765 リインカーネーション35
私は目の前のお人形さんを見ながら、以前に連中とした会話を思い出していた。
「人の魂? あるかよ!」
「は! そんなものを信じているのかよ。あれ? ……でも、これってもしかして憑依転生ってこと?」
強がりさんと記憶の転写ミスちゃんの反応は微妙だ。
「はっはっはー、魂を封じ込めるなんて眉唾だよね。記憶をデータ化することには成功したけど、そんなことは聞いてないよ」
「そ、それが僕たちに何の関係が? そ、そんなのどうでも、どうでもいい」
リーダー気取りくんと臆病者くんは楽しいことを言っている。
「ふふん。愉快なことね。信じようが信じまいが一緒。事実がどうであれ、それはそういうものとして残っているのだから、あるものを受け入れるだけでしょう? 先生が開発したそれはパンドラと呼ばれ、無限のエネルギーを生み出す装置として存在している。それで良いじゃない」
パンドラ。
無限のエネルギー。
人の意志を、思いを――エネルギーに変えている、という話だ。
そんな魔法のような、夢物語。
それが嘘でも本当でもどうでも良い。
それが偽りでも事実でもどうでも良い。
「あの管理エーアイも集めてんだろ? よし、横取りしようぜ。俺様に任せろよ」
強がりさんは強がりなことを言っている。
「え、エネルギー、無限って、凄いけど、眉唾だ。いつか無くなりそう。だ、だって、な、なんで夜は充電されないんだよ」
最弱な臆病者くんはどうでも良いことが気になるようだ。
「ふふん。人は夜、眠るものでしょう? そういうことじゃない?」
私は肩を竦める。
人が手に入れた災いと希望の箱。
神からの贈り物とされ、決して開けてはいけないとされていた箱。
中には災いが詰まっていた箱。
好奇心に負けたパンドラという少女が箱を開け、災いが世界に満ちた。
だけど、その箱の中には災いとともに希望も詰められていた。
「はっは、ノルンが集めている理由は不明だけど、こちらでも集めておくのは悪くないかな」
リーダー気取りの少年はその場でくるくると廻り、踊っている。
「領域の拡大に使ってるんじゃない? ふふん、人工知能が計算能力を上げ拡大していくにはエネルギーが必要でしょう?」
リーダー気取りの少年の言葉を聞き、私はそう指摘する。
理由が不明?
わざとらしい言葉ね。
「はっはー、そうだね。そうだよ。本当のところはどうかは分からないけどね。事実はどうなのか聞いてみるかい? はっは、ノルンに聞く。それもありだよね」
リーダー気取りはやりもしない、やる気も無いことを言っている。
パンドラ。
人類に災いと希望をもたらした少女の名前。
全ての贈り物。
パンドラの箱。
災いとエルピスが封じられていた箱。
私はパンドラを見る。
そんな神話から名前をつけられた、無限にエネルギーを生み出す装置。
「災いにも希望にもなるって意味だったのかしら」
私は肩を竦める。
……。
そんな会話をしていた。
改めて私は目の前のお人形さんを見る。
「これで依頼は達成ね」
ナノマシーンに分解していた大砲をお人形さんの前で再構築し、引き渡す。
「確かに受け取りました」
「ふふん、これで少しは私を信用してくれるのかしら」
「ええ、少しは。わざわざ試験の日に充てていたのも、私たちへの嫌がらせかと思っていましたが、狂った防衛機械を誘導するためだったと今は理解しています。賞金首を誘導したことも同じですね」
お人形さんは、目を細め、何かを含むような笑顔を浮かべ、こちらを見ている。
「あら? 賞金首を誘導したのはあなたでしょう? ごめんなさい、取り逃がしたと言うのが正しいかしら? ふふん、そんなことまで私のせいにするなんて酷いわ」
「まぁ、いいでしょう。ところで私の配下が――あなたにつけた護衛の二人が戻ってないのはどうしてでしょう?」
お人形さんの言葉に私は肩を竦める。
「さあ? 知ーらない。護衛としての使命を全う出来なかったってことかしら? そーれとも! 全うしたから居ないのかしら。ふふふ、それよりもあなたたちがパンドラを集めているというのは本当?」
「まぁ、いいでしょう。パンドラですか? 集めています。それが何か? 都市の管理に必要なエネルギーは膨大です。分かりませんか? エネルギーは必要でしょう?」
「エネルギー? あらあら。作ればいいでしょう? 作れないのかしら」
私の言葉にお人形さんがわざとらしくため息を吐く。
「パンドラのような装置を作ることは出来ません。一応、その開発者を探しては居ますが……未だ見つかっていませんね」
エネルギーを作ればと聞けば、その答えにパンドラは作れないと答える。
お人形さんは、エネルギーが作れないとは言っていない。
「開発者、ね。旧時代の生き残りを、あなたたちが探しているの? ふふふ、面白いことを言うのね」
旧時代の生き残り。
つまり、それはマザーノルンが記憶を転写してばらまいた人もどきたちのことだ。
自分たちでいくらでも作り出せるのに、生み出した張本人たちなのに、それを探している?
これは何かありそう。
「ええ、探していますよ」
目の前の人形さんは微笑んでいる。




