人形でしかない。セラフ本体は俺の右目に潜んでいる。オーツーはそれを知らなかった。




