076 賞金稼ぎ13――『森は……◆の形になっているのか』
かつては大きく栄えていたであろう砂と草に埋まった廃墟を横目にグラスホッパー号が荒れ地を走って行く。
『砂漠があったり、こんな荒野があったり、そんな中でも人は生きているのだから、人の生きる力というのは凄いなと感心させられる』
『ふふん』
頭の中にこちらを馬鹿にしたようなセラフの声が響く。
『ああ、生活圏が水のある場所まで追いやられているのは分かっているさ。マシーンやビーストといった脅威を排除出来ていないことも知っている。それでもクロウズという組織を立ち上げ、対抗し、生き抜こうとしているのは凄いことだろう?』
『ばーか』
セラフにまともな返事を期待した俺が馬鹿だったかもしれない。
『はいはい、俺が馬鹿だったよ。で、どうやってクルマを動かしている?』
俺はセラフの運転を盗み見る。備え付けられたハンドルを握ってはいるが何か操作している様子はない。そもそもグラスホッパー号にはハンドルと液晶パネルしかなかった。液晶パネルに数字は表示されているが、入れ替わるように100と99という数字を表示させているだけだ。本来はあってもおかしくないアクセルペダルやブレーキペダル、シフトレバーなどが見えない。その状態でどうやってこのクルマを動かしているのか……謎でしかない。
『ふふん。このクルマはちょうど良く大破していたから、それらを取り払って電子制御式に変えたから無いに決まってるじゃない』
「はぁ!?」
思わず声が出てしまう。
そうか、だから、ゲンじいさんが、このクルマの運転は難しい、演算制御装置を入れろと言っていた訳か。こいつ、分かっていて俺に武器を優先させたな。このままだと俺が運転するのは――無理そうだ。早くお金を貯めてまともに運転出来るよう改造しないと……。
『それで、その表示されている数字は?』
『ふふん。馬鹿には分からないのぉ?』
『多分……パンドラとやらの残量か』
『な!』
合っているようだ。パンドラは日中なら無限のエネルギーを生み出す装置らしいが、だからと言って無限に蓄えられる訳では無いはずだ。このクルマを動かすことで消費した分のエネルギーが、その都度、補充されているから減少した99と最大値の100が表示されているのだろう。
『ふーん。そこまで馬鹿じゃなかったのね』
荒野を走り続けると、崩れた大きな高架が見えてきた。ここからでは高架に備え付けられた防音用の壁が邪魔して道路部分はよく見えないが、道が途切れ利用されていないのは間違いないだろう。高架へと上がるには飛行機械でもなければ無理そうだ。
にしても高架、か。もしかするとかつてはここに大きな高速道路が作られていたのかもしれない。
高架の下に入る。支えている柱だけがかろうじて残り、道は途切れている。予想していた通り利用はされていないだろう。
『文明が滅びるのは簡単だな』
『ふふふん。お前が人は生き延びているって言ったんじゃないのぉ』
セラフは人が生きていればそこに文明が残るって言いたいのだろうか。
『確かにそうだ。だが、今の方が科学や技術は進んでいる気がする。このクルマにしてもそうだ。無限のエネルギーなんて夢のシロモノだろう。宇宙人か何かに技術を授けられたかのようだ。つまり、俺が言いたいのは……一度文明が断絶して、新しく作られたようにしか見えないってことだ』
『お前がいつの時代と比べているか知らないけど……』
グラスホッパー号に備え付けられた機銃が自動的に動く。
『敵か?』
機銃から火花が飛び散り、こちらへと迫っていた四つ足の獣を撃ち殺す。セラフの人形はハンドルを握ったままで何かを操作した様子はない。
『自動反撃なのか?』
『馬鹿なの? そんなワケないじゃない』
機銃の掃射によって動かなくなった四つ足の獣が転がり、草と土にまみれ、後方へと流れすぐに見えなくなっていく。
表示されていたパンドラの残量は6ほど減って94になっていたが、すぐに95へと変わっている。消費したパンドラの回復はそれほど時間はかからないようだ。
『ふん。技術が進んだのは戦争と実験でしょ』
頭の中にセラフの声が響く。戦闘に入る前の会話の続きか。
四つ足の獣……。
『さっきのも、それか』
四つ足の獣の頭には角のようになった銃身がくっついていた。自然の生き物にはあり得ないものだ。
『ええ。失敗作でしょ』
グラスホッパー号が走り、高架の下を抜ける。そのまましばらく走り続けると森が見えてきた。
そう、森だ。
草がまばらに生えているといっても荒野は荒野だ。乾いた岩肌と砂埃の舞う大地だ。そこに突如、密集した木々が見えてくる。異常な光景だ。
『それで? 突っ込むのぉ?』
セラフが確認してくる。このまま突っ込むのも悪くない。
だが、この森の広さを確認するのも悪くないだろう。
『森に沿って一周してくれ』
『してくださいじゃないのぉ』
セラフが鬱陶しい。
『はいはい、してください』
俺がクルマを動かせるように改造するのは急務だ。
グラスホッパー号が森に沿って走って行く。そして一時間ほどかけて一周する。
『森は……◆の形になっているのか』
菱形になった森。
まるでそこだけ切り取られたかのように綺麗な形をした森だ。
一面が約10㎞ほど、か。そこそこ広いな。
木々の生え具合を見る。これなら小型なグラスホッパー号でこのまま突入しても問題はなさそうだ。だが、森の奥――そこの木々の深さによっては途中で身動きが取れなくなってしまうかもしれない。
グラスホッパー号から降りて探索するか?
しかし、武器と言えるのはグラスホッパー号に搭載した機銃だけだ。後は本当に効果があるかも分からないブ退治用の液体ブマットだけ。
歩いて探索するのは得策じゃない。そこまでするなら、ここでの狩りにこだわる必要は無い。
『私の運転を侮っているとか信じられないんですけど』
『はいはい。とりあえず頼む』
セラフの言葉を信じてクルマのまま侵入するか。
森で身動きが取れなくなる、クルマを木にぶつけてしまう等々、予想出来る危険は多い。こんなところで手に入れたばかりのクルマを失いたくはないが――多分、大丈夫だろう。
『ふふん。慎重だったんじゃないのぉ?』
『時には大胆に動くことも必要さ』




