073 賞金稼ぎ10――「違う。運が良かっただけさ」
「何を言っているのかね」
ゲンじいさんが厳つい顔の眉間にしわを寄せこちらを見ている。
「言葉通りだ。すでに賞金首なら殺している。ああ、よく考えたら証明出来ないのか」
俺は確かに賞金首を倒した。クロウズ試験に紛れていた新人殺しだ。その賞金もしっかりと貰っている。だが、そんなこと――言葉では何とでも言えるだろう。これは……オフィスまで一緒に来て貰う必要があるのだろうか。
「タグを見せなさい」
「タグ?」
「クロウズタグのことだよ。今日、受け取ったのだろう? それは市民IDの代わりにもなっているのだよ」
俺は慌ててタグを取りだし、ゲンじいさんに渡す。するとゲンじいさんに大きなため息を吐かれた。
おや?
「少し待っていなさい」
ゲンじいさんがくず鉄置き場の奥から文鎮のような金属の棒を持ってくる。
「見なさい」
その文鎮もどきをタグの上になぞらせると空中に四角い窓が浮かび上がった。
「それは?」
「確かに賞金首を倒しているようだね。討伐記録に残っているよ」
ゲンじいさんからタグを返して貰う。
「今のは?」
「市民IDから情報を照会する道具だよ。正規の商人なら必ず持っているものだ。信用のためにも正規のお店で買い物をするなら市民IDが必要になる。そのことを忘れないようにしなさい」
つまりゲンじいさんは正規の商売人だということか。
「分かった」
俺の返事を聞いたゲンじいさんがもう一度大きなため息を吐き出す。
「タグは見せるだけにしなさい。渡せば盗まれることもある」
ああ、それでため息を吐かれたのか。
「そこは信用している」
「信用されても困るんだがね」
ゲンじいさんが厳つい顔を緩め肩を竦める。
「それで武器の方はどうだろうか?」
「言った手前だからね、武器は手配しよう。三日もあれば大丈夫だ。武器はそのクルマの銃座に取り付けられる機銃だね?」
俺は頷く。
「どんな種類があるのだろうか?」
ゲンじいさんが首を横に振る。
「クルマに乗せるパンドラ式の機銃だからね。一万コイルでは選ぶほどの数はないんだよ」
「そうなのか」
ゲンじいさんが頷く。
「5mmか7mmの機関銃が良いところだよ」
「はぁ!? そんな小口径で何が狩れるの!? 特殊砲は無いにしても、せめて15や20クラスは手に入らないの?」
何故か暇そうにしていたセラフが反応する。
「言いたいことは分かるがね。それを買うには桁が一つか二つは足りないんだよ」
ゲンじいさんが呆れたような顔で俺たちを見ている。一万コイルでは端金にしかならないということか。装備には随分とお金がかかるようだ。
「ちなみにパンドラ式というのはどういう意味だろう?」
疑問に思ったことを聞いてみる。
「そこからかね。パンドラ式はクルマに搭載されたパンドラが銃弾を生成し装填するタイプのことだね。メリットは弾薬費がかからない。デメリットはパンドラを消費することだ。パンドラは日中なら常に充填し続けるからね、デメリットは本来はそこまで考えなくても良いのだがね」
なんだろう。少し引っ掛かる言い方だな。
「実弾にこだわる者向けに実弾専用の機銃もある。特別な銃弾が装填出来るようにパンドラと兼用になっているようなタイプもあるのだがね」
無限のエネルギー、か。
『弾まで補充するのは凄いな』
『ふふん。凄いのよ』
何故かセラフが得意気だ。
「5mmと7mmでは口径が大きい分、7mmの方が威力が上なんだろう? 値段の差はどうなっているんだ?」
「同じだよ。どちらも手数料込みで一万コイルにしておく」
ん?
「それなら7mmの方が……」
「聞きなさい。君にはまずは5mmをオススメするよ」
「それはどうしてだ?」
同じ価格なのに弱い方を進める理由が分からないな。
「君のクルマだ。搭載されているパンドラは効率は良いが容量の少ないタイプなのだよ。7mmの機関銃は口径が大きい分、パンドラの消費も大きくなる。無駄撃ちすれば息切れを起こしてしまうだろうね。まずは5mmで狩りに慣れなさい」
なるほど。消費量の違いか。
クルマを動かすのにもパンドラを使い、弾薬にもパンドラを使う。5mmと7mmでどれくらい消費に差が出るのかは分からないが、クルマの整備を行っているような専門のゲンじいさんが言うくらいだ。5mmにするのが正解なのだろう。
『でも、だ』
『ふふふん。分かってるじゃない』
セラフと同意見なのは不安でしか無いな。
『はぁ!?』
俺は頭に響くセラフの声を無視する。
「それでも7mm機関銃を頼む」
「それで良いのだね?」
俺は頷く。
しばらく俺を見ていたゲンじいさんは頭を掻き、頷く。
これで武器は手に入る。7mm口径の機銃でどの程度戦えるのか分からないが、これで狩りの準備は整った。
しかし、三日か。三日間大人しくしているのも時間の無駄のような気がする。さて、どうしよう。
「ちィーっす」
と、そこに大きな箱を担いだトビオ少年がやって来た。
「もう来たのか」
さっき頼んでもう持ってくるとはトビオ少年は随分と商売熱心なようだ。
「もう来た? は! 当たり前じゃないか。俺を誰だと思っているんだよ」
「ああ。商売熱心なのは良いことだ」
「んで、これ何処に置くんだよ」
トビオ少年が大きな箱を抱えたままキョロキョロと周囲を見回している。
「後でクルマに乗せるから適当に置いといてくれ」
「はぁ? クルマ? クロウズのにいちゃん、あんた新人だよな? 新人がいきなりクルマ? さっき、ポンとコイルを渡してきたのといい、どっかのボンボンなのかよ」
トビオ少年は大きく驚いている。
「違う。運が良かっただけさ」
「はぁ、そうかよ。って、そうか。クルマに、この大量のブマット……ブードラ狩りに使うつもりかよ。新人とは思えないぜ。上手くいったら次も頼むぜ、にいちゃん」
大きな箱を地面に置いたトビオ少年がニヤニヤと笑っている。
「ブードラ? 何のことだ?」
「はぁ? クロウズのにいちゃん、何を言っているんだよ」
トビオ少年が良く分からないという様子で首を傾げている。
「いや、本当に分からない」
「じゃあ、なんのためにこんなにもブマットを買ったんだよ!」
「ブードラとは?」
トビオ少年が大きなため息を吐き出す。
「ここから南西の森に棲息している昆虫型のビーストだよ。俺の特製ブマットならヤツらにも効果があるんだぜ。それでブードラを狩ってコイルを稼ぐつもりだったんじゃないのかよ」
なるほど。そういうことか。
「分かった。だが、そんな効果的なら何故、お前が行かない?」
「はぁ? ばっきゃろー、俺を殺す気かよ。俺みたいな普通の一般人がクロウズみたいに戦えるかよ。クルマを持っていない俺に何が出来るってんだよ! 効果があっても、一匹とやり合っている間に他のに襲われておだぶつだよ!」
……。
「そうか。とりあえずブマットはありがとうよ。使えるようなら次も頼む」
「おうさ。生きて帰ってきて、どんどん買ってくれよ!」




