079 賞金稼ぎ16――「お前は終わりだ」
『こいつが女王なら、さっきのヤツらは兵隊か』
『言ってる場合?』
三つある蚊の頭から連続で炎が放たれる。まるで小型の火炎放射器だ。振り落とされそうなほどの速度でグラスホッパー号が急旋回し、炎の波を避ける。そのまま機銃が炸裂音を響かせ弾丸を飛ばす。三つ首の蚊の視界を覆うほどの弾幕が張られる。だが、浅い。ヤツの炎から逃げるために旋回して距離を取ったことが仇となったのか致命となるような一撃になっていない。
こちらの攻撃を嫌がったのか、三つ首の蚊がふわりと虫翅を羽ばたかせ上空へと逃げる。むわっと広がる果実酒のような発酵した臭い。鼻が曲がりそうだ。そして、三つ首の蚊は広がった臭いを追いかけるように高所から放射状へ広がる炎を吐き出す。森が燃えるかもしれないのにお構いなしだ。
グラスホッパー号を覆っている見えない壁が広がる炎がこちらへと侵入しないよう遮断する。炎は無効化出来ている。だが、じりじりとパンドラの残量が減らされている。
セラフの人形がグラスホッパー号を操作し、炎から逃げるように後退する。
『何か言いたそうだけど?』
敵が飛べるというのは思っていたよりも厄介だ。今回、このグラスホッパー号に取り付けられた機銃は空を飛ぶ相手に対応出来るように出来ていない。角度が足りない。後退し、距離を取って角度を合わせるのは悪くない選択だ。だが、距離を取れば機銃の威力が落ちてしまう。
『良くないな』
『ふん。だから?』
クィーンとの戦闘が始まっていることに気付いたのか、それとも俺たちを追いかけていたヤツらが追いついてきたのか、とにかく周囲から蚊の兵隊どもが集まって来ていた。
セラフの人形が機銃を動かし、集まってきた蚊どもを狙い掃射する。それだけで集まっていた蚊どもは残骸と化す。
『ふふん、ざぁこ』
セラフは雑魚の殲滅が出来て機嫌を直したようだ。だが、これは良くない。7mm口径のこの機関銃は、蚊の兵隊を蹴散らすには過剰だ。威力が充分過ぎる。弾薬による消費が大きすぎてパンドラの回復が追いついていない。
思わずため息が出る。ゲンじいさんの助言が正しかったか。本来、このクルマとやらに搭載する機銃は雑魚殲滅用で威力を求めるのは間違っていたのかもしれない。もっと大きな容量のパンドラとやらを搭載しているクルマなら、また話は変わってくるのかもしれないが、7mmクラスでも、このグラスホッパー号には過ぎたものだったようだ。
『何が言いたいのぉ?』
『衛星からの一撃は?』
『はぁ? 馬鹿なの? ここ、何か、照準がくるって狙いが難しいし……って、使い過ぎて悟られるようなことはしたくないから。ちょっと頼りすぎじゃないのぉ?』
『はいはい』
衛星からの一撃で簡単に、とはいかないようだ。
『蚊が巨大になって、さらに頭も三つで火を噴く? そんな生物が森に住むとは笑えないな』
『ふふん。あんな生き物が普通に生まれると思っているとか馬鹿なの? あのブードラクィーンは間違いなく操作されて生み出されたものでしょ。それが破棄されたのか、逃げだしたのか、ふふふん、どちらでも同じだけどぉ』
『実験動物ということか』
虫であるブードラクィーンを動物と言ってよいのか分からないが、そういうことなのだろう。
『この雑魚どもはブードラクィーンが生み出した次世代でしょ。実験体から生まれたものがどういう変化をしていくか興味深いところだけど』
そのまま機銃を動かそうとしていたセラフに待ったをかける。
『パンドラが勿体ない』
俺は荷台にある液体ブマットを取りだし、兵隊の群れへと弧を描くように投げる。群れに当てるつもりはない。もう一つ液体ブマットを取りだし、今度は強く投げる。先ほど弧を描くように放った液体ブマットに強く投げた容器がぶつかり、弾け、周囲に液体をまき散らす。
液体を浴びた蚊の兵隊どもがもがき苦しみ落ちていく。
『こいつらにはこれで充分だ』
まだまだ液体ブマットの在庫はある。
俺は次々と液体ブマットを投げ放つ。飛び散る液体が蚊どもを殺していく。
セラフは考えているようで考えていない。知識はあるが知恵がない。経験が足りないのだろう。人工知能にそれを問うのはおかしな話なのかもしれないが、そうとしか思えない。
『ふん。何が言いたいの?』
『親玉を倒して賞金を持って帰る、だろう?』
『ふん』
セラフの人形が馬鹿にしたような表情を浮かべ肩を竦めている。肩を竦めたいのはこちらだ。
周囲に果実酒をさらに発酵させたような、すえた臭いが広がる。
『セラフ』
『ふふん、分かっているから』
臭いを追いかけるようにブードラクィーンが現れる。機銃が炸裂音をまき散らし無数の銃弾を撃ち出す。だが、それを空高く漂っているブードラクィーンがひらりひらりと回避する。距離がありすぎる。
そして、この臭い。そう臭いだ。
『セラフ、距離を』
まずは先制攻撃だ。ブードラクィーンを目掛け、液体ブマットを容器ごと投げる。液体ブマットは見事ブードラクィーンにぶち当たり、砕け、液体をまき散らした。ブードラクィーンがもだえ苦しむ。
効いている。ブードラクィーンにも効果があるようだ。このまま投げ続ければ――だが、そう上手くいかないようだ。兵隊たちが集まり女王を守り始める。十センチから二十センチほどの大きさでも数が集まれば盾として充分だ。いくら液体ブマットの数が多いといっても有限――残っている数で盾を殺しきれるか微妙だろう。
そんなことを考えていた次の瞬間、ブードラクィーンから炎が吹き出し、こちらへと伸びる。
炎から逃げるため森の中をさらに後退する。
『どうやっているの? この臭い、発火性の気体をまき散らし火を点けているのか』
だが、それだけじゃない。発火性の気体なら機銃の火花で火が点かないのはおかしい。何かしているのか? ヤツらが森の中で火を放っているのも燃える、燃えないを操作出来るからか? 蚊たち自身が燃えないのもそこに秘密があるのか?
兵隊の中にも火を放つタイプは存在していた。そいつが通常のブードラらしいが……。
『ふふん。成分解析なら終わっているけど?』
『つまり、何とかなるのか?』
返事の代わりなのかセラフの人形が肩を竦める。こいつは無能なのか有能なのか悩むところだ。
『ふん。お前みたいな馬鹿と一緒にするとか。これを見たら?』
セラフの人形がいつの間にか炎を吐くタイプのブードラを掴まえていた。
『それは?』
『二種類の分泌物を翅で飛ばしているって言えば分かるぅ?』
セラフの人形が掴まえたブードラを捻り、その死骸を俺の腕にこすりつける。
『燃えない分泌物か?』
『説明が必要?』
……。
これで何とかなるか。
『セラフ、ブードラクィーンの真下まで突っ込んでくれ』
『それで?』
『お前の人形で俺を打ち上げてくれ』
セラフからの返事は無い。だが、グラスホッパー号が動き出す。
炎と蚊の壁を突き破り、ブードラクィーンの真下へと迫る。運転をしていたセラフの人形が立ち上がり、足場になるように手を組む。俺はそこに足を駆ける。
人狼化。
ここでカードを切る。
一瞬にして体を黒い体毛が覆う。そして腕や足がはち切れんばかりに膨れ上がる。
今……だ。
飛び上がる。
空中でブードラクィーンを守っている蚊の集団を切り裂く。そして、その作った隙間の先から炎が迫る。人狼化した俺には臭いの線が見えている。俺はすえた臭いを引き裂くように両腕を突き出す。迫る炎が俺の両腕を避け、すえた臭いの線を辿るように別れ、燃えていく。
「お前は終わりだ」
そのままブードラクィーンを掴む。三つある頭を両腕でまとめ力を入れる。三つの頭が簡単に千切れ飛ぶ。だが、まだ胴体が動いている。頭を飛ばしたのに死なない。
虫らしい生命力だ。
『セラフ、液体ブマットだ』
『その状態で喋られると声が響いて、うるさい』
俺を狙ったかのようにこちらへ液体ブマットの容器が飛んでくる。俺はそれを掴み、もいだ頭の付け根に吹きかける。
暴れていた胴体が動きを弱め、落ちる。
俺はブードラクィーンから手を放し、着地する。
『これで千コイルか。クロウズ試験がどれだけ破格だったか良く分かる。そりゃあ、おっさんたちが手を叩いて喜ぶ訳だ』
女王が倒されたからか兵隊たちが統率を失い散り散りに逃げていく。
人狼化の解けた俺はグラスホッパー号の助手席に座り、パンドラの残量を確認する。残量は……9にまで減っていた。
『本当にギリギリだ』
『ふふん。もうすぐ陽が落ちるけど、戻るくらいは持つでしょ』
『ああ、任せる』
俺は助手席にもたれかかり、セラフの人形の運転に任せる。これでブードラ討伐は終わりだ。
『賞金がどれくらいになるか楽しみだな』
『ふふん』
そして森を出る。
「待っていたぜぇ」
何者かの悪意ある声。
そこで俺たちは囲まれた。




