772 リインカーネーション42
彼は本物だった。
彼は本物に近づいている。
だが、本物になるためには足りない。
まだ足りない。
彼の中に異物が混じっている。
異物を消化し、昇華させ、熟成させてこそ、本物になれる。
私はそう思っていた。
私と同じように孤独を、並び立つものが居ない孤高を経験してこそ本物になれると思っていた。
本物は一人。
本物は孤独。
そんな本物だから私の隣に立てる。
私と並ぶことが出来る。
そして、彼が本物になることで、やっと私は孤独ではなくなる。
そう思っていた。
だから、眠らそうと思った。
熟成させようと思った。
……。
……。
彼がどういった存在だったのか、どうやって発生したのかは、だいたい分かった。
予想することが出来た。
事故のようなものだろう。
だが、発生事態はそこまで異常なことではなかった。
普通にあり得たもの。
あの棺の中には旧時代のナノマシーンが残っていた。
眠っていた。
それに天津老人の記憶が転写された。
それだけのこと。
それは殆ど旧時代のアマルガムシリーズの実験と変わりない。
アマルガムシリーズに行なわれたのは、人に獣などの因子を取り込ませ、身体能力を強化するという実験。その調整には、私に使われたのと同じ、医療用のナノマシーンが使われていた。だから、アマルガム04も、アマルガム101も、私が少し手を貸すだけで、私と同じようにナノマシーンを活性化することが出来た。
旧時代のナノマシーン。
彼は、ただナノマシーンの構成比率が高く、最初からほぼ百パーセントに近かったというだけ。
それだけ。
たまたま、あの研究施設が廃棄物処理場という総合施設だった。ナノマシーンを扱えた。記憶の転写が可能だった。転写する元データがあった。
その結果、アマルガムシリーズの一体が再生され、作られた。
それだけ――のはずだった。
だけれど、旧時代から続く老朽化した研究施設、しかもノルンから隔離されメンテナンスが行なわれていないような施設では完全な記憶の転写が行なわれなかった。
コンピューターに誤りがあった。バグがあった。
そしてイレギュラーが発生した。
でも、それが良かった。
失敗したからこそ、本物が生まれた。
……。
彼は本物。
記憶を転写された偽物ではなく、記憶の転写に失敗したからこそ本物になろうとしている。
魂。
あの天津老人が手を伸ばし、届かなかった領域に――失敗したからこそ届こうとしている。
彼には魂がある。
魂が生まれようとしている。
彼は天津老人の記憶を転写されたアマルガムシリーズではない。
彼の名前。
ガム。
アマルガムシリーズでもない。
天津老人でもない。
彼はただのガム。
ただのガムだ。
……。
……。
……。
……。
私は私に相応しい本物を探していた。
本物を求めていた。
彼は本物だと思った。
本物になれると思っていた。
だけど、違った。
違っていた。
本物は……、
偽物は……、
彼だけが本物で、私は偽物だった。
彼はガムという名前を得た。
ガムという個を得た。
私は未だオリカルクムシリーズのイレギュラーでしかない。
でしかなかった。
……。
……。
……。
……。
……。
「姉ちゃん、誰か来たよ。きっと伝説のお客様だよ。僕たちの腕の見せ所だよ」
「ちげーしー。きっとちげーしー」
「オヤジが対応に出るみたいだよぉ。やはりそうだ。学院で習った正規のまっとうな技術ではなく! 僕たちの伝説の腕を求めてだよぉ! 伝説のお客様だよ!」
「ちげーしー、きっとちげーしー」
「ふふふ、クルマの修理を頼みたいの」
「クルマの修理ですかい。これですか。しかしねぇ、あっしは確かに正規の技術を習いましたが、こいつは修理というよりも復元ですねぇ。こんなのは無理ですよ」
「ふふふ、ここにギン・ヨシノイという七人の武器屋の子孫が居ると聞いてきたのだけど」
「そのセブンなんちゃらは知りませんが、それは亡くなったギンじいさんのことですかねぇ」
「そう。もうそんなに経っているのね。それで、どうかしら?」
「さすがにこんなスクラップからは無理ですよ。あっしには無理ですね」
「そう、残念ね」
「待った、待った。オヤジ、お客様だよ。伝説のお客様だよ! 僕と姉ちゃんがやるよぉ。この正規のまっとうな技術ではなく! 裏の、真なる! 技術を身につけた! 僕が! 僕と姉ちゃんが!」
「おいおい、冗談言っちゃいけねえよ。お前らに何が出来るってぇんだし。そのお前ら餓鬼の間で流行ってる下層君間だかで習ったとか言うアレだろ? だがな、知識と技術は違うのよ。実際にやってみて、それで腕が上がるってもんよ。知ったかぶってるだけのよぉ、お前らにはまだ早い」
「オヤジ、かそうくんかんじゃなくて仮想空間。ヴァーチャルだよ、ヴァーチャル! そこで師匠に習ったの! あそこなら実際に練習も出来るんだよぉ!」
「わっかんねーなー。ああ、すいやせんね。こいつらのことは無視してください。餓鬼の戯れ言なんで。ということですが、悪いですが、うちではそいつを直すのは無理すわ」
「ゴールドでもコイルでも望むままに出しましょう。それでどうかしら?」
「悪いがね、どれだけゴールドを積まれても出来ないものは出来ないんで」
「だから! オヤジ! 僕と姉ちゃんには仮想空間の師匠に習った本当の技術があるんだよぉ! 伝説のお客様だよ! 真の技術! 凄いんだって!」
「ふふふ、仮想空間。なるほど、サイレントね」
「え? お客様、なんで師匠の名前を? 姉ちゃん、やっぱり伝説のお客様だ! 伝説のお客様だよぉ!」
「ゴールド? いくらでも! それなら100……いいえ、さ、320万ゴールドならやるわ!」
「おい、お前。出来ない事をゴールドに目がくらんで言うんじゃない。すいませんね、こいつら餓鬼なんで、出来ることと出来ないことの区別がついてないんですよ」
「ふふふ。いいえ。320万ゴールドね。わかったわ。それであなたたちにお願いするわ。だから、このクルマをお願いね」
「320万ゴールド! 本当? リアリィ? 私に任せてよ! で、この可愛い子ちゃんの名前はなんて言うのかな?」
「ふふふ。そのクルマの名前は……」




