075 賞金稼ぎ12――『ふ、不要だ。行くぞ』
「他に聞きたいことはありますか?」
「とりあえずは大丈夫だ。また今度、何かあったら教えて欲しい」
「はい。またのご来店を」
窓口の女性が頭を下げる。それに合わせて長い髪がはらりと落ちる。窓口の女性は顔を上げ、微笑み、髪を掻き上げる。人を惑わすように洗練された仕草だ。
なるほど。あざといな。人造人間だと知っていなければ見とれてしまいそうなあざとさだ。
『めんどう。任せたから』
突然、セラフの声が頭の中に響く。
ん? どういうことだ?
てっきり窓口の女性の態度に反応したのかと思ったがどうも違うようだ。
『セラフ、何があったのか?』
『外』
何かあったようだ。
窓口の女性に手を上げ別れを告げ、オフィスの外に出る。
ん?
外に止めていたはずのグラスホッパー号が見えない。
『何処だ?』
『そこ』
セラフが指示した建物の影にグラスホッパー号が見えた。
『どうして移動した?』
『見れば分かることを聞くの? 馬鹿なの?』
思わずため息が出る。そうだ。こいつはこういうヤツだった。
グラスホッパー号の方へと歩いて行くと話し声が聞こえてきた。
「なぁ、俺たちの団に入らないか?」
「クルマ持ちなら重宝されるし、俺たちの団に入ればすぐにランクも上げられるぜ」
「いや、俺の仲間になってくれよ」
「いやいや、俺が」
男たちがグラスホッパー号を取り囲んでいるようだ。運転席に座ったセラフの人形は腕を組みそれを無視している。
『状況が読めないんだが』
『見れば分かるでしょ。馬鹿なの』
『分からないから聞いている。なんで俺のクルマを動かしているんだよ』
『邪魔だって言われたからでしょ。そんなことも分からないの』
あー。
そういえばグラスホッパー号をオフィスの入り口に横付けしていたか。そのままだとオフィスに入る邪魔になっていたか。
……。
それを動かしたから、あの襲撃犯も入ることが出来た、と。とてもタイミングが悪かったようだ。
しかし、その襲撃犯を問答無用で攻撃して殺してしまうのだからオフィスは恐ろしいところだ。しかも、窓口の女性は何事もなかったように応対していたのだから、恐ろしい。ああ、恐ろしい。
『はぁ? 私は早くしろって言ってるの。それが分からないの? 馬鹿なの』
セラフは喚き続けている。
仕方ない。
あまり無視しすぎてもセラフの機嫌を損ねるだけだから早く対応しよう。まだクルマの運転はセラフにしか頼めない。ここで機嫌を損ねるのは不味いだろう。
『分かっているなら早くしなさい』
『はいはい』
「ちょっと良いか」
グラスホッパー号を囲んでいた男たちに声をかける。
「餓鬼が何の用だ?」
「少年、俺はこの人に話があるんだ。悪いが後にしてくれ」
まったく……俺はすぐ狩りに行こうと思っていたのに面倒事ばかりだ。
「悪いが退いてくれ。そのクルマは俺のクルマだ」
「はぁ?」
「おいおい、気持ちは分かるけどクルマを手に入れるのは大変なことなんだぞ。子どもが手に入れられるようなものじゃあないんだ」
俺は小さくため息を吐き出す。そして、クロウズのタグを取り出す。
「こう見えても俺はクロウズだ。通してくれ」
俺のグラスホッパー号を囲んでいた男たちがこちらへと振り返り、俺を取り囲み出す。
「あ? 餓鬼がクロウズ?」
「この人を仲間に誘うつもりか。順番は守ってくれ」
話が通じないようだ。
何故だ。ここのところ面倒事に巻き込まれてばかりだ。
『らちがあかない。セラフ、お前の方から俺に呼びかけてくれ』
『ふふん。仕方ない』
まったく面倒事ばかりだ。
「ガム君、待ってましたよ」
セラフの人形が気持ちの悪い猫なで声で喋る。鳥肌が立ちそうだ。
「あ、ああ。待たせた」
俺を取り囲んでいた男たちが、間抜けな顔をさらし、俺とセラフの人形を見比べている。動かなくなっている男連中を押しのけ、こちらへ伸ばしてきたセラフの人形の手を掴む。そのままグラスホッパー号の助手席に座る。腕を組んでふんぞり返り、その姿をわざと集まっていた男たちに見せる。
「お、おい、餓鬼!」
「ど、どういうことですか!」
「ああ!?」
「くっ」
「いやいや、そんな子どもに……」
動きを止めていた男たちが正気に戻る。
「セラフ、クルマを動かしてくれ」
『はいはい』
セラフがクルマを動かす。
集まっていた男たちが慌てて離れる。正気に戻しておかないとひき殺してしまうかもしれないから、煽るのは仕方ないことだった。そういうことだ。
『はいはい』
頭の中にセラフの呆れた声が響く。
『ふふん。それで何処に向かうのぉ?』
『当初の予定通りだよ。南西の森にブードラとやらを倒しに行く。情報なら得た』
『ふーん。一つ言ってもいい?』
セラフがそんなことを言うのは珍しいな。どういうことだろう。
『情報が必要なら私があれから無理矢理引き出すことも出来たんだけど』
あれ?
ああ、ここのオフィスのマスターのオーツーのことか。
って、ん?
情報を無理矢理引き出すことが出来た?
それはつまり、俺が窓口から話を聞かなくても良かったということか?
『ふふん。当然でしょ。今からでも通信する?』
セラフのこちらを馬鹿にしたような声が頭の中に響く。分かっていたなら最初から言えよ。
こいつは……。
『ふ、不要だ。行くぞ』
『ふふん。クルマを動かすのは私だけどぉ』
本当にこいつは……。
グラスホッパー号が集まっていた男たちを置いて走り出す。まったく面倒で余計なことばかりが起こる。




