777 エピローグ
森の中に少年が立っていた。その少年の手には、子どもが持つには相応しくない懐古趣味な狙撃銃が握られていた。
少年が狙撃銃を構え、引き金を引く。スコープも取り付けられていない古典的な狙撃銃から放たれた弾丸が、まるで最初からそのために隙間が用意されていたかのように木と木の間を抜け――飛ぶ。そして対象に当たり、その頭を炸裂させた。
少年が狙撃銃に取り付けられたレバーを動かし次弾を装填する。その動きは精密機械のように狂いがなく素早い。
次々と放たれる銃弾。
銃弾が飛ぶ度に頭が吹き飛んでいく。
森を抜けた先は阿鼻地獄と叫喚地獄の坩堝と化していた。
「何が……おふぅ」
周囲を見回していた良く分からない管が伸びたゴーグル付きの球体兜をかぶった男の頭がぱぁんと弾ける。
「あ、ニキ! 何処かからの狙げ……おぅ」
もう一人のゴーグル付き球体兜の頭がスイカ割りのスイカよろしく、その球体兜ごと真っ赤な実をまき散らせて砕けた。
その集団は全員が似たような姿をしていた。空気をため込んで膨らんだかのような防護服を身につけ、背中には管の伸びた筒を、そしてその管は潜水でもするのかのような球体型のヘルメットへと挿入されている。
「あ、ニキ! おふぅ」
また一人、ゴーグル付き球体兜野郎の頭が球体兜ごと破裂する。
その集団の中で一人だけ――一人と呼べるのかどうか、異質な存在があった。周囲のぶくぶく太った潜水服たちから頼られている存在。周囲の連中と同じようにぶくぶく太った潜水服を着ている。だが、その頭はタコだった。タコのかぶり物をしている訳じゃない。人の体にタコが生えている。タコの足が髭のようになって頭から伸びている。
そのタコ頭が片方の目を楽しそうに歪ませる。
「これは組合の連中の刺客かね。まだそんな馬鹿が、そ……」
タコ頭がやれやれという感じでタコ足型の髭を震わせ、ため息を吐いている。だが、次の瞬間にはそのタコ頭が何か強い力で叩かれたように揺れていた。
「ン!? シールドが無ければ……」
タコ頭は、しゃがみ、転がり落ちた『それ』を拾う。それは強い力で叩きつけられ形を変えた銃弾だった。
「ン? こんな金属の塊を飛ばしてですとぉ!? それで攻撃を! どうやってこんなことをしているのですか! どんな力です、これは?」
「ニキ、不味い、ここは不味い!」
「組合の連中が雇った例のヤツだ。外からやって来た金属使いだ。金属を使うんだよ、そいつはよぉ! この濃度の中で、ヤツは金属の塊を筒で飛ばすんだよぉ!」
「あ、ニキィ、不味いぞ!」
集まっていたゴーグル付き球体兜野郎たちが騒ぎ出す。
「少し黙ってください」
タコ頭がぶくぶくの潜水服で腕を組み考え込むような仕草を見せる。そして、何か閃いたのか少年が居るであろう森の方を見る。
「外から来た金属使い。話をしませんか? あなたは騙されてますよ。あそこの連中に騙されていますよ。あいつらはなまじ人に似た姿をしています。だから、信じたんでしょう? 騙されていますよ。あの組合の連中は毒に侵食され、生まれ変わったことを是とする愚か者たちです。私たちは人であろうとギリギリで毒の侵食を抑えています。この防護服がそうです。ああ、なるほど。私のこの異形に侵食された頭を見て、敵だと思っているのですか。私は冷静です。侵食されていません。ふぅ、分かります。私もこんな異形の姿、嫌になりますからね。だから、組合の連中への特攻に志願したのです。あいつらは人の矜持を捨てたんですよ。私たちが敵対する理由はないはずです。私は! こんな姿に! 毒に侵食されながらも人としての矜持を守るために! あの憎き組合の連中に目にものを見せてやりたいんですよ。分かりましたか? 私たちは敵ではありません。手を取り合えるはずです。さあ、私を通して貰えませんか?」
タコ頭は敵意が無いことを示すように両手を広げている。
◇◇◇
『ふふん。あんなことを言っているけどどうする?』
『さあな。あいつらの言い分……信用出来ると思うか?』
俺は狙撃銃を構えたまま肩を竦める。
『どちらも嘘吐きでしょ』
『だろうな。旧時代、その崩壊からどれだけの月日が過ぎたと思っている。外の世界はつい最近滅んだとでも言いたいのか? あの地域だけを隔離して? そんな訳がないだろう』
『ふふん、でしょうね』
俺はセラフの言葉に小さくため息を吐く。
「それで話はまとまったのかしら? ふふふ、脳内のリトルプリンセスと会話していたんでしょう?」
「オリカ、俺を頭のおかしい人みたいに言うのは止せ」
「ふふふ、ごめんなさい。それであなたはどうするのかしら?」
オリカルクムの言葉に俺はもう一度肩を竦める。
新天地を求め、セラフと共に壁を越え、外の世界に向かった。それは俺たちの地域が隔離され閉ざされていた理由を、文明は残っているのかを、それらを探るためだった。だが、その壁を越えた先の世界――そこは、すでに滅んでいた。
滅びた世界。
体内のナノマシーンを活性化して防いでいるが、今も俺を造り替えようと侵食してくる大気に含まれる謎の毒。そして、その毒によって変異した人々。いや、人だったものと言った方が良いのだろうか。ミュータントともまた違う。この大気に漂う毒を扱う新種族と言った方が良いかもしれない。
その新種族たちは、この地で原始的な生活をしていた。幸いにも、カタコトではあるが、その新種族たちに俺たちの言葉が通じた。
彼女たちは組合という組織を作り、原始的な武器でビーストのような生き物を狩猟して暮らしていた。そこで敵対する集団を排除する依頼を受けたのだが……。
『ふふん、それでどうするつもり?』
『耳が尖っているくらいで人に近い姿の連中とタコ頭か。ぱっと見はタコ頭たちの方が文明を残しているように見えるが……』
『見えるけど、何かしら?』
『あのタコ頭が銃弾を防いだのを見ただろう? 組合の彼女たちと同じ、超能力のような力だ。結局、奴らも同じ穴のムジナってことさ。それっぽく振舞っているだけだろうさ』
『ホント、何処かに文明が残っていると良いのだけど』
『大陸の方に渡ってみれば、残っている場所はあるかもしれない』
『ふふん、次はそれを目標にする?』
『それも悪くない。だが、その前にとりあえず依頼をこなそう。依頼は依頼だ』
俺は狙撃銃を構え直す。
「あらあら、ガムはやっぱりそちらにつくのね。それじゃあ、私は向こうに味方しようかしら」
オリカルクムが病んだ瞳でこちらへと笑いかけ長い黒髪を掻き上げる。
「……またか」
「ふふふ、私とあなたは敵同士。その方が面白いでしょう?」
「付き合いきれないな」
「あら? あらあら? ふふふ、時には味方、時には敵。お互い、無限に近い刻があるのだから、楽しみましょう」
オリカルクムは病んだ瞳を輝かせ、うっとりとした様子で微笑んでいる。
俺は小さくため息を吐き、肩を竦める。
「無限に近い、か。だとしても、お前はもう少し有意義に使ったらどうだ?」
「ふふふ。充分、有意義でしょう?」
『ホント、付き合いきれないわね』
『ああ、俺もそう思う』
俺は何度目になるか分からないため息を吐き、肩を竦める。
かみ続けて味のしないガム 完
これにてかみ続けて味のしないガム、完結です。
2020年の1月21日に始め、2025年の1月21日に完結です。実に5年もの歳月をかけたことになります。もう、そんなになるんですね。シルバー&ゴールド編の50話を丸まるカットしたり、コックローチがどう狂っているのか、どうやってスピードマスターが死んだのか分かるエピソードが途中でカットされていたり、色々とカットしていますが、一応の予定通り完結です。
この連載を始める前に「メ○ルマックスのパクリ?」「違うの、オマージュなの! それにどっちかというと超人○ックなの!」(次の話になると前話の主要キャラが老いて出てきてすぐ死ぬところとか)「どっちにしろパクリじゃあないか」みたいな感じのやり取りをしていたのが懐かしいです。セラフが途中退場する展開も「銀河英○伝説でキ○ヒア○スを早く殺しすぎたと御大ですら言っているのに、それと同じことをやるの?」や「WiiにあったFR○GILEというゲームを知っているか? 章ごとに相棒が変わるけど、最初の相棒は残したままの方が良かったのに、がっかりしたろ? それと同じことをやるのか」「それは作者の自己満足で、そんなことをしても面白くならない悪手だぞ」的なことを言われたりしました。脳内で。
……。
今回は毎日更新ではなく、週に三回という更新でした。そのこともあってか思ったよりも完結までかかってしまった、という気がします。
この作品を完結まで追い続けてくれた皆様。
応援してくれた皆様。
感想を書いてくれた皆様。
とにかく読んでくれた皆様。
本当にありがとうございます。
皆様が居たからこそ、完結まで走りきることが出来ました。
もし良ければ、次があれば、次の作品にも付き合っていただけたなら幸いです。
予定としてはしばらくのんびりとした後、みかんを終わらせ、不定期で変身するようなものでも書こうかな、と思っています。
それでは、また。




