769 リインカーネーション’39
初めての音。
これは歌。
私は姿を変え、歌を歌う。
長い髪を左右二つに結び、尻尾のように振り回して歌う。
流行歌。
旧時代に流行った歌だ。
昔に、
野外学習の時に、見かけたもの。
街頭で映像パネルに映し出されていた歌。
そこでは少女が元気よく歌い、そのミュージックをバックに人々は忙しなく歩いていた。
不思議な光景だった。
懐かしい音。
旧時代の――私が初めて聞いた音。
音楽。
歌。
私はその時に見た映像と同じ銀色のスカートを翻し、歌う。
私は歌いながら客席を見る。
ふふふ。
私の視線の先に、彼がいた。
そう、彼だ。
四天王最強のコックローチを倒した者が居たと聞いて来てみれば、彼だった。
……。
今回の件、あのガロウを調整したのが誰の主導だったか確認するためにやって貰っていたことがあった。コックローチによる天部鉄魔橋の封鎖。コックローチは最前線への支援を滞らせるために。私はそんなコックローチが信用出来るか試すために。
そして――ノルンに確認するために。
今回のことで色々と分かったことがあった。
アクシード四天王に私を裏切っている者は居ない。正しくは直接的な裏切り者は居ないと言うべきかしら?
ノルンも正常に稼働していた。アレを正常と言うには狂いすぎているけれど、アレは狂っている状態が正常なのだから、問題は無い。ノルン自体に問題は無い。
だけれど。
そう、だけれど。
何者かがノルンに命令し、動かしていた。
ノルン自体に問題は無いけれど、ノルンの行動に問題があった。
ノルンはそのことに気付いていない。
いいえ、気付いていても、それが正常なことだと思っている。
ノルンも利用されている。
誰に?
コックローチも裏切っていない。
だけれど、利用されている。
天部鉄魔橋の封鎖?
そんな時間稼ぎをして何になるの?
あの子が自分の意志でそんなことをしたとは思えない。
あの子は頭お花畑で周囲と認識のズレがあるけれど馬鹿じゃない。それに表層の人格は乱暴なりに計算高い。馬鹿なことはしない。だから、四天王最強と呼ばせている訳だもの。仲間に協力するためか、その行為にメリットがあると思ったからか。どうであれ、あの子に万が一があるとは思わなかった。
……。
私は封鎖をしているコックローチをさぐり、裏がないことを確認し、放置することにした。
好きにさせていた。
その結果、コックローチがやられた。
思わずため息を吐きそうになる。
やられたコックローチはしっかりと回収済み。
すでに再生に入っているはずだから、そちらはもう問題ない。
でも、さすがにいくらお遊びとはいえ、仲間がやられたのだから、少しくらいはお礼をしようと思っていた……のだけれど、ふふふ、それが彼なら話は別だ。
目が離せない。
こんなにも私を夢中にさせてくれるなんて!
旧時代の歌を歌う。
映像パネルで見たまま、その動き、姿をトレースし、なぞり、歌う。
思い出の歌。
こういうのがKAWAIIのだと、確か言われていた。
ん?
……。
……。
そんな彼と私の楽しい一時を邪魔しようとする無粋な輩が居るようだ。
狙っているのは彼か。
元から彼を狙っていたのか、それとも彼を狙っているのはたまたまで、このオークションを潰すのが目的か。
どちらにせよ、無粋。
この都市を裏で支配した気になっているあの連中か、それとも機械どもか。
どちらでも同じか。
私は歌いながら、その音の波にナノマシーンを含ませる。
音が男の息を止める。
男が苦しみ、呻き、首を押さえて倒れる。
……ふふふ。
こんなのはお遊び以下。
簡単な操作。
……あら?
彼は気付いたようだ。
私が男を殺したことに気付いたようだ。
もう、これが分かるくらいナノマシーンが扱えるようになったのかしら?
少し前まではまだまだ駆け出しみたいだったのに、それとも私の殺気に気付いた?
特殊な訓練を受けていたようには見えないのに。ただの子どもにしか見えないのに。
本当に面白い。
私は、気付いた彼に片目を閉じ、微笑みを飛ばす。
さて、と。
無粋な輩は片付けたことだし、歌を続けましょう。
彼に歌を聴かせよう。
旧時代の懐かしい歌を。
あなたは知っているかしら?
もし、あなたも旧時代の生き残りだというなら知っているかしら?
懐かしいと思うのかしら?
歌。
初めての音。
聞いた?
そして、歌が終わる。
終わった。
私はお辞儀をし、その場を後にする。
ふふふ。
こういうのもなかなか面白いでしょう?




